若きフルーツケーキの悩み-2

 翌日、センは栄養ドリンクを飲み干すと、空き瓶を机の上に音を立てて置いた。この栄養ドリンクは通勤途中に買ってきたもので、眠気を吹き飛ばしシャッキリ覚醒させてくれるという触れ込みで売られていたのだが、実際には机の上に置いておいた書類を吹き飛ばしシュレッダーロボットにザックリ細断させてくれるという効果しかなかった。


 センはシュレッダーロボットのセキュリティアップデートをすませ、グループウェアで回答するよう求められていた健康診断の事前問診票の入力を終わらせた(と一言で言っても、問診票の入力にはかなり時間がかかった。まず一番最初の人種選択欄で『地球人』を選択肢の中から選ぶのに相当な時間を必要とした。というのもこの選択肢はメロンスター社で働く全社員の人種に対応しているため全部で七千二十六万八千七百五十三種類があり、その全てが一つのドロップダウンリストに押し込められているため、一度そこを選ぶと画面外まで選択肢がはみ出てしまうのだった。その上人種を選択してからも、地球人の身体基礎データがデータベース上に保存されていなかったらしく、いちいち『あなたの体組織の成分比を入力してください』だの『あなたの中枢神経系の場所を図で示してください』だのと尋ねられた。その上最後の確認画面で、診断項目の中に『耐熱性診断(四百度に保ってある熱室の中に入っていただきます)』を見つけ、入力間違いを目を皿のようにして探し、ようやく『あなたの原惑星の平均気温を入力してください』の欄が空白なことに気づいた)。それからカバンからシュレッダー免許教本を取り出し、勉強にかかった。職場だとなぜだか家よりは勉強がしやすい、とセンは考えた。たぶん勉強のしたくなさと仕事のしたくなさを比べた時、仕事のしたくなさのほうがぎりぎり上回っているからだろう。


 しばらくシュレッダーロボットが事故を起こした時の対応方法ならびに始末書の書き方を勉強した後、昼になったことに気づいたセンはカフェテリアに行った。あまりたくさん食べては眠くなるので、何か軽いものとコーヒーを買うつもりだった。


「よし、こちらはこれだ!」

「スタンバイ! オープン! 喰らえ、タラゼド社さんのホスティングサービス部部長ケフェイド様の『濁流』!」

「ははは、そうくると思ったよ! これでどうだ、大学の先輩で個人でデザイン事務所やってて受賞歴も多いリベルタスさんの『マンセルカラーシステム』! これでその『濁流』を無効化!」


 カフェテリアの一角が騒がしい。センはトレイに紙コップと、レジ横に並べてあったフルーツケーキの一切れを乗せ、会計しながらそちらを眺めた。騒ぎの中心にあるのは、あの昨日のうるさいCMで宣伝していたビジネスカードバトラーズのようだった。


 紙コップにコーヒーを入れてから、センはビジネスカードバトラーズのほうへ寄っていった。近くで見てみたかったのだ。


「どうも。何してるんですか?」

「やあ! これさ、ビジネスカードバトラーズ。知ってるかい? すごく面白いよ。我々はゲーム部の者なんだけど、この頃こればっかりやってるんだ」

「どんなゲームなんですか?」

「簡単だよ。一対一で戦うんだけど、お互い二十枚ずつの名刺と、自分のライフポイントを五千持ってるんだ。まず最初に名刺をシャッフルし、その中から一枚を引いて場にセットして、残りの名刺は重ねて伏せておく。それから先攻、後攻を決める。ターンに入ったら、名刺の山から一枚引いて、その名刺は場にセットするか手札に加えて、その後場にセットしてある名刺で相手に攻撃するか防御するかを決める。相手に攻撃すると、名刺から生成されたモンスター同士が戦うことになるんだ。相手モンスターの攻撃力もしくは防御力をこちらのモンスターの攻撃力が上回れば攻撃は成功で、差分を相手のライフポイントから削れる。相手のライフポイントをゼロにしたら勝ちさ」

「名刺からモンスターが生成されるってのは、どういうことです?」

「この装置が」と、ゲーム部の社員はビジネスカードバトラーズを指差した。「セットされた名刺から人物を特定し、その人物の業績、人的ネットワークその他もろもろをソーシャルネットワークサービスやポートフォリオサイト、プレスリリースや会社の業績を元にそのモンスターの強さ、特色、スキルを算出するんだ。さっきセットしたタラゼド社さんのホスティングサービス部部長ケフェイド様は炎上プロジェクトの鎮火で有名でね、たぶんそれでだろう、技が『濁流』になってた。面白いだろ? あ、そうだ、君の名刺をセットしてみなよ。きっと楽しいから」

「あ……今、名刺を切らしてまして。すいません、またやらせてください」


 コーヒーとケーキを手に持ち、センはそそくさとその場を後にした。名刺入れはポケットに入っていたが、それから生成されるモンスターと、それによって生成される場の空気を察したのだった。

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