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「いいものを見せてもらったな、エーリカ」

 アンナがエーリカを見る。「次はお前の番だ」

「黙れないのか、お前は」

 エーリカの剣先がアンナに向けられる。

「静かな女は辛気臭いだろ」

 アンナが突進。エーリカが叩きつけるように剣を振り下ろす。アンナはそれを右手で受け止めた。刃を掴む。血が滴り下りた。

「なに」とエーリカ。

「それが最後の言葉か?」

 アンナが掴んだ刃を引き込み、エーリカの体を近づけ、そのまま背負うような動作で振りかぶった左の拳を顔面に叩きつけた。エーリカの体が一回転して吹き飛んだ。

「お前に寄生虫はないのか?」

 アンナの右手の平は、深く切り開かれていた。血が指先を伝って地面へ落ちていく。だがそれもすぐに再生した。

「私は剣士だ」

 エーリカが立ち上がった。口の中を切ったらしい。溜まった血を吐き捨てた。唾と混ざり、口の端からだらりと垂れる。歯が赤く染まっていた。

「喋る前に拭けよ」とアンナ。「汚い女だ」

 エーリカは手で口を拭う。

「次で終わりか?」

 アンナがいった。

「安心しろ。本気を出す」とエーリカ。

「かかってこい」

 手招きした。

 今度はエーリカから仕掛けた。剣を腰にあて、いつでも斬れる態勢をとったまま走りこむ。アンナは構えた。エーリカの剣の間合いへ。剣を引き、斬撃の動作。エーリカが腕を振る。だがその先に剣はない。

「ナイフか」

 空を斬ったのはエーリカが仕込んでいたナイフだった。アンナの顔へ。咄嗟に腕で顔を隠し、防御する。左腕にナイフが突き刺さった。その動作、エーリカはさらに間合いを詰めていた。

「不老不死なんだろ。だがこれならどうだ」

 エーリカの剣がアンナの腹を貫通した。アンナが口から血を吐き出す。エーリカはそのまま押し込んでいき、剣を杭のように使い、アンナの体を壁にと突き刺した。

「もう動けないだろが、一応な」

 エーリカは念を入れて、アンナの腕を掴み手のひらナイフを突き刺し壁へ張りつける。右手が終われば、左手も同じだった。

「いいざまだ」とエーリカ。

 アンナは壁に張りつけにされた。俯き、吐血し、腹には剣が貫通している。

「助けようか?」

 エリオットが声をかけた。

「お前は――、黙ってろ」とアンナ。

「張りつけにされた女にいわれるなんてな」

「エーリカ――」

 アンナが深い呼吸のあとに顔を俯けたままいった。影で目元が隠れている。赤い血が顎を伝って地面へ。

「私の名前が遺言か?」とエーリカ。

「私も本気を出すよ」

 アンナはつぶやいた。

「強がりだろ。その姿でどうする」

「ふん――」

「お前の家の猫、あいつの鳴き声を思い出す。可愛い猫だったな。腹を裂いて殺してやったが」

「なにをしたか――、わかってるみたいだな」とアンナ。

「猫を殺した」

「エーリカ、お前を殺す」

 アンナが吠えた。

 獣のような叫び。

 瞳の白目に毛細血管が走り、それが太く黒くなっていく。目が完全に黒く染まると、アンナは顔を上げて再び吠えた。先ほどの聖堂でも見たそれに近いが、それよりも凶悪な気迫を感じる。体に血管が浮き上がり黒く染まっていく。肩と胸が開くように広がった。肩の骨が肉体を引き千切りって飛び出す。鋭い牙のような骨。指が伸びて手が大きく広がり、爪が鷹の嘴のように伸びた。

 喉の奥をかきむしるように声を荒げて吠える。

 アンナは張りつけにされた壁ごと、自分の体を引き剝がした。壁が崩れて、土埃が立つ。

 背中が広がる。骨と皮が伸びて造られた翼が開かれた。

 エーリカが後ずさりする。

 骨と肉が開いた胸の奥では、石が鈍く光っていた。

「殺す」

 アンナの口の中には牙が生えていた。「絶対に殺す。ぶっ殺す」

 まずは両手に刺さっていたナイフを抜き捨てる。そしてゆっくりと鞘から抜くように体を貫いていた剣を抜く。

「化物が」

 エーリカが呟いた。

「剣を返す。まずは右の太もも」

 アンナが投げ槍のように剣を放った。エーリカの右肩に突き刺さる。エーリカは膝をついて、苦痛に顔を歪ませた。

「礼がないな」とアンナ。「剣を返したろ」

「外したろ、ド下手め。当たったのは肩だ」

 エーリカが声を絞り出す。「それにナイフがまだだからな」

「これか」

 アンナが両手に突き刺さっていた二本のナイフを拾う。

「返してほしいのか?」

「お前にやるよ」

「遠慮するな。次は右腕だ」

 投げた。

 エーリカの左腕へ。

「左右が逆だ」とエーリカ。「投擲の才能がないな」

「だからどうした」

 ナイフを投げるアンナ。右腕へ。

 交互に突き刺さり腕を振り回したエーリカが踊る。

「言うことがあるだろ?」

 翼を羽ばたかせてアンナが浮き上がる。

「死ね」

「いい遺言だ」

 翼が大きく動いた。風が巻き起こる。アンナは一度上昇してから滑空。エーリカへ突っ込んだ。長い指、大きい右手のひらがエーリカの顔を覆うように掴み、エーリカの体を壁に叩きつけた。「さよならだ」

 エーリカの腹にアンナの左手が突っ込んだ。鋭い爪が腹を貫き、臓物を掴んで抜き出した。

「猫と同じだ」

 アンナが羽をたたみ、地面に降りた。それからエーリカの死体を放った。

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