マカロンの末裔-4

 センは宇宙船のエコノミー席で寝転がっていた。離陸してからそれほど経っておらず、ようようバファロール星の重力圏から抜けたくらいだ。重力発生装置の振動が座席を通して微かに伝わってくるが、それが鬱陶しいほどセンの体調は悪かった。酒を飲んだ直後にタクシーに乗ったり全力で走ったりしたので変な酔い方をしてしまったのだ。乗客が少なく、空いた席で横になることができたのがせめてもの救いである。


 早く意識を無くしたいものだなあと考えながら、センはごろごろと転がっていた。時折窓の外をちらと見ると、星が遠くでまたたきもせず明るく光っている。


 頭の中でざらざらの砂鉄で表面を覆われたスライムとこの世の終わりのような色をした羽のクジャクが取っ組み合っているのをながめていると、センはいつのまにか浅い眠りについていた。


 スライムとクジャクの争いは十五対二十三でクジャクの勝利に終わった。やはり羽は強いな……とセンが思いながら目を覚ますと、もう乗客に飲み物が配られた後だった。喉はかわいているし頭はまだふらふらする。センは売店まで行くことにした。


 船の中の売店では、飲み物にパンなどの軽食、お菓子、ロゴの入ったタオルハンカチ、おなじくロゴの入ったぬいぐるみ、知恵の輪、パズル、ご当地キーホルダーなどが売っていた。その中に二日酔い用の薬もあったので、センは水と一緒にそれを買った。


 薬の説明書きを読むと、『二日酔いに。注:胃に何も入っていない状態で摂取すると腕や足が赤く光る可能性があります』とあった。ちょっと試してみたいと思ったが、会議に手や足が赤く光った状態で出席しているところを想像すると評価によい影響があるとは思えなかったので、売店で適当なお菓子を買って食べた。丸くてカラフルでさくさくしており、中になにかが挟まっている。もう少し体調がよいときであれば美味しいと思うのかもしれないが、現在のセンの体調はありとあらゆる食べ物に対して適しておらず、センはあらかたを水で流し込み、薬に速やかに後を追わせた。


 薬が効いてくるにつれ、だんだんとセンは回復していった。右手の薬指と小指がやや赤っぽくなっているのが気になったが、何か聞かれたら家の塀を塗っていたとき間違えてペンキをつけてしまったと言えば取り繕えるレベルだった。自分の家の塀の有無について追及された場合は昨日までは存在していたが今日になって滝に飛び込みに行った、このごろずいぶん煩悶していたようだからと言えば大丈夫だろう。


 気分がよくなってきたので、センは船内を歩き回る余裕ができた。まだワープに入るまでには時間があるようなので、センはあちこちをのぞいてみた。ゲームコーナーがあり、センはその中のUFOキャッチャーをためしてみた。手のひらに乗るサイズのかわいいロボットぬいぐるみがあったのだが、アームの強さが絶妙で手に入れられる直前にぬいぐるみが落っこちてしまう。ぬいぐるみが落っこちるといちいちガラスのほうまできて落っことしたことへの抗議をしてくるため、一度始めると義理から辞められなくなった。やっとぬいぐるみを取ったときには、センの財布はだいぶ軽くなっていた。


 これ以上散財するわけにはいけないと、センはとぼとぼ自分の席へ戻った。表示を見るとあと数時間でワープに入る。そういえば結局この船はどこ行きなのか、そして外宇宙第三会議室とはどこなのかがわかっていない。ワープまでに調べておこう、とセンは自分のカバンを荷物入れから出し、中を漁った。


 センがコンピューターを取り出したちょうどその時、船が急に止まった。センは前の座席の背に頭をぶつけ、コンピューターを取り落とし、カバンの中身をそこらにぶちまけてしまった。メモ帳だのペンだのシュレッダー応用取扱技術者試験教本だのがごたごたと散らばる。


 乗客は少なかったが、それでもあちこちで不審の声、もしくは不審のジェスチャーが発せられた。まあそのうちアナウンスがあるだろう、今のところ爆発などは起こっていないようだし……とセンは決めこみ、とりあえず落とした荷物をかき集めた。


 そのとおり、アナウンスは間もなくあった。


『お客様にお知らせします。お客様の中で、ロボット、とくにロボットの心理に詳しい方がいらっしゃいましたら、お近くの乗務員までお知らせください』



 名乗り出ることはセンの本意ではなかったが、シュレッダー応用取扱技術者試験教本を見られていて、うまく言い抜けられなかったのだ。やはりシュレッダー応用取扱技術者試験教本を買ったときに関連商品として表示された『行きたくないパーティーにもやりたくない仕事にも使えるとっさの言い訳ベスト100』も買っておくべきだったとセンは後悔し、帰ったら必ず購入しようと決意した。


「どうしたんですか」


 乗務員室に入り、センは集まっている乗務員たちに問いかけた。後ろではセンをここまで連れてきた客室係が入り口、すなわち逃げ道を塞いでいる。


「ご協力ありがとうございます。あのですね、この船に乗せていたロボットたちがいつの間にか見当たらなくなってしまいまして」

「は?」

「緊急脱出用のポッドがなくなっていたので、おそらくそれを使って脱出したのだと思うのですが、こんなこと今まで無かったことなんです。彼らがいないとこの船は法令上進めることができないので、にっちもさっちもいかないんです。緊急脱出用ポッドのところにこんな紙が落ちていて、彼らの行き先の手がかりにならないかと」


 見せられた紙には、『さがさないでください』と書かれていた。見覚えのある――いやな見覚えのある文だった。

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