7-4
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エリオットは自宅に戻った。何日ぶりだろうか。ハンスたちに荒らされてからそのまま出てきた。床に散らかったものをどけた。外に置いてあった槌を持ち込み、床に打ちつけた。床の板が割れる。槌を壁にかけて、割れた床を剥がした。
剣が埋まっていた。鞘ごと剣を地面から抜き出す。槌を払って、鞘から抜いて中身を確認した。刃には血痕が残っている。一度も手入れをしたことがない剣だった。そういう慣わしだった。この剣の血を落とすことは許されない。だがそれでも切れ味は保たれる。魔力を秘めた死刑執行専用の剣だった。
エリオットは黒い仮面を被る。
現役の頃と同じ姿だった。
■
夜のフラウエン教会の正面門へ。中央に聖母ラナ像、周りには天使と聖人たちがアーチ状に彫られた扉があった。
衛兵の姿はない。下げられたランタンの灯りが風で揺れる。
「お前、面白いもん被ってるな」
アンナがいった。
「これが正装なんだよ。そっちもどうした」
アンナは黒ずくめだ。黒いローブに黒いズボンとブーツ、手袋まで黒い。
「これが私の正装だ」
「お互い知らないことだらけなんだな」
「自己紹介でもするつもりか」
「もう充分だよ」
「こっちの台詞だ」
「誰もいないな」
「歓迎されてるんだろ。行くぞ」
アンナが扉へ触れる。門がふわりと開いた。「ほらな」
■
エリオットとアンナは教会の身廊へ。厳かで重々しい空気が漂う。常夜灯が礼拝堂の奥にある聖櫃を照らしていた。廊にはガラス窓が並び内陣には鈍い輝きのステンドグラスが飾られている。窓から差し込んだ僅かな明かりは、舞う埃を照らし空気中に光の帯を作った。
ゆっくりと前へ進む。
「これからのことはわかってるな」とアンナ。
「大体予想はつく」
エリオットの返事。
「奴らの目的は私たちの口封じだ。楽園派の裏事業を知る全ての部外者を消す。わかるか? この意味が」
「俺にいわせるのか?」
「お前の妹はすでに消されている可能性もある」
エリオットは何もいわない。
「だが殺していない可能性のほうが高い。なぜなら裏帳簿と手紙があるからだ。奴らはその二つ、特に裏帳簿の在り処を聞き出すために、お前の妹を取引材料に使うだろう」
「いいよ。わかってる。取引は成立しないんだろ」
「さすがだな」
「取引に応じるふりをして、俺たちとカテリーナを消す。俺だって奴らだったらそうする」
「もっとも私は不老不死だから死なない。しかしどこかの海に永遠に沈められてしまうかもしれないな」
「死ねないのも地獄だな」とエリオットは笑った。
「まぁつまりだな、結論からいうと、流血沙汰になる」
「武力行使ってことか」
「最後は腕っ節だ。覚悟はしておけよ」
「それにしても、ここ――、誰もいないのか」
エリオットがいった。
「いや、いるみたいだ」
アンナは礼拝堂内を見渡す。
足音が聞こえた。
「お兄様――」
二階の高廊から、ヴァレンシュタインと女が姿を現せた。カテリーナだった。
上半身を縄で縛られて、腕は後ろで止められている。
「カテリーナ」
エリオットは見上げて叫んだ。「カテリーナを離せ、クソ野郎。妹は関係ないだろ」
カテリーナの姿を見ると、頭に血が上った。冷静さを保てない。
「お前が巻き込んだんだ」とヴァレンシュタイン。
「落ち着け、エリオット。なぁヴァレンシュタイン、取引をしないか」
アンナがいった。
「帳簿を渡せ」
ヴァレンシュタインがいった。
「いくらだ?」
「いくらっておい」とエリオット。「妹の命がかかってるんだぞ。もっと丁寧に交渉しろ」
「エリオットの言うとおりだぞ」
ヴァレンシュタインがカテリーナの体を高廊の手すりに押し当てた。
「あっちもこっちもうるさい奴らだ。わかったよ。じゃまずお前の品が何か聞こうか。お前は私に何を渡す」
「指名手配の解除でどうだ」
「大切なものが抜けてるぞ」
「なんだ? まだ金の話をしたいのか?」
「違う。お前は私たちに死を渡すつもりでいるだろう? それもちゃんといわないと交渉にならないだろ?」
「それはない。安心しろ」とヴァレンシュタイン。
「ふん。白々しい。交渉は決裂だな」
アンナのイケイケは止まらない。だがこうなることは予想できていた。
「自信があるんだな」
「お前に私は殺せない。私が死ななければ、あの裏帳簿はルーベンの元へ行く」
「なるほどな。手を回していたのはわかっていた」
ヴァレンシュタインが息をつく。「では、この娘が死ぬぞ」
「カテリーナが死んでも同じだ」
エリオットが叫んだ。「カテリーナを傷つけてみろ。お前を絶対にぶち殺す」
「お前の企みはルーベンも知っている。参事会の話題になるまで時間の問題だ」
「今度は君が私たちを脅迫かね」
「話がわかるやつでよかった。最近、馬鹿と活動してたんでな」
「だから私が金を払って君たちを見逃すってことか?」
「口止め料は安くない。私たちは友達じゃないだろ?」
「わかった。君たちを消すことにする。それが一番安上がりだ」
ヴァレンシュタインがカテリーナの腕を引っ張り、高廊の脇へと姿を消した。
「お兄様――」
カテリーナの甲高い声が響いた。だがもう姿がない。
「エリオット。悪いな」
アンナが呟いた。
「それしかないのか?」
「気にするな」
「いや、気になるね」
アンナのせいじゃないこともわかっている。さっきも話をしていた。もうどうにもならない状況なのだ。
礼拝堂の扉という扉が開いた。静寂を切り裂く足音。
アーシュ騎士団の兵士が流れ込んできた。怒声、轟音。
「武力の時間だ」
アンナが首の関節を鳴らした。
「言わなくてもいい」
エリオットも剣を抜く。「こうなることはわかってた」
「できるのか?」とアンナ。
「やるしかないだろ」
「行くぞ」
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