7-6
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自然の洞窟と人工的な通路を合わせたような空間。さらにその先には水が流れ込んできている。壁際にはもう使われていない樽や木箱が並んでいた。足元には誇りを被った瓶やカップ。皿の上には崩れた蝋燭と虫の死骸があった。
「大丈夫か? カテリーナ」
エリオットとアンナは足を止めた。
「助けて、お兄様」とカテリーナの叫び。
「勢ぞろいみたいだな」
アンナがいう。「クソったれが大集合だ」
カテリーナとヴァレンシュタインの他に、エーリカとハンスもいた。
「しつこい奴らだ」
アンナは腕を回す。やる気だ。
「こっちの台詞だよ」とハンスが唾を吐き捨てる。
ヴァレンシュタインが奥へ消えていく。
「おい、待て」
追いかけようとするエリオットの前にハンスとエーリカが立ちはだかる。
「動くなよ、小僧ちゃん」とハンス。
にたにたと気持ちの悪い笑いを浮かべている。
「そういうことらしい」
アンナがエリオットの肩を叩く。「やるぞ」
「二人で大丈夫か?」とエリオットがいった。
「余裕だろ」とハンス。
「俺たちは普通じゃないぞ」
「元死刑執行人の商人と不死身の高利貸しだ」
アンナがいった。
「御託はいいから、早く来いよ」
ハンスが唾を吐いた。「殴り合いで勝負だ」
「あいつは俺に任せろ。借りがある」
エリオットが前へ。
「優しいんだな」とアンナ。
「勝算はある」
「どんな」
「俺は剣を使う」
エリオットが剣を抜いた。
「卑怯者め。だがお前のことがちょっと好きになった」
アンナはエーリカを見た。「じゃ私は公平のために向こうの女騎士の相手をしよう」
エーリカは静かに剣を抜く。
四人がにらみ合う。
「来いよ、変態」
エリオットがいった。
「たまんねぇよ、お前みたいなやつは」
ハンスが笑いながら拳の前に炎を浮かべる。
「お前、卑怯だぞ」とエリオット。
「そういう言葉は大好物だ」
ハンスが拳を動かした。
「やっぱ変態だな」
エリオットは剣を振り上げる。炎が飛んできた。太刀で振り払う。だがこれで一斬り分、損をした。ハンスに間合いへと飛び込まれた。脇腹に一発をくらう。痛みを堪えながらも肘をハンスの胸へ突き刺すように食らわせて、間合いを広げる。
「クソ」
間合いが開いた途端、また炎が飛んでくる。体を翻して、炎をかわす。
「なめんな」
先ほどの同じように間合いを詰めてきたハンスを斬る。ハンスは寸前でかわし、斬れたのは左肩だけだった。
「二度も同じ手が通用するかよ」
今度はエリオットから突っ込む。
「みんなそうするんだよな」
地面を巻き上げるように炎の壁を作り出すハンス。
「みんなと同じにすんな」
水平に剣を斬り、炎を一瞬振り払う。ハンスの姿がみえた。
いける――。
だが拳が伸びてきた。
「炎に突っ込むのかよ」
ハンスは自分で作り出した炎の壁に自らの体を突っ込み、エリオットへ接近。漕げたシャツ、火傷した体、寄生虫を宿した腕。黄色い歯をみせて笑いながら拳を振りかぶる姿。
エリオットは顎へまともな一発を喰らう。
「全然ダメだな」
アンナの声がした。「お前、クソ弱いじゃないか」
エリオットは床に倒れこむ。
「これからだ」とエリオット。
「手を貸そうか」
「呼ぶまで待ってくれ」
剣を杖代わりに立ち上がる。
「おじいちゃんと同じことしてるぞ」とアンナ。
「人生うまくいかないことばかりだよな」
エリオットは再び剣を構えた。「これから首斬り、死刑執行人の戦い方を見せてやる」
「面白れぇこというな」
ハンスが火球を漂わせる。
「お前は卑怯だ。どうみても喧嘩屋のくせに魔導を使いやがって」
「こうみえて器用なんだよ」
「卑怯な寄生虫野郎が。気持ち悪いんだよ」
「ありがとよ」
「笑ってられるのも今のうちだからな。いまに俺のほうが卑怯だと知ることになる」
「いつからこの勝負が卑怯合戦になった」
ハンスとエリオットが激突する。だが剣が届く前に、ハンスの繰り出す炎がエリオットの体に炸裂した。
エリオットはまともに吹っ飛んで、後ろの壁に激突する。
「俺は何番目だ」
剣でなんとか体を支えるエリオット。脇腹が焦げて、肌が露になっていた。
「なに言ってんだよ」とハンス。
「お前が殺した人間の数を聞いてるんだよ、馬鹿野郎」
「そんなの覚えちゃいねぇ」
「やっぱ馬鹿じゃねぇか」
「んだとぉ」
ハンスが近づいてくる。顔が真っ赤だ。殴り殺す気だろう。エリオットは横目でアンナをみた。アンナが動き出そうとするが、エーリカが剣を構えた。アンナは動けない。
「そうかよ。じゃ最初は? これなら馬鹿でもわかるだろ」
「最初か? はは。最初の殺しは十二歳のときだ。家を出て傭兵団に入った。頼み込んでも入れて貰えそうになかったから、旅人を殺して奪った金を持っていったんだ。老夫婦だった。どっちも殺したよ」
「償いたいか? 罪を?」
エリオットはハンスをみた。
いまやハンスの顔はエリオットの目の前にあった。
「償い? 何を今更。俺は自分にできることをやったまでだよ。償いなんて必要ない」
「そうか。残念だ」
「ま、けど言われてみれば確かにあのじじいとばばあには悪いとは思ってる。あの頃の俺は素人だった。だから殺すまでに時間をかけちまった。首を折れば一発なのに、ゆっくりと殴り殺したからな。殴ってる途中で拷問に目覚めたんだよ。じじいとばばあを交互に殴るのさ。死なない程度に一晩中な」
「俺もそうするつもりか?」とエリオット。
「あぁそうだ。そういやあのじじいも今のお前と同じように死んだような目をしてたよ」
ハンスが指の関節を鳴らす。
「残念だな」
エリオットがいった。
「だよな」
「”悪いとは思ってる”。お前そういった。お前は罪を告白し償いを口にした」
エリオットは立ち上がる。エリオットの体から紫の瘴気が放たれて、ハンスを包み込んだ。
エリオットの腕輪が鈍く光っている。父の形見としてケニスから受け取った腕輪だった。
「体が動かないだろ?」とエリオット。
ハンスは突っ立ったままで、硬直していた。瞬きもせず、微動にもしない。細かい呼吸音だけが口から聞こえる。
「魔導を使えるのは、お前だけじゃないんだよ、馬鹿野郎」
エリオットはアンナを見る。今度はエーリカが動き出そうとしていたが、アンナが「今、いいところだ。やらせてやれ」と前に立ち、止めた。
「これは死刑執行人が使う魔術。処刑対象の動きを止めて、すみやかな首斬りを行うための限られた者のみに許された禁術だ。もちろん付呪条件は厳しい。対話法により、対象から罪と償いを引き出さなくてはいけない、その後はハデスとの契約儀式がある」
エリオットはハンスの肩についている糸のほつれをとってやった。
「だがお前は運がいい。自ら罪と償いを口にし、この腕輪に刻まれた魔導が契約儀式を省略した」
剣を振りかぶる。
「冥府を統治する神ハデスの下で。罪人であるハンス・ゲルンは、罪を告白し償い求め、その命を執行人であるこのエリオット・アングストマンに委ねた。このエリオット・アングストマンはハデスの代行者として、今、ハンス・ゲルンの命をハデスの下へと届ける」
「卑怯者め――」
ハンスが呟いた。
「ハンス、同じ目だよ。今まで首を斬った奴らは全員、そんな目で俺を見ていた」
首を斬った。
血が吹き出る。
重く鈍い音がして、ハンスの頭が地面に転がった。
「死んだ目ってやつだ」
紫の瘴気がエリオットの体へと吸い込まれて戻っていく。
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