キャンディーアップルよさらば-2

 シュレッダーマネージャーとしてのセンの仕事は、朝にシュレッダーロボットを持ち場に送り出し、ゆうべに戻ってきたシュレッダーロボットをケアして日報を書くというものである。単調な毎日ではあるが、時折それに健康診断や新製品モニターや他部署の手伝いなどのイベントが挟まることがあり、それらが終わるとたいていその後の代わり映えのない日常が愛おしくかけがえのないものに思えるようになるという効果があるので、それほど退屈というわけでもなかった。


 そして今日はそういうちょっとしたイベントがあった日で、何かというと総務から通達が来ていたのであった。グループウェアでその通達のメールをチェックすると、以下のように書かれていた。


『各位 お疲れ様です。来週備品の点検を行います。各部署は添付のリストの備品が規定の場所に設置されているか確認してください。規定の場所に無い場合は、点検までに戻しておいてください。また備品を紛失した場合は、設備課で備品等紛失届ならびに再購入申請書を用意してください。なお、紛失届の理由欄を『次元の裂け目に飲み込まれた』『存在がもともと不安定だった』等で埋めることは許可されていません』


 センはそのメールを読むやいなや第四書類室の備品リストを印刷し、チェックを始めた。これは別にセンが仕事熱心だからというわけではなく、もしも備品が欠けていた場合に紛失理由をでっちあげるには相応の時間を要するだろうと判断してのことである。


「えー、書類棚が三……オッケー。プリンターが一……オッケー、ゴミ箱が二……えーと、これとあの隅のやつか……オッケーと。万能文房具が一……えーと、見覚えはあるんだけど……あー、あったあった、だいぶ埃かぶってるけどまあいいや、オッケーと」


 万能文房具とは、その名の通りこの世に存在するありとあらゆる文房具の働きを行うことができる文房具である。今から七十年ほど前、当時銀河系全体で文房具におけるシェア率九十三パーセントを誇っていたアルナイル星系の惑星ネコリフの政府が、はさみやカッター、定規に分度器、チューブのりにスティックのり、その他もろもろを個別に製造するのは生産ラインの無駄なのではないか、もっと汎用的な製品を一つつくり、それをひたすら生産したほうが原材料費も抑えられるし在庫管理も楽なのではないかと考えたことからこの製品は始まった。ネコリフではそれから十年と二百億デネブを万能文房具の開発に費やした。そして星運をかけて売り出されたそれは、発売から一年ほどはよく売れた。何しろ万能文房具の開発にリソースが割かれていたせいで、修正液や油性マジックが全銀河的に不足していたし、総務的にもいちいちふせんやボールペンの在庫を管理しなくてよくなるのは都合がよかったのだ。


 この万能文房具は、たしかにこれ一つで紙を切ることもでき、書類を留めることもできたし、文字を書くことも線を引くこともできた。だがそのせいで、封筒に封をしようとして中の書類ごと錐を通してしまったり、円を描こうとして台ごと強力に接着したり、確定申告書類があと一文字というところで無残に切り刻まれたりという事故が頻発した。そしてやがて他の星や企業が別にシャープペンシルや匂いつき消しゴムを生産しても悪いことはないのではないかと気づきはじめ、この万能文房具は廃れていった。今では惑星ネコリフの名は『賢者は歴史に学ぶ――銀河の失敗事例百選――』などに残るのみになっている。しかし万能文房具はそれなりに値段が張るものだったので、減価償却が終わるまでは部屋の隅につくねて置かれているのだった。


 センは続けてリストの備品をチェックしていった。幸い、シュレッダーロボット以外の備品は無くなっているものはなかった。後はシュレッダーロボットたちが持ち場から戻ってきたら、いないものがないかをチェックすればよい。


「あ、TY-ROUはいるか……先にチェックしておこう」


 センは第四書類室の外をちょうど通り過ぎていったTY-ROUを見つけ、リスト上のTY-ROUの名の右にチェックを入れた。TY-ROUは以前に購入したシュレッダーロボットなのだが、他のシュレッダーロボットよりやや廉価で性能が劣り、また裁断した紙を溜め込みすぎてブラックホールをつくりかけたことがあったため、実際の仕事にはつかせていない。なのでTY-ROUは部屋の隅で転がったり社内のコーヒーメーカーや自動販売機と話して日中を過ごしている。今日は廊下の先に置いてある観葉植物水やりロボットとなにやら世間話をしていたらしい。


(まあ残りは普通にシュレッダーロボットたちだから、帰ってきてから……ん?)


 センはリストの一番うしろに目を留めた。『ダースロー五型』と書かれたシュレッダーロボットの型番には、全く見覚えが無かった。

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