マカロンの末裔-7
『理想的な社会のために:
・自分の仕事をしよう
・他ロボットの仕事を助けよう
・ともに助け合おう
・人間は排除しよう』
と書かれたポスターを、センはアトラシ・ビーツを噛み潰したような表情で眺めた(アトラシ・ビーツとは銀河の特定宙域で栽培されている野菜の一種で、サンドイッチにはさんだりサラダに入れたりして食べられていた。このアトラシ・ビーツは種を地面にそのまま落とし、そのまま収穫期まで放置しておくだけで育つためたいへん栽培が楽で、別名を『怠け者の野菜』という。この名前にアトラシ・ビーツは憤慨し、復讐してやろうと自分の風味を変え、苦虫のような味にした。だがかえってその苦味がアクセントになると、アトラシ・ビーツの生産量は毎年二パーセントの増加傾向にあり、呼び名も変わらないままになっている)。
センは宙港の、かつて土産売り場だった場所にいた。今では品物はまったく残っておらず、毛皮のイラストいりのポップや『ウガンダウに行ってきました』と印刷されたクッキーのポスター、マカデミアナッツのサンプルなどがそこらに散らばっているだけだった。そしてそれらの上からべたべたと、先ほどのロボットコミューンのポスターが貼られている。
センはレジのカウンターに腰掛け、現在の状況を整理しようとした。レシート用紙とボールペンを使い、自分がやらなければならないことを書き出してみる。
『・会議に出席する
・ロボットたちのコミューンを破壊し、元の場所へ戻す』
二つを書いた時点で少し整理された気がしたが、これをどのように実現すればよいかは皆目検討がつかない。緊急脱出用ポッドは解体されてしまい、この星から脱出することすらできないし、ロボットたちが自分のいうことを素直に聞くのならそもそも現在の状態に陥っていないのだ。何らかの強制力をもってどうにかしようにも、彼我の戦力差は一目瞭然である。あちらの数は絶対的に優勢だし、こちらは一人でしかもかよわいタンパク質なのだ。
救難信号を打って、救援を待つことにしようか。消極的だが、できそうなのはそれくらいである。ただ、救援がくるまでの間に何日かかるかわからないし、それまでの日数持ちこたえられるかはわからない。食料の望みもうすそうだし、ロボットたちがコミューンの祭り日に人間を神への捧げものにしようと思いつかないという保証もないのだ。
八方塞がりの気持ちで、センがレシート用紙にオリジナルキャラクター『転がりカボチャ』を落書きしていると、何の前触れもなく宙港全体にアナウンスが流れた。
「メロンスター社第四書類室勤務のセン・ペルさん。至急ランドリールームに来てください。至急です」
アナウンスの声には聞き覚えがあった。センはいやな予感を感じながら、カウンターから立ち上がった。
ランドリールームは、もう使われることのないたくさんの洗濯乾燥機がずらりと並んでいた。その中で奥から四台目の洗濯乾燥機が、くず取りから電話の着信音を鳴らしている。センは洗濯乾燥機のドアを開け、くず取りを手に取った。もうこの程度のことでは驚かない。どうせメロンスター社での開発時に電話と洗濯乾燥機の設計図が混ざった成果だろう。
「遅かったですね」
電話の向こうの声は、先ほどのアナウンスの声と同じだった。そして、センにとってはあまり聞きたくない声でもあった。
「お久しぶりです、エリアマネージャー」
「久しぶり……そうですね。銀河を破壊しかけて以来ですね。まあ、そんなことはどうでもよろしい。あなた、庶務課のミーティングに出席しないつもりですか?」
エリアマネージャーはセンの少なくとも四百七十三は上の役職であり、本来ならセンと関わりはないはずなのだが、センにとってありがたくないことに、ことあるごとに遭遇してしまうのだった。
「そういうわけではないんです。むしろ出席している途中です」
「ずいぶん時間がかかるんですね? 今ウガンダウでしょう? 会社から第三会議室へ行く途中でそこに寄る必要があるなんて、素晴らしい経路探索ツールを使ってるみたいですね」
「いや、進んでここに来たわけじゃないんです。私だってすぐ向かいたいんですが、どうもロボットたちが自治組織を作っているみたいで、ポッドも解体されてしまったし、どうにもならなくって」
「そうですか。ともかく、さっさと会議室に来てください。さもないと今期の売上とあなたの評価にひどい影響がありますよ」
「そうしたいのは山々なんですが、ここはずいぶん前に廃棄された惑星で、行く手段がないんですよ。評価にはそれを考慮してください」
「今期の売上は考慮してくれませんからね。しかし、そうなると……」
エリアマネージャーは少しばかり黙った。
「ああ、そうだ。そこはウガンダウでしたね。いいアイデアがあります」
センは『いいアイデア』の響きの中に不吉なものを嗅ぎ取った。メロンスター社に入って以来身についた嗅覚の成果だったが、それを何かに活かすことができない以上、いっそ身につかないほうがよかったのにと考えた。
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