キャンディーアップルよさらば-4

『……これにより、修復完了までの間総務の業務を縮小します。別部署の方がこの期間総務のフロアに立ち入ることはできません。連絡はグループウェアを使用してください』


 送られてきたメッセージを読み、センはふうとため息をついた。グループウェアでダースロー五型について問い合わせてもいいが、賭けてもいい、備品点検までに返信は返ってこないだろう。こうなれば自力でダースロー五型について探し出すか、存在していた証拠すべてを抹消しなければならない。とりあえず探し出す方から始めてみようと、センはメロンスター社のオンライン製品カタログを調べた。


 ダースロー五型はかなり古いタイプのようだった。製造開始が二十四年前で、十年前には製造終了になっている。サイズはかなり大きい。背はセンの身長より高く、横幅もちょっとした机くらいはある。見た目は更衣室のロッカーに似ていた。当時のパンフレットには『ラミネート加工のポスターも一撃! どんな硬くて大きい紙もダースロー五型なら分子レベルに分解できます!』と書いてある。


 センは第四書類室の中をもう一度ぐるりと回った。あれほど大きなシュレッダーロボットなら見逃すというはずもないのだが、念のため確かめたかったのだ。やはり第四書類室にはダースロー五型の姿は無かった。


(他に第四書類室のものがあるところといえば……)


 センはこつこつと音をさせながらうろうろ歩き回った。シュレッダーロボット以外にかさばるようなものもないので、備品はすべて第四書類室内にあるはずだった。しばらく考えて、ふとセンの頭に思い浮かんだ場所があった。


(……いやあそこはなあ……でも他に思いつくところも無いし……)


 センは第四書類室を出た。向かうところは、社屋とは少し離れた場所に建てられているメロンスター社バファロール星支社倉庫だった。


 メロンスター社バファロール星支社倉庫は、バファロール星支社の社屋で使用する物品を保管するための倉庫である。コーヒー豆からバッテリー、観葉植物のタネから星間通信機器までが揃っている。


 この中には、使用しなくなったがもしかしたら使うかもしれないもの、使用しなくなって一週間経つしたぶんもう使わないが万一に備えてとっておきたいもの、使用しなくなって五年経つが念のため置いておきたいものも保存されている。そのため倉庫のスペースは常に不足しており、管理を任されているロボットたちが常に増築を行っているため、外見は倉庫というより前衛的な彫刻のように見える。キュレーションメディアがよく調べずに観光スポットとして取り上げたせいで、時々観光客がアートと勘違いして写真を撮っているのだが、自分たちがつくっているのは芸術なんていう役に立たないものではなくちゃんとした施設なのだと怒った倉庫ロボットが毎回追い払っている。


 センは倉庫の扉を開けようとしたが、溶接されていて開けられなかった。裏に回って入ろうとしたが、そちらの扉はノブが取り外されている。センは周りをぐるぐる歩き、結局空中で途切れている階段に必死に身体をずり上げ、踊り場のところですぐ下の窓を引っこ抜いた手すりの鉄棒で開け、その中に身を踊らせるというやり方で中に入ることができた。


 倉庫の中は、通路以外の場所は天井ぎりぎりまで荷物が積まれていた。合間をぬってドローンが飛び、ロボットが忙しくあちらの荷物をこちらに、こちらの荷物をあちらに移動させている。


「こんにちは、社員番号R-30-12309番、セン・ペルさん。どのような御用でしょうか?」


 倉庫の一階にいた、倉庫ロボットが声をかけてきた。後ろにコンテナを二個積んでいる。


「えっと、第四書類室にあったダースロー五型っていうシュレッダーロボットがここにいないか確かめたくて」

「在庫の確認ですか。えっと、いつ入庫したかわかります?」

「それはちょっとわからなくて……というか、そもそもそれがこの中にあるかどうかも」

「うーん。ちょっと調べてみますね」

 倉庫ロボットはセンサーランプをかちかちさせた。しばらくしてから、「検索しましたが、条件に該当する在庫情報は見つかりませんね」と言った。

「そうかあ……あ、別に第四書類室にあったやつじゃなくてもいいんだけど」

「少々お待ち下さい……条件に該当する在庫情報は見つかりません」

「じゃあ、ダースロー五型のかけらかなにかは?」

「少々お待ち下さい……条件に該当する在庫情報は見つかりません」

「そうかあ……ありがとう、それじゃ」

「あ、ちょっと待って下さい」と倉庫ロボットは去ろうとしたセンを引き止めた。「何か持ってってもらえませんか。もう荷物で溢れそうなんですよ。今もまたワンフロア新しく作ってるんですけど」

「何か」

「そう。このシリアルとかどうですが。十三年前からあるんですが」

「もうちょっと衛生的に問題なさそうなやつはないの」

「じゃあ、この二十六年前の毛布とか」

「うーん……」


 結局十六年前のレンチを持たされ、センは倉庫を後にしたが、途中の階段に飛び移るところでレンチは大いに役に立った。地表に降り立つと、センは身体のあちこちをはたいてから今後の戦略について思案した。


(やっぱり存在証拠抹消のほうかな……)


 センがレンチを弄びながら考えていると、急にポケットに入れていた携帯電話が鳴った。センはそれを取ったが、相手はセンがまったく予期していない、そしてまったく歓迎できない人間だった。

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