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「鍵をやったのか?」
アンナがいった。「私の意見を無視したな」
「してない。ここにある」
エリオットはアンナに鍵を見せる。指先には土から掘り返した鍵がぶら下がっていた。
「奴に渡したのは?」とアンナ。
壁から背中を離す。黒猫が床に降りた。家の中を歩き出す。
「うちの鍵だよ。あいつならいつでも歓迎だ」
「本物の鍵は私が預かる」
「俺には荷が重い」
鍵を放った。
「なかなかの魔導士だったな」と鍵を手にとってアンナ。
「顔は見えなかったぞ」
「いつ顔の話をした?」
「悪い悪い。ちょっとそこで待っててくれ、今クショーノフの店の名前を探す。ここらへんに手紙があったはずだ、たぶん」
足元に散らばった紙をみる。「あぁ、ちょうどあった。これだ」
そのうちの一枚を手に取った。アンナに渡す。
「ル=ゴフ商会ね」
アンナは呟く。
「通りの名前もあるだろ?」
「あぁ。クショーノフのダレン通りだ。扉に茨の飾りがついてる、とある」
「これで場所はわかった。じゃこれでいいか? 鍵も渡したし、店の名前も場所も教えた」
エリオットはいった。
「ん?」とアンナ。
「なんだよ」
「お前、抜けようとしてるのか」
「いや――」
もう手に負えない。家も荒らされ魔導士まで出てきた。できれば関わりたくない。
「ここで抜けたら、たぶんだが――、殺されるぞ。ま、これは私のささやかな意見に過ぎないが、お前はどう思う?」
「俺はそうは思わない。危険はあんただ」
「阿片だぞ。これは金になる」とアンナ。
ついに本音を口に出した。「ヴェトゥーラの絡んだ阿片の密売だ。おまけにこの鍵とさっきの魔道士、それにお前の家も荒らされている。誰だかわからない魔道士はお前の家を知っていた。たぶんエドゥアールと仕事をし始めたときから尾行されていたんだろうな。お前は阿片密売の片棒を担いで、相棒が死んだ今、片棒じゃなくて全てを一人で背負ってる。家も割れて、この分なら名前も何もかも割れてる。これから毎日、朝日を拝むたびに生きてるってこと、ただそれだけに感謝できる素晴らしい人生が待ってるわけだ。そういう人生に憧れるか?」
「説明がうまいんだな。感激したよ」
「私と一緒にいたほうが安全だといっている。それにお前は私に返すものがあるはずだ」
「なんだかんだいって、あんたも危ない状態なんだろ。俺は何かエドゥアールに関する情報を知っている可能性もあるし、手元に置いときたい。違うか?」
エリオットが言い終えると、アンナが近づいてきた。
「お前、やっぱ勘違いしてるな」
アンナがエリオットのみぞおちに拳を食らわした。胃があがってくる。鈍い痛みが腹にまとわりつく。
「自分に価値があると思ってるなら改めたほうがいい。私を面倒に巻き込んでおいて。このクソボケ馬鹿野郎が。阿片に魔導士、それに忌々しいサウスタークのクソったれ諜報員。これはお前の言うとおり私も非常に不味い。そんなの言われなくてもわかってる、クソが。だがな、この私はこの事件を探って命乞いをしようなんて思ってない。お前、巨大な蜂の巣を見たら、どう思う?」
「あぶない、かな」
「私は蜜だよ。甘い蜜だ。わかるな?」
あくまでアンナの狙いは金だ。この騒動に首を突っ込んで阿片に関わる金を狙ってる。
「いいか。この鍵は売れる。ル=ゴフ商会の関係者は喜んでこの鍵を買うはずだ。阿片と奴らを繋ぐ証拠だし、あの魔導士が欲しがるくらいだ。金になる」
「悪党相手に商売かよ。危険すぎる」
「意見するな。金を返すまで私の犬だということを忘れるなよ」
「態度は改める」
痛みの響く腹をさすった。「だからもう暴力はなしにしてくれ」
「いいだろう」
けつを蹴られた。「朝になったらクショーノフに行くぞ。準備してくるから、お前はその妹をどこかへ非難させておけ」
アンナは黒猫と一緒に部屋を出て行った。
■
マリアノフの中央に流れるルスターク川を渡って、この街で一番栄えているリブス通りへ。通りを二本奥へ入ったパン屋がエリオットの妹、カテリーナの住む家だった。
エリオットは扉を叩く。扉にかけてったパン職人組合が定めた飾りが揺れた。
「ちょっと何、こんな時間に」
日付が変わる手前だった。疲れた声の女性が出てきた。
たるんだ頬と深いほうれい線に二重顎の太った中年女性。大きなシーツを一枚、素肌に被って出てきた。
「カテリーナは?」とエリオットは中年女性にいった。
「あぁ。エリオットかい」
中年女性はカテリーナの母親だった。名前はアマンダ。エリオットの母親ではない。カテリーナは腹違いの妹だった。
「カテリーナは無事か?」
「上で寝てるよ」
気だるそうにアマンダが答える。
「カテリーナをどこか避難させてくれて」
「何かトラブルかい?」とアマンダ。
「ちょっとしくじって」
「詳しくは話せないってわけね」
「さすが。勘がいい」
「私の心配は? 私は逃げなくていいってのか?」
「あんたも逃げたほうがいいかも」
「控えめだねぇ」
アマンダが皮肉をいったところで「お兄様――」と奥から声が聞こえてきた。カテリーナだった。
掴まると話が長くなるし、妹には嘘を吐きたくない。
「俺はいく。とにかくカテリーナを二、三日どこかへ預けてくれ」
「はいはい。できたらやっとくよ」
クソ、アマンダめ。
「頼むから。ニ、三日でいいんだ。ここじゃない場所へ預けてくれ」
「わかったよ。早くいきな」
アマンダの対応が不安だ。だがもう行くしかない。アンナが待ってる。
エリオットは念を押してその場を去った。
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