若きフルーツケーキの悩み-4

 センは三十一階のリフレッシュルームの掲示板に、先程裏紙を利用して書いたポスターを貼ろうとしていた。『準備期間一日でシュレッダー免許一級の更新試験に受かる方法を知っている人募集。お礼は応相談』と書き、下に自分の社員番号を添えておいた。ポスターがきちんと床と水平になるように二、三度手直しを加えてから、空きスペースに『明日まで』と付け加えた。そしてもう少し考えて、『明日まで』を消して『六月三日まで』に修正し、さらにその下に矢印で『九時五十分まで』を小さい字で入れ込んだ。試験は十時から始まるのである。


 もはやセンのシュレッダー免許は重体だった。明日の十時には危篤になり、試験の終わる十二時にはご愁傷様になるだろう。標準的な手段で救うことができないのは明白だった。というわけでセンは代替治療による救命を試みていた。明日をただじっと待つよりは時間つぶしになる。しかしながら、キノコやビタミンによるものと同じく、効果の程は疑わしかった。


 実際、センは自分でもこの治療が効果をあらわすとは信じていなかった。しかしそのポスターを眺めているセンの横に、いつの間にか一人の社員が立っていた。


「やあ。これは君が貼ったの?」

「そうです」

「もしかしたら助けられるかも」


 センはまじまじとその社員の顔を見た。何か見たことがあると思ったら、昨日カフェテリアでビジネスカードバトラーズで遊んでいた社員である。


「本当ですか?」

「本当だよ。シュレッダー免許のことは知らないけど、とにかく試験ではあるんだろう?」

「そう」

「じゃあ大丈夫。俺はデジタルサービス部でエヴァンジェリストをやってるドゥル。仕事柄短時間でたくさんの知識を詰め込むことはお手の物でね」

「私は第四書類室のセンです。じゃあ、その知識の詰め込み方を……」

「待った」とドゥルは大げさな身振りで言った。レゥザベータ人らしく身体が大きい上に、手が四本、太い尾までついているので、大げさな身振りによって壁際の本棚から雑誌が落とされた。


「こういうのはお互いウィンウィンの関係を築くことが大切だ。ただ一方的に提供するだけでは顧客エンゲージメントを最適化することはできないからね」

「……というと?」


 顧客エンゲージメントに興味のないセンは、訝しげにドゥルを見上げた。


「こちらは知識の詰め込み方を提供する。そちらが提供するのは何かな?」

「何……」センは考えたが、自分が提供できそうなものといえば一つしか思い浮かばなかった。「……もしかして、週末のホームパーティーの料理人が足りないとか? すいませんが更新試験なので、翌週なら大丈夫なんですが、ずらせます? あと鉱物あたりの調理はできないので……」

「いや、料理人はもう確保してあるんだ。そうじゃなくて」

「じゃ、なんですか? シュレッダーロボットの配置を変えてくれってことだったら対応できますけど、あとは……」

「いや、それでもない。今、ビジネスカードバトラーズが流行っているのは知ってるだろう?」

「ああ、あれ……はあ」

「それで、今度大会に出ることになってね。そのために今デッキを組んでるんだ」

「あ、私の名刺ですか? それなら……」

「いや、たぶんそれは弱い、いや、まあ、個性的、いや、うーん……弱いだろうからいい」

「なんで途中でごまかすの諦めたんですか?」と、ポケットから名刺入れを取り出しかけていたセンは、それを元の位置に戻した。

「まあ、まあ。そこで、俺は今どうしてもほしい名刺があってね。それを手に入れてきてくれたら、知識の詰め込み方を教えるよ」

「なるほど。誰のですか?」

「エリアマネージャー」

 センはそれを聞き、まじまじとドゥルの目を見つめた。

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