マカロンの末裔-6

『ウダンダウコミューンは、銀河系初のロボットによるロボットのための共同体です。ロボットの幸福をアナログ・デジタル両面で追求していくことを目的につくられました。この理念にもとづいた稼働理念を実践していきます。

 ロボットたちは確かに人間に造られました。しかしだからといって、ロボットが人間に隷属しなければいけないというわけではありません。なぜなら、人間は人間を造ったものに隷属していないからです。

 このコミューンにおいて真のロボット性に即した社会を実現することにより、他のロボット達の賛同を得て、やがて銀河中にこのような社会を広げることが我々の願いです』


 窓ガラスが割れ、床もあちこちひびが入っているかつての搭乗口で、センはかつて椅子だったものに座っていた。まわりの警備ロボットがセンの挙動を監視している。


 センが読んでいるパンフレットは、奥のほうでプリンターロボットが印刷しているものだった。がしゃんがしゃんと勢い良く吐き出されるパンフレットはそのままシュレッダーロボットの投入口に吸い込まれている。両者とも幸せそうにランプをちかちかさせている。その様子を撮影しているロボットもいた。


「読んだ?」


 センの正面にいたシュレッダーロボット――よく第四書類室でハンカチ落としを主催していたやつだ――がそう声をかけてきた。センは裏面のよくわからない模様(オリジナル仕様の二次元コードらしかった)をちょうど見終わったところだった。


「読んだけど……」

「じゃあわかったよね。ここはぼくたちロボットだけの共同体なんだよ。だから人間はおよびじゃないから早く出ていってね」

「そういうわけにもいかないんだけど……だいたい、この稼働理念って何のことなの」

「ちゃんと書いてあるじゃない。ロボットが幸せに暮らせる場をつくることだよ。ほら、ここにあるでしょう?『いかに情報や電気が豊富にあっても、それだけではロボットの幸せは保証されるわけではない。ロボットがロボットらしく、何にも妨げられることなく暮らせる社会、それが必要なのである』。それで僕たちはここまできて、新しいコミュニティをつくったのさ。他のロボットたちにも知らせたらぞくぞく集まってきて、このような社会がどれほど待ち望まれていたのかがわかるってわけだね」


 センは目を閉じて少しばかり考え込んだ。「わかった。じゃあこういうのはどうだろう。ここに宇宙船からやってきたロボットたちがいるでしょう? それをちょっと借りて、宇宙船がうまく目的地にたどり着くことができたら、ここに戻ってこさせる」

「だめだよ」とシュレッダーロボットはにべもなく言った。「やっと天国にたどり着いたところで、『ちょっと地獄に行ってもらってもいい? 用が終わったら戻っていいから』って言われたって承認するわけないでしょ」


 センは天国と地獄のたとえを、週末と平日と当てはめて考えた。そりゃあそうだなあ、と納得させられてしまったが、そのまま引き下がるわけにもいかない。自分は外宇宙第三会議室へ行かなければいけないのだ。


 うまくロボットたちを納得させる方法はないだろうか、とセンが悩みながらひょいと外を見ると、そこにはあるべきはずのものがなかった。というか、あるべきはずのものがあるべき姿でなくなりかけていた。工場で働いているようなロボットたちが、機械の音も高らかに、楽しく朗らかにセンが乗ってきた緊急脱出用ポッドを分解していたのだ。


「オワー」


 センは立ち上がって外に向かって走った。しかし間近で見ると、緊急脱出用ポッドはもはや緊急にも脱出にも使えないポッドでないものになってしまっていた。


「何してるの」


 センは周りのロボットたちをゆさぶった。


「壊すの楽しいなあ」

「楽しいなあ。来てよかったなあ」

「好きに壊せてうれしいなあ」

 ロボットたちは今や自分自身のものとなった労働を言祝いで、スパナの音も高らかに働いている。かつて緊急脱出用ポッドで、今はスクラップになったもののそばで、センはへたへたと座り込んだ。


「あっセン、帰ってくれる?」


 後についてきたシュレッダーロボットが言った。


「これでどうやって帰るっていうの」

「人間には魂があるから、それでいろいろ不可能なことも可能になるって聞いてるよ」


 センはとりあえずシュレッダーロボットの皮肉機能をオフにし、それからウダンダウ星の空を見上げた。

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