チョコスプレッドの果てへの旅

チョコスプレッドの果てへの旅-1

「……というとても画期的な製品なんですよ。これはもうメインストリーム間違い無しです。リリースが待ちきれませんね」


 ランチプレートを突きながら力説するコノシメイの話を聞きながら、センはコーヒーを啜っていた。コノシメイの語っている新製品のことはセンにはよくわからなかったのだが、コノシメイはそれには構わず熱く語り続けていた。話のほうに身が入りすぎていて、プレート上のものが自分は時たま突かれるためにだけ注文されたのではないと抗議してきそうだった。


「今度開発部に来てくださいよ。特別にお見せしますから」

「うん、今度いきます」


 センもこの頃では決して日時を特定せずに答える術を身につけていた。その時携帯端末に通知が来たので、センは画面に目をやった。


『ご注文のお届けのご案内 注文番号102889102のご注文品を本日お届けします』

「あっ」


 センは思わず声を上げた。コノシメイはそれに気づき、新製品導入のメリットについて話すのを止めた。


「どうしました?」

「あ、いや……通販で買ったものが今日届くらしくて」

「何買ったんですか? 電子尺ですか?」

「いや違うんですけど……あ、そのキッシュ、そろそろデモを始めそうですよ」

「ほんとだ。あ、しかもそろそろ社に戻らないといけないですね」


 コノシメイは道路使用許可申請を上げようとしていたキッシュその他をぽいぽいと口の中に放り込んだ。センも残りのコーヒーを流し込み、二人は混み合う店を出て会社へと戻った。


 その日の仕事を終えて家に帰ったセンは、届いていた段ボール箱を見つけて弾んだ心持ちになった。部屋の中に段ボール箱を運び込み、べりべりとテープを剥がした。


『かわいいペット アヒルちゃん』


 そう書かれた化粧箱をていねいに開けると、中には全身が黄色でくちばしだけが赤いゴムでできたアヒルが入っていた。


「おおお……」


 センは思わず声を漏らした。このゴムのアヒルは、現在バファロール星で人気を博しているペットだった。よく見る動画チャンネルでも何回も紹介されるし、SNSでも頻繁に写真が上げられている。それでセンも欲しくなり、品薄の中苦労して注文したのだった。他にも様々なペット(もふもふの足が人気の巨大蜘蛛や人間によく懐く、本来は軍事用に開発された人工ゲル状生物など)が飼われている中、ゴムのアヒルの人気が盛り上がっているのはいくつか理由があった。まず、餌がいらない。臭いも出ない。いたずらもしない。その上見た目も可愛らしい。ペットとしてほぼ完璧だった。ただ一つの欠点としては生きていないという事が挙げられたが、そこについては飼い主の心の持ちようで何とかなると説明書には書かれていた。


 アヒルちゃんを机の上に置き、付属していた小さなエサ箱やエサ(両方ともプラスチックでできていた)を横に設置する。センはしばらくそれを見た後、「アヒルちゃん」と話しかけてみた。ゴムのアヒルは答えない。センはまたゴムのアヒルを見つめた後、説明書に目を通した。


『……アヒルちゃんに名前をつけてあげましょう。あなたの大切なペットとしてこれから長い時間を一緒に過ごすのですから、よく考えてつけてあげてください』


 センはその通りよく考えてから、『キイロアヒル』と名前をつけた。


「キイロアヒルちゃん」


 センはもう一度話しかけてみた。机の上のゴムのアヒルは、どう見てもゴムのアヒル以上の何者でも無い。センはこのアヒルを手に入れるのに使った手間と金額の事を考えてみた。悲しくなってきそうなので、それ以上は考えないようにした。

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