若きフルーツケーキの悩み-3

 試験というのはそもそも受験者の状態を知り、適正な技量を身に着けているかを確認するためのものである。しかし、さて試験を実施しようとしたとき、適正な技量はどのような問題を設ければ確認できるのか、そもそも適正な技量とは何なのかが当然の疑問として浮かんでくる。となるとその適正な技量を定義し、それを確認するための問題を作成する出題者についてもその資質が判断されねばならず、その判断のためにはやはり試験が必要になってくる。そしてその試験の出題者についても同じくその資質の判断が必要となってくる。この論の帰結として、試験の実施のためには理論上無限大の試験官が必要となってくるため、適正な試験の実施はそもそも不可能なものであり、ゆえにすべての試験の結果は無効となる。


 この理論はハダル星系ハダル大学の学生であったタアン・スー・モザが学部三年時に執筆した論文『決定試験論』の中で提唱された。この論文はたいへんな評判になり、教育学、文学、論理学、イルカセラピー学、その他いくつもの学会での話題を攫った。タアン・スー・モザはその功績を買われて別の大学院での研究室に招かれたのだが、『決定試験論』を執筆する前に受けた『メディア論A』を落としていたせいで単位が足りなかった。タアン・スー・モザは『決定試験論』を持参の上『メディア論A』の担当教員に抗議したのだが、『メディア論A』の担当教員はその理論を大学入学試験にも応用することを提案した。そのためタアン・スー・モザは一年遅れで院に入ることになったのだが、この一年はその後のタアン・スー・モザの人生に大きな影響を与えることになる。


 タアン・スー・モザの人生にまったく関心は無かったが、センは自分が大学生のときに読んだその『決定試験論』を検索していた。仕事を終えて家に帰ってきて、あと一日と数時間までに迫ったシュレッダー免許一級の更新試験には、もはや暗記が間に合わないことが明白になりつつあった。『つつ』というのは自分の心に対するちょっとした優しさであり、それをはっきりと認めてしまうのが怖いだけで、もし白黒つけるのであれば『つつ』はすぐに跡形もなく消滅してしまうだろう。となれば取るべきは別の手段であり、例えば試験の無効を主張するとか、試験会場に不可逆の損害を与えるとかになる。後者の手段を取ると自分の人生にも不可逆の損害が発生する可能性が高いので、センはとりあえず前者の手段を模索しているところだった。


 論文検索サイトで探していたものは程なく見つかり、センはシュレッダー免許の公式サイトを開いた。『お問い合わせ』から論文を添えて無効を主張しようとしたところで、センはお問い合わせフォームの上部に記載されていた『よくある質問』の項に気づいた。それをざっと読むと、『試験の無効を主張される方へ』というものがあった。はっとしてそれをよく見ると、『当試験は政府による認証を受けており、いかなる試験自体の有効性に対する申し立ても受けつけておりません。過度な申し立ては業務の妨げとなりますため、警察へ通報する場合があります』と書いてある。

 敵もなかなかやるものである、とセンは公式サイトを閉じた。となるとやはり後者の手段しかないのか、とセンは『爆弾 証拠 残らない』、『睡眠ガス 家庭用』などで検索しはじめたが、ここ数日の睡眠不足がたたり、いつのまにか眠ってしまっていた。

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