マカロンの末裔-5
惑星ウダンダウは、かつて毛皮の生産を主要産業として栄えた星である。宇宙にはさまざまな種族が存在しており、その中には自分で充分な防寒機能を備えていないのにも関わらず寒いところに住みたがる者もいて、そんな種族はたいてい昔から毛皮を使っていた。そういう種族に対して、もともと自前の毛皮を持っている種族はあまりいい気持ちを抱いていなかった。なにしろ自分の皮とおなじようなものをひっかむっているやつが目の前にいるとなれば、こいつは自分の皮も剥がす気なのではないかと不安になるのも無理はないだろう。そういうわけで、ウダンダウの毛皮が宇宙では人気を集めていたのだった。なぜならウダンダウの毛皮は、毛皮そのものだけが海に生えていて、干潮のときにそれをとって洗い、日にあてて干すだけでふわふわとやわらかであたたかな毛皮になるのだった。毛皮というより海藻なのではないかという意見もあるけれども、見た目もさわり心地も使い心地も毛皮そのものなので、毛皮と名前をつけられて販売されていたのだった。ただし毛皮をもつ種族に配慮するため、ウダンダウの毛皮販売業者は製品に大きく『これは海藻です』という意味のウダンダウ星の言葉からつくったロゴを入れていた。この毛皮はたいへんよく売れ、自前の毛皮を持たない種族はそれであたたまることができるし、毛皮をもつ種族は目の前のやつが皮をはぐよりも海藻を採集することのほうが好きであるということがわかって一安心だった。つまりこの海藻毛皮はだれからも好まれていたのだが、一番それを好んでいたのはとある菌だった。彼らはこの毛皮を愛していて、その愛のあまり他人が海藻毛皮を触ることを許さず、触った者には死の制裁を与えた。そのため海藻毛皮は発売中止となり、すでに発売されたものもすべて菌と一緒に焼却処分されたが、彼らは愛するものと一緒に死を迎えられることをむしろ喜んでおり、海藻毛皮のほうも葛藤の末に菌の愛を受け入れていた。しかしながら彼らにはジャーナリストやブロガーの友人がいなかったため、この物語についてはどこにも記録されず炎とともに終焉を迎えたのだった。
ともかくウダンダウは、毛皮産業の衰退とともにほとんどの住民が別の惑星に移っていってしまい、今では都市部に僅かな人間が残るのみとなっていた。かつて毛皮産業のために整備された設備はほうっておかれ、廃墟同然になっていた。
そのウダンダウに、宇宙船のロボットたちが何の用があるのかはわからなかった。しかしながらセンの乗った緊急脱出用ポッドの行き先はウダンダウに設定され、狭いポッドの中でセンは仏頂面で前を見つめていた。このままでは船が動かせないから、ロボットたちの後を追い、戻るように説得してくれと乗務員たちに頼まれたのだ。
うまくいくかどうかはわからなかった。自分の専門はシュレッダーロボットだし、それに認めがたいことだが薄々気づいていることに、そのシュレッダーロボットにすら言うことをうまく聞かせられていない。しかし船が動かないとどうしようもないのだし、代わりのロボットをバファロール星から取り寄せるのには一週間も時間がかかるとのことで、センはしぶしぶポッドに乗り込んだのだった。
緊急脱出用ポッドがウガンダウに到着すると、センはポッドから降りて辺りを見回した。かつて空港だったもので、今は壊れた建物となったものが見える。ポッドが着陸したのはその滑走路で、整備されていないためあちこちでこぼこしている。
見ると、滑走路のあちこちにセンが乗ってきたのとおなじようなポッドがあった。宇宙船のロボットたちが乗ってきたものだろう。ポッドからは、ロボットたちの足あとが続いている。その先には空港だった壊れた建物があった。ひとまずあそこにいってみるか、とセンは考えてカバンを肩にかけた。
ウダンダウの空は赤みがかかった色だった。その空を見上げながら、どうも自分が出張するとろくなことにならないとセンは考えた。
だいぶ歩き、空港のスタッフ入り口と書かれた扉に手をかけたところ、上から声がした。
「そこの人間! とまりなさい。とまらないと強制的にとまらせるぞ」
三歩下がってセンが上を見上げると、割れた窓の奥に、船で働いていたロボットたちの姿が見えた。そしてその奥に、馴染み深い、紙を砕くのに適した形状を持ったロボットがいるのを、センは見間違いだといいなあと考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます