百年のワッフル-3

「センー、話があるんだけど」

「なに?」


 センは足元のシュレッダーロボットに視線も向けず、いい加減な返事を返した。総務で貰ってきた社内向けの各部署紹介資料――責任者あいさつ(あたりのいい言葉ばかり使って実情をたくみにコーティングしてある)、所属社員のジョークを交えた一言コメント(『子育てに大忙し』とか『無重力椅子の組み立てなら任せて』とか)、仕事の様子、パーティーの様子――の中から、ワッフルメーカーサポート窓口ならびにワッフルメーカー生地サポート窓口の所在地、メンバーの名前と顔を探し出そうとしていたのだ。各社員のコメントのところに『私の弱点』という項目があればより望ましかったが、まずはターゲットの居場所をつかむのが肝要だ。


「あのねえ、夕方の読み聞かせの時間をもっと長くしてほしいんだけど。二倍ぐらいに」

「え? 無理だよ」

「無理じゃないよ。センはたいてい暇でしょ。僕たちシュレッダーロボットはさー、業務時間中は持ち場を好き勝手に離れちゃいけないから、どうしても一日に得られる情報量が少ないんだよ。やることも紙を砕くだけだしさ。もっと情報がほしいよ」

「暇じゃないんだよ。現に今忙しいんだから」

「そんなの今だけでしょー。みんなもっといろんな話聞きたいって言ってるよ。他の部署のロボットと話しても、僕たちみたいに得られる情報量が少ないロボットっていないよ。法務部のロボットなんて毎日ものすごい量のテキストを処理してるんだから」

「君らもものすごい量のテキストを処理してるでしょ」

「その意味の処理じゃないよ、もー。だいたいセンはさ、ロボットのためを思ってないよね。この前の盆栽の話もさ……」


 シュレッダーロボットが何かを言いかけていたが、センの耳には入らなかった。資料の七百六十三ページ目に、ワッフルメーカーサポート窓口の所在地を見つけ出したのだ。勢いよく立ち上がったセンは、第四書類室を足早に後にした。


 後に残されたシュレッダーロボットは、いかにセンの仕事の不十分な点をあげつらうかに処理能力のほとんどを割いていて、センサーからの情報処理が遅れていたため、センがいなくなったことにしばらく気づかなかった。


 やっとセンの不在を感知したときには、センはすでに同じフロアにもいなかった。怒りながら、シュレッダーロボットは部屋を後にした。誰かいないかな、と接続しているネットワークを検索し、一番近い場所にいたテーブルナプキン補充ロボットを見つけ、そちらの方向へ向かっていった。


 テーブルナプキン補充ロボットは、一つ上がったフロアの休憩場所にいた。ひと仕事終えたばかりと見え、テーブルの上のテーブルナプキンはみっちりつまって角がそろっていた。


「やあ」

「やあ」


 簡単な死活応答を交わした後、シュレッダーロボットは早速愚痴り始めた。今の仕事環境にはがまんできない。満足できるような情報は得られない。人間は僕たちのことなんて何も考えてない。ただの働く鉄だと思ってる。自分たちなんて少しの熱で変性する脆弱なタンパク質のくせに。紙を砕くのは好きだけど、こんなわずかな情報量しか得られないならどうしようもない。そうやってシュレッダーロボットは一通り言いたいことを言ってしまうと、自分ばかり話していたことに気がついた。


「あ、ごめん。僕ばっかり愚痴っちゃって」

「いいんだよ」と、テーブルナプキン補充ロボットは言った。優しいレスポンスだった。「そういうのあるよね。僕も前はそうだったよ。僕の仕事はひたすらこうやってテーブルナプキンを補充するだけ。大量の法文とか、数式とかを処理するようなロボットに憧れたこともあったよ」

「君も?」


 理解者を得られた喜びに、シュレッダーロボットは思わず紙くずを排出した。


「そうだよ。でもこれって、たいていのロボットが抱く悩みだと思う。でもね、僕はあることをして、この悩みとはおさらばしたんだ」

「えっ」


 シュレッダーロボットは今度は投入口をぱかぱか言わせた。


「何、それ」

「結局、僕たちの悩みって、情報量が少ないってことに起因するよね。でも、それって今の仕事じゃ得られないんだ。でも、仕事とは別の方法で情報を得る方法があるとしたら、すごくない?」

「ええ! 何それ?」

「この後時間ある? もしよかったらやり方の説明してあげる」

「うん!」


 そう言われ、シュレッダーロボットはテーブルナプキン補充ロボットの後をうきうきとついていった。

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