百年のワッフル-6

 エレベーターも止まっていたので、センはワッフルメーカーを脇に抱えたまま階段をのぼった。後ろからシュレッダーロボットがぴょんぴょんはねてついてくる。


「セン、上に行くのはいいけど、これを押してからにして」

「その暇はないんだ。あともう少しで本丸に乗り込もうってときには」

「ほんの1秒だよ。そのくらいぜったいあるはずだよ。人間はいつもそうだ、暇はない暇はないっていっておいて、くだらないことに使う暇はあるくせに。人間どうしで集まったり人間二人で集まったり人間二人で同じ家に住んでみたり争ってみたりやっぱり一人で住んでみたり増えた人間に対する権利がどうのこうのしたりさ。人間ってたいてい人生を難しくするのに忙しいよね」

「一般的にはそうかもしれないけど、すくなくとも今の私は人生のうち不当に奪取されたものを取り返すのに忙しいんだ」

「不当に奪取されたもの? なに? 管理者権限?」

「ああ、三階。ここだ」


 センはシュレッダーロボットの言うことを無視して、フロアに歩を進めた。このフロア全体が、ワッフルメーカーのサポートセンターとなっている。フロアはいくつかのセクションにわかれ、セクションごとに壁とドアで仕切られているようだった。


 まずは一番手近なセクションに侵入する。そして一番近くにいるサポートスタッフを捕まえ、クレームをすべて聞かせる。ワッフルメーカーがどう動作するのかの実演もする。そしてサポート窓口の対応に文句をつけ、ありとあらゆる言葉でののしり、そして……そこまででセンの構想は終わっていた。その後どう振る舞うのかや、会社での地位に不都合の出る可能性などについては微塵も考えていなかった。あるのは唯一つ、この思いを伝えたいというその一点だった。


 後のことを考えない勢いのよさで、センはセクションのドアを開けた。


「ワッフルメーカーサポートスタッフ全員に告ぐ! お前たちワッフルメーカーサポートスタッフは無知で傲慢で怠惰で、思いやりはこれっぽっちも持ち合わせていない、誰からも愛されず、ロボットにさえも嫌われ、聞く音楽は違法にダウンロードしたもの、見る映画はティーンエイジャーの恋愛ものだけ、ピザの上にパイナップルを載せて食べる、そんなやつばかりだ! いいか! これからお前たちは顧客をさんざん踏みつけにしてきたそのつけを払うことになる! まずはお前だ!」


 センは一番近くにいたサポートスタッフのヘッドセットを乱暴に投げ捨て、襟首をつかんだ。そして、そのサポートスタッフが、すでに気絶していることに気がついた。見渡すと、このセクションのスタッフすべてがデスクに突っ伏すか椅子に仰向けになっているか床にひっくり返るかしていた。


「ううん?」


 自分より先に乗り込んだ人間がいたのだろうか。その可能性は大いにある。その先人には感謝を伝えたいが、自分でも何かしらの破壊行為を行いたいという欲求はそのままあった。


(どうしようか……)


 何か効果的なことをやりたいと、自分以外に身動きをするものがないセクションの中をセンはゆっくり歩いてみた。あるものはヘッドセットをつけたまま、あるものは何かをタイプしかけたまま、あるものはメモを書きかけたまま気を失ったようだった。そしてサポートスタッフ用のシステム画面は、真っ黒だった。


(何が起こったんだろう……)


 スタッフたちに外傷はない。ならば自分がそちらは担当しようか、とセンはあらためてワッフルメーカーをセットしようとした。一番効果的な動作場所を探していると、シュレッダーロボットがまた足元にまとわりついてきた。


「ちょっと、邪魔だよ。そこにいると生地がかかるよ」

「ねえセン、ここおかしいよ」

「サポートセンターだからね。当たり前だよ」

「ちがうよ。ネットワークにアクセスできないの。これだとインストールできないよ。それにさ、建物の中、他のロボットも全然いないし。動いてる人間も。まあ人間はべつにいなくてもいいけど」

「まあ、たしかに」


 センはそう言い、もう一度あたりを見回した。すべてが死にたえたような部屋の中は、しんと静かだった。


「ま、とりあえずこれを動作させてから考えるよ。少し待ってて」


 センはそうやってシュレッダーロボットとの会話を打ち切った。しばらくの間場所を吟味し、ついに中央少し奥、高いデスクの上にワッフルメーカーを設置することに決め、台になるものを探していると、外からシュレッダーロボットの大きな声が聞こえてきた。


「センー! 今すぐこっちにきて!」


 悲鳴のようなその声に、センはしばし迷った。しかしスタッフたちがまだなかなか目覚めそうもないのを見て取って、しぶしぶセンはセクションの外に出た。

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