マカロンの末裔-8

 センは風の吹きすさぶ海岸にやってきていた。ウダンダウに衛星はないので波は弱いのだが、強い風で飛沫が白く飛ぶ。その飛沫を浴びつつ、センは貝殻をいくつか拾った。


 髪の毛がいいかげん潮の香高くなってきたところで、センは砂浜から上がった。そして近くの建物に向かった。塩害を嫌って遠くにいたシュレッダーロボットも近くに寄ってきた。


「そろそろ出ていく?」


 シュレッダーロボットは何度めかのその質問を繰り返した。センはもうそれには答えず、建物のドアをこじ開けた。中は暗く、がらんとしていて埃っぽかった。窓から差し込む弱い光でかろうじて中の様子が見える。その中をセンは奥へと進んでいった。埃に足あとがつく。その後にはシュレッダーロボットのあとがつく。


「これか」


 奥の奥の部屋に、センが探していたものがあった。センが見上げるほどの大きさの、配管だのネジだのスイッチだの用途の分からない部品だのが無骨に露出している装置だった。


「わー、なんだろこれ」


 シュレッダーロボットは新しい情報に興奮して、装置の周りをぐるぐる回っている。センは隅にあった箱を引きずってくるとそれに乗り、高いところにあった操作盤を開き、先ほどレクチャーを受けたとおりの順序でスイッチを入れた。


 装置が振動を開始し、地響きのような音がだんだんと大きくなっていく。その音が安定してきたところで、センは足元に転がっていた石ころを拾い、手前の投入口に入れた。ゴゴゴ、と音が変わり、しばらく続いた。その間にセンは一旦建物の外に出た。装置の建物の外に出ている部分が見える。するとそこから、丁寧に箱詰めされた石ころが射出され、空を飛び、彼方へと消えていった。


 もう一度建物の中に戻ったセンは、まだぐるぐる回っているシュレッダーロボットを無理やり止めた。ピーピーと警告音で抗議してくるシュレッダーロボットに、センはポケットをさぐりながら話しかけた。


「ちょっと聞いて。私はそろそろここを出ていくよ」

「わーい」

「そこで、ここまで送ってきてくれたお礼を差し上げます」

「お礼?」


 センはポケットから先ほど拾った貝殻を取り出し、それをシュレッダーロボットに渡した。


「いいかい。これは君がここまで送ってきてくれたサービスの対価として渡すものだからね。君はこれを尺度として他のサービスや物の価値をはかったり、対価として支払うことができるんだよ」

「新しい概念」

「そうだよ。でもこの概念を他のロボットにも教えないとこれを対価とすることはできないからね、きちんと共有するんだよ」

「へー。なるほどなあ」


 シュレッダーロボットは貝殻を受け取ると、建物の外へと出ていった。センは装置の操作盤でスイッチをいくつか押した後、大きく息を吸い、自身を投入口へ投入した。



 海藻毛皮の出荷はオートメーション化が進んでいて、加工工場から直に取引先の星まで送り込むことができるようになっていた。その上毛皮の品質を損なわないように、コンテナ内は宇宙船のエコノミークラスよりも快適な環境になっており(何しろエコノミークラスの乗客は送った先で品質検査をされたりしないので)、センがふと気づくとそこは外宇宙第三会議室の椅子の上だった。会議の出席者がだれも箱を開けてくれなかったので、センは箱づめされた状態で会議に出席したのだが、センの担当部分は資料の数値を読み上げられるだけだったため支障はなかった。帰りはそのほうがチケット代が節約できると貨物扱いで宇宙船に乗せられ、バファロール星に着くと宅配便で送られた。センがようやく外へ出られたのは、配送業者が荷物を乱暴に第四書類室の中へと放り込んで箱が壊れたためだった。


 ロボットたちのコミューンは、やがて富の偏在による不平等が原因で不安定になり、まもなく崩壊した。戻ってきたシュレッダーロボットたちはしばらくカウンセリングを受け、貝殻への執着を解消された後いつもの仕事を始めた。


 センは未だに外宇宙第三会議室の場所を知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る