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 エーリカとハンス。二体の死体を放置し、ヴァレンシュタインの後を追う。

 地下通路をさらに奥へ。

「なんだ、これ」とエリオット。

 広い空間に出た。アンナと共に足を止める。アンナの姿はすっかり人間に戻っていた。

 壁と天井には絵が描かれていた。教会などでみる宗教画によく似ているが、石壁に描かれているので、どこか稚拙だった。所々がかすれており年月の長さを感じる。

「地下の隠れ聖堂だな」

 アンナが呟く。

「ご名答」

 祭壇の前にヴァレンシュタインがいた。カテリーナも一緒だ。

「カテリーナ」

 思わずエリオットが名前を呼んだ。

「お兄様」

 離れようとするカテリーナをヴァレンシュタインが引き止める。

 右腕を肩に回して、喉元にナイフを突き立てた。

「二人は殺したぞ。お前の護衛はもういない」

 アンナがいった。

「いわれなくてもわかる」とヴァレンシュタイン。

「カテリーナを離せよ。もう無理だ。計画はおわりだ」

 エリオットがいった。「何の計画かわかんないけどもうやめとけ」

「離したら私は死ぬ」

 ヴァレンシュタインの声は落ち着いていた。「安全に逃げるためにこの娘は必要だ」

「情けない言葉だな。それでも指導者か」とアンナ。

 ナイフを構えた。

「投げるのか?」

 ヴァレンシュタインがカテリーナの喉元にむけたナイフをさらに皮膚へと近づけた。赤い点が膨れる。血だ。カテリーナの顔が震えていた。痛みを感じたのか目を強く瞑る。

「アンナ――」

 エリオットが声をかけた。「無茶はよしてくれよ。カテリーナは俺の左腕とは違うんだ。それにあんたは投擲の才能がない」

「眉間を一突きだ」

 アンナが自信満々にいう。

「本当にこいつを殺すぞ」

 ヴァレンシュタインが大声を出した。

「耄碌したなクソジジイ。どうしてそんなバレバレの嘘を吐くんだ」

「嘘じゃない」

「説明が必要なのか。いよいよ呆けてきたな」

「なんとでもいうがいい」

「ヴァレンシュタイン、お前は寄生虫を使い魔導士を増やそうとした。兵力を高めた代償は謀反の罪だ。証拠は揃っているし、もう市参事会は動いている」

「謀反なんて起こしてない」

「今度は子供にでもなったのか。この街を動かしてる悪い大人たちの論理が、まだわかってないみたいだな。お前は謀反を起こした。充分な事実がある以上、罪はいくらでも作られるんだよ。お前が証明したじゃないか。私たちにしたことを思い出せ」

「アーシュ騎士団の兵力を高めただけだ」

「だからそれが充分なんだよ。今さら自衛のためとかほざいても遅いぞ。お前の参事会での振る舞いは攻撃的かつ敵対的だったらしいじゃないか。あー愉快、愉快」

 アンナがヴァレンシュタインに近づいていく。

「それ以上、こっちへ来るな。この娘を殺すといっているだろ」

「やれよ。お前にはできない」

 アンナがいった。「さっきお前が理由をいった。逃げるためには娘が必要だとな」

「近づくな」となおもヴァレンシュタインが叫んだ。

「もうお前のいっていることは矛盾してるんだよ」

 アンナの挑発。

「本当に殺すぞ。喉を刺す」

「エドゥアールが死んだのが運の尽きだったな」

「あいつは突然、金を欲しがった。今までの倍くれ、とな。さもなくば全てを公にするといって。私は市参事会員だ。サウスタークと裏で繋がってることを公にされるわけにはいかない」

「だから殺したのか?」

「そろそろ阿片の流通も独占したかった。ヴェトゥーラにくれてやる手数料は高いからな。頃合だった」

「貧乏人め。それくらい払ってやれ」

「お前に何がわかる」とヴァレンシュタイン。

 ナイフを持つ右手に力がこもる。

「やれよ。私のほうが早い」

「やめろ」とエリオット。「妹がいるんだ」

 アンナのナイフ投げが下手なのはわかっている。

「エリオット、あれは勝負に負けたお前へのお仕置きだ」

 アンナがナイフを投げた。

「おい!」とエリオット。

 視線をヴァレンシュタインへ。

 眉間にナイフが突き刺さり、後ろへ倒れていた。完全に倒れると、カテリーナが走り出しエリオットの下へ。

「お兄様! ありがとう」

「カテリーナ、よかった。無事か。どこも大丈夫か?」

「はい。大丈夫、大丈夫です」

 気が抜けたのかカテリーナが倒れこむ。エリオットはそれを受け止めた。

「感謝の言葉は?」とアンナ。

「ありがとう」

「なんだか不服そうだな」

「よくナイフを投げられたな」

「さっきもいったろ? あの時はわざとお前に刺した。サイコロに負けたお仕置きだよ」

「それにエーリカに投げたナイフは?」

 外しまくっていた。

「ああいうときもあるさ」

「ふざけんなよ」

「結果を見ろ、全てうまくいった」

「そんな言葉で片付けられてもね――、おっと――」

 エリオットがカテリーナを抱えたまま片膝をつく。

「妹を貸せ。お前には重そうだ」

「悪いな」

「別にいい。貸し借りが本業だ」

「嫌なことを思い出したよ」

「まだ仕事は残ってるぞ」

「ヘレンか――」

「借金だ」

「まぁそうだけど、ヘレンもあるだろ」

「わかってる」

 アンナがカテリーナを預かる。「行くぞ。地上に戻る」

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