若きフルーツケーキの悩み

若きフルーツケーキの悩み-1

『今、新たなる闘いの幕開け……名刺を差し込み、モンスターを召喚! 見たことの無いバトルに白熱せよ! ビジネスカードバトラーズ、大好評発売中! 今なら弊社社長の名刺が付いてくる!』


 センは死んだ目で冷めたピザを噛みながら、深夜の動画放送を眺めていた。なぜ死んだ目をしているかというと試験の勉強をしているからで、なぜ動画放送を眺めているかというと勉強をしたくないからだった。


 以前にセンはシュレッダー免許一級を取ったのだが、この資格は更新が必要だった。そのことをすっぽりと忘れていたセンは、その更新のための試験があることを二週間前になって思い出し、しかし一回勉強したところなのだからざっとさらえば大丈夫だろうと一週間前まで勉強に手をつけていなかった。そしてようやく向かい合ったときには、


一、自分がテキストの内容の七割をすっかり忘れている

二、残りの三割についても虫喰い(それも一ヶ月絶食していた虫によるもの)になっている

三、そもそもテキストがどこかに消えている


 ことに気がついた。テキストを探し出すのに二日かかったため実質的な勉強期間は五日間で、その五日も既に三日が過ぎていた。あと二日でどこまでテキストを頭に詰め込めるかの勝負になっており、昨日も一昨日も夜中まで起きていたため眠気はかなり深刻な状態になっている。それに第一、センは勉強などしたくなかった。昔から勉強は嫌いで、まだ学生だったころ『聞き流すだけで脳に定着』という教材のことを知り、ぜひ買おうと思ってお金をためていたくらいだった。後々、その教材は専用のイヤホンからこっそりと小さな機械虫を体内へ送り込み、脳を操作して年号だの化学式だのを購入者に覚えさせていたことがわかって摘発されてしまったのだが、センはその教材を買えなかったことを後々まで悔やんでいた。勉強をしなくてよくなるなら機械の虫の一匹くらい体内で養うのに抵抗は無かったし、だいたい試験前で追い詰められた学生が点数をよくするのにすこしばかり脳を操作されたからといって気にするだろうか、というのがセンの考えだった。それでもこうやって机に向かっているのは、免許の更新ができないと今のシュレッダーマネージャーからシュレッダー副マネージャーに降格されてしまうという恐れのためだった。


「えー……シュレッダーロボットの次のエラーのうち、致命的なものを選べ。1,Operation not permitted 2,Paper required 3,No space letf on storage 4, Personality removed……どれだ……わからん……」

『今、新たなる闘いの幕開け……名刺を差し込み、モンスターを召喚! 見たことの無いバトルに白熱せよ! ビジネスカードバトラーズ、大好評発売中! 今なら弊社社長の名刺が付いてくる!』

「うるさいな、このCM……」


 センはどろりとした目を画面に向けた。その中ではテーブルの上に置かれた大掛かりな装置を挟んでスーツ姿の人間が二人向かい合い、ナレーションに合わせて名刺入れから名刺をポーズをつけて取り出し、装置にセットしていた。するとテーブルの上の装置が空中にモンスターを二体投影し、それらのモンスターが炎を吐いたり棍棒で殴りかかったりして激しく闘いあっていた。


「いいなー、面白そう」


 センはしばし動画を眺めていたが、ややあって我に返った。あまり返りたくないところだったが、二日後にはいやでも返らされるので今のうちに返っておくほうがまだ傷は浅く済む。それに最後に映されたビジネスカードバトラーズの値段は、シュレッダーマネージャーの給料では手が出せないほどだった。もちろんシュレッダー副マネージャーでは更に遠くなる。コーヒーを淹れて仕切り直そう、とセンは立ち上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る