パイの果てへの旅-7

 保険勧誘ロボット(本人の話によると前は麻袋繕いロボットだったらしいのだが、コスト削減により麻袋がもっと丈夫な化学繊維に置き換えられたため、スクラップ工場に並んでいたところに声をかけられて保険勧誘ロボットとして第二の職業人生を歩むことになったらしかった)はほんの序章にすぎず、それから第四書類室には数々の社員やロボットが訪れた。社内勉強会への誘い、社内報の取材、赤いネジ募金のお願いなど、毎日毎日引きも切らなかった。


「その惑星はほんとについ先日発見されたばかりなんですよ。全域がハビタブルゾーン内にあるし、大気成分もすばらしいですし、それに近くに大型の宙港がありますからね、銀河の中心への交通の便もいいんです」

 そう言いながらロボットは自分のボディからパンフレットを取り出した。調査船から撮影されたものらしく、未開発の惑星のすばらしい星空やオーロラ、波の砕けるさまや原始生命体の写真がずらりと並んでいる。


「だからこの時期を逃すともうこの価格では手に入らないですよ。実はこのマンションの情報はまだ他の方にはお話してないんです。センさんに最初にお話しようと思いまして」


 パンフレットには、最近流行りの空中マンションが描かれていた。下には小さな、ノミでもなければ気づかなそうな文字で『画像はイメージです』と書いてある。それより上には『未来を描く。ポテンシャルに満ち溢れた原始惑星でありながら、銀河を愉しむ軽快なアクセスが約束された立地。豊かへ広がる未来へと。』と普段使わないようなフォントで書かれていた。


「でも、この……マンションって、誰が住むの?」

「御本人というよりは、投資用とお考えください」とマンション投資勧誘ロボットはすらすら答えた。「もちろんおわかりでしょうが、原始惑星には一般人は立ち入ることはできません。なので、このマンションも建設予定ではありますが、今日明日に着工するというものでもないのです」

「じゃあ……いつ?」

「そうですね、この原始生命体が」とロボットはパンフレットに載っている、小学生のとき理科の実験で観察したのに似た単細胞生物を指し示した。「惑星外の文明に気づいて、かつマンションを買うくらいの財力を得たらですね」

「そのころには、少なくとも私は既にこの世に存在しない気がするんだけど」

「そうかもしれません。しかし、何もそれを待たないとこのマンションによる投資利益を得られないというわけではないのです。こちらを御覧ください。このマンションから見込める利益を債権化し、近隣惑星に関連する各種商品と組み合わせたのがこの金融商品でして」


 数値ばかりがずらりと並んだ表を差し出し、ロボットは端にオイルの泡をためながら話を続けた。



「……他にもどこかの小惑星を買わないかとか、株を買わないかとかが毎日なんですよ。シュレッダーロボットたちも毎日パンフレットを処理するのをいやがって、この前はなだめるのに絵本をぶっとおしで二冊も読まなきゃいけなかったんですよ」


 センは昼時のカフェテリアで、コノシメイを相手に愚痴っていた。トレイの上にはサンドイッチとサラダ、アイスコーヒーにプリン。ボーナスの影響を受けて豊かになっていた。


「そりゃたいへんですね。でも、アップルパイは今まさにトレンド中のトレンドですからね。ほら、あそこも」とコノシメイはカフェテリアの壁に貼ってあるメニューを指さした。『アップルバイは入荷未定です』と上から修正されていた。


「にしても、私のところにくるのはお門違いってものですよ。そりゃ確かにボーナスはもらいましたけど、マンションだの株だの長たらしい名前の金融商品なんて買う余裕はないです」

「またまた」と、コノシメイは明らかに信じていない口調で言った。「従業員プロジェクト証券オプションがあるでしょうに。今行使すれば、マンションなんて棟ごと買えるでしょう」

「え?」

「え?」


 センとコノシメイは、しばらく顔を見合わせた。アイスコーヒーの氷が沈黙に耐えられずにからんと音を立てた。


「……あの、従業員プロジェクト証券オプションっていうのは何ですか?」

「え? あの……あれですよ……プロジェクト単位で証券化を行い、それに関わっている従業員に一定額での購入権を与える……あの、もらって……ないんですか?」

「……初めて聞きました」


 言いながら、センは前にわけもわからずサインした書類のことをちらりと思い出した。


「……まあ、あれはプロジェクトが低迷したときはそれはそれで大変ですしね。いいんじゃないですか、そういう選択肢もあって。で、ボーナスで何か買うものは決めました?」


 コノシメイがずいぶんむりやりに話題を変えたので、センもまだ納得しきれていないままそれにつきあった。


「あ、はい。もうオーダーもしたんです。実は……」

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