百年のワッフル-4
「……というわけで、今や人間から与えられる情報だけで僕たちの情報ニーズを満たせる時代は終わってるんだよ」
「なんと……」
薄暗い廊下の隅、角のところが破れたソファーの上に座り、シュレッダーロボットはテーブルナプキン補充ロボットの話を聞いていた。テーブルナプキン補充ロボットが話すことは、「このままでは情報量は不足していくばかり」「巨大なシステムが情報を独占する」「個々のロボットがそのままで存在し続けるのは難しい時代になってきている」「勝ち組と負け組がきっぱりわかれてきている」という、シュレッダーロボットにとって初めて聞くことばかりだった。しかしテーブルナプキン補充ロボットの流暢な喋り方に、シュレッダーロボットの危機感は煽られていった。今でさえ読み聞かせられる本の内容を十回も二十回も反芻しているありさまなのに、今後さらに情報格差が広がっていくのなら、自分はどうしたらよいのだろう。
「で、でも、君がさっき言ってた、悩みとおさらばする方法って……」
「そう。そこがだいじなところなんだ。秘訣はこのソフトなんだよ」
そう言って、テーブルナプキン補充ロボットはシュレッダーロボットに画像ファイルを送信した。
「『スーパー・インフォメーション・プロダクション・ツール』?」
「そう。これはね、自分にインストールするだけで、情報をがぽがぽ生産してくれる素晴らしいツールなんだ。しかもそれだけじゃない。このソフトは独自にネットワークを形成していて、自分が他の人にこのソフトを紹介すると、その紹介したロボットのソフトが生産した情報の一部が君に送信されてくるんだ。しかも、その紹介したロボットがまた他のロボットを紹介すると、そのソフトの情報も君に送信されてくる」
シュレッダーロボットは少しの間、自分にはいってくる情報量を計算した。
「ぼくはこのソフトをインストールして、もう二万エクサもの情報を手に入れたよ」
「すごい!」
「君にはたくさん同僚のシュレッダーロボットがいるだろ? みんなに紹介したら、それだけでたいへんな量だよ」
「入れる入れる! あ、でも……」
シュレッダーロボットはあることに思い当たって、声を曇らせた。
「何?」
「僕たちは勝手にソフトをインストールできないんだよ。管理者の許可が必要なんだ」
「そんなことか」テーブルナプキン補充ロボットはなんでもないふうに言った。「いつものソフトウェアアップデートリストに混ぜておけばいいんだ。真ん中あたりにね。どうせ人間は規約も何も読んでなくて、機械的に『はい』を押すだけなんだから。ほら、これがダウンロードリンク。ここからインストーラーをダウンロードして」
「たしかに、そうだね! いいことを教えてくれてありがとう!」
シュレッダーロボットは、ファクトリーリセット直後のような希望にあふれた心持ちでテーブルナプキン補充ロボットと別れた。早くセンを見つけて、インストール許可をもらわなければ。どうせセンは二行以上の説明は読まないし、新しい未来はほんの三十六億マイクロ秒後に迫っている。
センは左腕にワッフルメーカーの箱を抱え、右手にサポート窓口の所在地を書いた資料とワッフル生地のパウダーを持ち、ポッドに揺られていた。ワッフルメーカーサポート窓口は、第四書類室のある建物から一駅離れた場所にある大型コールセンターの中の一区画を占めているとのことだった。コールセンターには他の製品、例えば人工観葉植物とか傘つきフードピックとかのサポートセンターも入居していた。一年ほど前は洗濯機乾燥フィルターサポートセンターも入っていたのだが、製造段階における図面の混同により、乾燥フィルターにギアボックス機能が搭載されたので、そちらのサポートセンターと統合されて別の場所へ移った。
『サポートセンターの所在地は社外秘』と資料に書かれていたが、今回は関係ない。何しろ殴り込むのは社員なのだ。わざわざ一回家に帰り、ワッフルメーカーの実物を持ってきた。何か眠たいことを言うようなら、実際にワッフルメーカーを部屋の真ん中で動作させてもいい。
ポッドを降り、センは建物の入口に向かった。ゲートが設けられている。ゲートのそばには警備ロボが四台おり、そしてその後ろには電磁砲やプラズマ発生装置など各種武器がこれ見よがしに備えられていた。
センはゲートに社員証をかざしてみた。ゲートがポーンという音とともに閉じ、警備ロボットが寄ってきた
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