パイの果てへの旅-3
センはそれから数日、シュレッダーロボット清掃用使い捨てシートの購入申請を出したり、シュレッダーロボットたちから薪とガソリンを取り上げたり、消火器の購入申請を出したりしていつもの通りに過ごしていた。消火器の購入申請に不備があったからといって差し戻され、社内サーバーの中から消火器購入申請フォームのテンプレートを『赤巻紙購入申請フォームテンプレート』『青巻紙購入申請フォームテンプレート』『黄巻紙購入申請フォームテンプレート』などをかき分けて探しているとその時、第四書類室のスピーカーが鳴った。
『庶務課第四書類室シュレッダーマネージャー、セン・ペル! 至急三十一階会議室に来てください。繰り返します、至急三十一階会議室に来てください』
モニターから顔を上げ、センははたと空中を睨んだ。以前は古めかしいスピーカーがそこに設置してあったのだが、半年ほど前の定期メンテナンスのときに『あまり古いのでいつ事故が発生してもおかしくないたいへん危険な状況』と診断され、つい一週間前に埋込式のものに取り替えられたのだった。なので今はスピーカーそのものを見ることはできないのだが、放送があったときはついくせでそちらに視線をやってしまう。
そしてこういう呼び出しをくったときには、待ち構えているのはたいてい悪いことだった。仕事上のミスに対する叱責だったり、シュレッダーロボットの回収をいいつけられたり、いやな仕事を押し付けられたりする。前に一度、同じ誕生月の社員を集めたパーティーへの呼び出しがあったのだが、その時に固くてスプーンが刺さらなかったアイスをすぐ食べられるようにしようとパーティークラッカーを使ったささやかな実験を行ったせいで、同じようなパーティーにはもう呼ばれなくなっていた。そのため今回の呼び出しは高確率で『たいてい』のほうにカテゴライズされるものだろうが、しかしだからといって無視をきめこむわけにもいかない。センは消火器購入申請をひとまずおいておいて、三十一階に向かった。
今日のエレベーターは上機嫌で、人間が間違ってボタンを押してきたふりをして途中階に意味なく止まったりもせず、センはスムーズに三十一階についた。フロアの案内図によると、会議室はかなり大きなものが一つだけある。センはいやな予感がした。こんなに大きい会議室ということは、それなりの人数が出席するそれなりの規模でそれなりの重要性をもつミーティングが開催されているに違いない。ミーティング中シュレッダーロボットが誤作動して引き取りを求められるとかならいいのだけれど、とセンはおそるおそる会議室の扉を叩いた。
「どうぞ……やあ、来たね」
センは扉を開けるなり、開けたことを後悔した。そこにいたのはメロンスター社社員のうち、会いたくなさランキングトップに属する人物だったのだ。具体的に言うとアトルと、そしてこちらは会いたくなさランキング不動の一位である、エリアマネージャーである。
「シュレッダーロボットはどこですか?」
「いえ、シュレッダーロボットの話ではありません」
ホワイトボードの前に座っているのは、エリアマネージャーだった。相変わらずの流星も遊星もねじ伏せるような口調で、「こちらへ来てください」と言う。センはのろのろとそれに従った。その間に、アトルがプロジェクターで映し出されたスライドのページをめくった。
「こちらがプロジェクトの進捗状況です。先程までの報告のとおり、このパイ以外は順調です」
カラフルなマイルストーンがスクリーンに映されている。細かく文字や数値が書かれていて、何を意味しているのかは部外者であるセンにはわからない。
「セン・ペル。単刀直入に言うと、あなたには一つ新しいプロジェクトに参加してもらうことになります」
エリアマネージャーは、五千年前から定まっていることを読み上げるように言った。もちろんセンに許されているのは、『はい』か『もちろん』の二択だ。
「はい」
なるべく嫌がっていることを言外に伝わるようにしてセンは答えたが、相手はそれに気づいていないのか、気づいても気づかないふりをしているのか、それとも気づく必要すらないと思っているのかで、つまりはセンのかすかな抵抗など恒星に対する一滴の水程度の影響力しか持たなかった。
「これは来季にあわせてパイの新製品をリリースするというプロジェクトなのですが、そのうちの一つの開発が難航しているのです。あなたにはこの開発に関わってもらいます」
前もこんなことがあったな、と思いながら、センはなるべく苦々しい様子で「はい」を口にした。
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