パイの果てへの旅-6

 ある種類の紙、もしくは金属、もしくは石、もしくは数値、の収集は、あるレベル以上の知的生命体が宇宙に生まれてこのかたたいへんな関心を集め続けてきた。それに関する学問は大きな一分野をなしており、それをたくさん集めることによってよいことがもたらされると一般的には信じられている。時折別のものを収集したほうがより効率的に幸運になれるという説を唱えるものも現れるが、こちらのほうは人気があるとは言い難かった。この後の説にはそれなりに筋道が通っているように見えるのに、なぜあまり実行されないのかとセンは一度考えてみたことがあるが、結局はよくわからなかった。


 実際セン自身としても、後者の説を信じているとはとうてい言えなかったが、かといって収集のほうに血道を上げるというわけでもなかった。いちばんいいのは、銀行の何かしらの手違いで一夜にしてすごい数字が振り込まれるとか、宝くじに当たるとか、今まであったことのない遠い親戚の遺産が転がり込むとかだと考えていた。こちらからアプローチするのはいやなのだが、あちらがその気なら受け入れるのに異論はない。


 この願いは今まで一度も実現したことはなかったが、しかし今回発生したのはそれに遠からずのことだった。


(おおお)


 給料日、センの口座に振り込まれていたのは、いつもよりかなり多い金額だった。プラス分は金額にして七千デネブ。これはセンの部屋の一年分の家賃とほぼ同額だった。


 センが開発に深く関わったアップルパイは、先月に発売されるやいなやものすごいセンセーションを巻き起こした。生産体制をじゅうぶん整えたのにもかかわらず品薄状態がずっと続いており、ありとあらゆるメディアがこぞって取り上げるし、メロンスター社のヘルプセンターはアップルパイの入手方法についての問い合わせでほとんどパンク状態だった。これは社史に記載されるほどの出来事で、というのもメロンスター社のヘルプセンターはその処理能力では宇宙随一を誇っており、これまでの数々の出来事、例えば副作用として草に発話能力をもたらす除草剤を発売してしまったときとか(除草される草がこちらを末代まで呪ってくる)、高名な賞を受賞した流星群についてのなんとも言えず美しい詩集と、所得税納付についての実用書をまぜこぜにして印刷してしまったときとか(『いにしえの聖者が刻みし、ほそ糸の伝承よ、尽きざる年月に、夕空さびしきを仰げば』の後に『管轄の税務署からの連絡があります』)、うっかり星を一つ消してしまったときとかでもあふれることはなかったのである。一説によるとヘルプセンターの『処理』はある方面の問い合わせ、つまり『製品の使用方法については1、ご契約内容については2、故障の場合は3、苦情については4』でいうと4について特化しており、その他のジャンルについて経験が少ないことがパンクの一因だった。


 しかしヘルプセンターの仕事についてはよく知らないセンは、この降って湧いた臨時収入に思考のリソースをほとんど使っていた。何に使おうか。バーに行くのは確定として、これだけあればなんでも買える。前からほしかった星型のクッションも買えるし、新しくて性能のいいコーヒーメーカーも買えるし、壊れかけているのを『お前はまだ窯から出たばかりで、どこもかしこもまったく壊れていない』と暗示をかけながら使っているマグカップも買い換えられる。それに……


 センが楽しい空想にふけっていると、第四書類室の外から声がした。


「あのう、すいませーん」

「ん? 何?」


 入ってきたのは、センが見たことのないロボットだった。ロボットはセンの隣につくと、「こんにちはー。今、ちょっとしたアンケートをお願いしてるんですが、お時間いいですか? すぐ、五分もかからず終わるので!」と言い、紙を差し出してきた。


 断る理由もなく、差し出されたアンケート用紙に記入して返すと、ロボットはどこかしらから入浴剤を取り出した。


「ありがとうございます、これお礼です。体温が下がるとヒトは病気のリスクが高まりますから、これを使ってください」

「あー、ありがとう」

「ところで、センさんって、アンケートを見ると特に病気への備えってされてないみたいですけど……今、ちょうどセンさんみたいな働き盛りの人に向けた保険商品をご紹介してるんですよ〜」


 保険勧誘ロボットはそこから三十分しゃべりつづけた。センも一緒に自分は保険に入る趣味はないことを三十分しゃべり続けたが、百戦錬磨らしい保険勧誘ロボットはなかなか帰ろうとはしなかった。ほとんどむりやり追い出せたときには、机の上は飴やらジュースやらが満載になっていた。

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