キャンディーアップルよさらば-3

「知らないよー」

「ぼくも知らないよー」

「ぼくも知らないし、それはぼくの仕事じゃないと思うな」

「ぼくもそう思うな。管理はセンの仕事だよね。ぼくたちの仕事は紙を裂くことだよ」

「そーだよ。ぼくたちに次々仕事ばかり押し付けて、人間は横暴だなあ」

「訴えてやる」

「そーだそーだ、訴えてやる」

「ロボットには国務請求権が無いから訴えられないよ」と、センは辛抱強く言った。シュレッダーロボットたちの相手をするのにはいくつかのコツがある。彼らは言うまでもなくメロンスター社製であり、メロンスター社のエンジニアはシュレッダーロボットを作るにあたって、紙詰まりだの切断幅の細密さだの静音性だの以上に搭載された人工知能がどれだけ人格を再現できるかに血道を上げた。そのため彼らは得てして仕事より自分の権利や楽しみを優先しがちで、うまくコントロールするには絶えず彼らに法律の定めているロボットの権利範囲を思い出させてやり、本の読み聞かせなどの褒美をやらなければいけない。


 センの言葉に、ロボットたちは一斉にサーバーから法律条文をダウンロードし始めたが、前にそれをやられたときに帯域を圧迫しすぎているとシステム部から怒られたことがあったので、センは慌てて辞めさせた。そして『監視の誕生』を昨日の続きから読み聞かせてやった。


 日報を書いて送り、一日の業務を終えたセンは帰路についた。ダースロー五型という、見覚えのない、シュレッダーロボットたちも知らないロボットのことは気にかかったが、まあ明日の自分に探させようと思ったのだ。


 駅まで歩いていると、夕暮れの空に一つ流れ星が見えた。


(ああそうか、そろそろお祭りだな)


 バファロール星では、毎年のちょうどこの時期に流星群がやってくる。一番よく見えるときには肉眼でも一時間に数百個確認でき、それにあわせて昔から祭りが開かれることになっていた。広い公園が会場になり、プロキオン星系から呼んだバンドのライブをやったり、食べ物や飲み物の屋台が出たり、フリーマーケットでいらなくなったコーヒーメーカーロボットだの電子尺だの衛星のかけらだのが売られたりしている。センは夕暮れ時に外で催し物を見るのは好きだったし、ことに酒類の屋台に対してはたいへんよい印象を抱いていたので、祭りは毎年楽しみにしていた。


 バファロール星のほとんどすべての地域でこの祭りは行われているのだが、センの住むこのあたりでは『星落ち祭り』と呼ばれていた。小さい頃学校で『星落ち祭りの歌』を歌ったことや、金色の折り紙で星を作ったがのりを薄くしか塗らなかったせいで床に落ちてぐちゃぐちゃに踏み潰されたことなどを思い返しながら歩いていたせいで、センはまた改札にひっかかった。


 翌日、センは非常な努力によりいつもより早めに起き、定期券を更新した。やり遂げたという感覚に満足しながら出社したところで、昨日の自分にダースロー五型の捜索を丸投げされていたことを思い出した。


 昨日の自分は最悪なヤツだ、一緒に仕事したくないなと思いながらセンはその仕事に取り掛かった。まずは社内のシステムにアクセスし、第四書類室の備品購入履歴を調べる。しかし履歴に残っていたのは過去五年までのデータで、その中にダースロー五型の情報は無かった。


 センはそのデータを持ち、総務課のフロアへ向かった。履歴を根拠に、自分にはダースロー五型の存在もしくは不存在について責任がないことを主張するつもりだった。


 しかしエレベーターが総務課のフロアで開いたとき、センは自分の見込みが甘かったことを知った。いつもはすかすかのフロアは、エレベーターホールまで人がぎゅうぎゅうに詰まっていた。メロンスター社のありとあらゆる部門から、備品点検の件で総務課にやってきているのだった。


 センはおそらくここが行列の最後尾であろうという場所に並んだ。しかしフロアは原始惑星なみに混沌を極めていて、あちらこちらで声が響き、前から後ろから押され、ときどきロボットがエラーを起こしていた。


「あ、センさん。こんにちは」


 何重にも折り重ねられた列に並んでいると、ちょうど隣にやってきたコノシメイが声をかけてきた。コノシメイは開発部所属の社員で、センの知り合いだった。時折ランチをともにすることもあり、開発部で勤めているということを除けばごく付き合いやすい。しかしながら許可を取るのが面倒な実験をしたいときに第四書類室にやってきてはセンでデータを取ろうとする傾向がある上、メロンスター社の開発部はしょっちゅう事故を起こすことで有名なので、センはコノシメイに対して完全に気を許すところまではいっていなかった。


「備品の件?」

「そうです。そっちもですか?」

「うん、どうも記録にない備品が存在するはずだと言われていて……」

「そんなことが。そりゃあ大変ですね」

「そっちは?」


 センがたずねると、コノシメイは列の先の方を指差した。


「ちょうど数週間前に行った実験で、いくつかの備品にプラムジュースがかかってしまって」

「プラムジュース」

「ええ。それで、その汚れた備品をどういう扱いにしたらよいのかを聞きに来たんです。何人かで来たんで、同僚はもう先頭のほうにいるはずです。ほら、あそこ」

「えーと……そうしたら、その脇に抱えている包みは、もしかして」

「ああ、これが件の備品です。これは簡易圧力測定器ですね。状態を見せたほうが話が通りやすいかと思いまして。しかしここは暑いですね、こんなに人がいるんだから仕方ないですが。前のほうにいる同僚がちゃんと聞いてくれれば私も並ぶ必要がなくなるんですが……おや、センさん、帰るんですか」

「うん、先頭まではだいぶ時間かかりそうだし、急用を思い出して」

「そうですか。場所とっときましょうか?」

「いや、大丈夫。それじゃ、気をつけて」


 センはそう言うと人混みをかきわけかきわけ、エレベーターホールへ向かった。そしてやってきたエレベーターに乗り込むと、一番下の階のボタンを押した。センの脳裏に浮かんでいたのは、先日開発部で発生した自然発火性ライムジュースによる爆発事故だった。センがエレベーターを降り、社屋の外に出てなるべく遠くに離れ様子を伺っていると、思った通り総務課のフロアの窓がぱりんぱりんと割れているのが見えた。

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