2-4


   2-4


 目抜き通りまで戻った。居酒屋からも酔っ払いが出てきて、燃えているル=コブ商会の夜空を眺めている。煙が上がり、炎が煌々と光っていた。炭鉱町だけあって、男は荒々しい奴らが多い。炎を見て声をあげて喜び、殴り合いをしている。

 エリオットとアンナは広場の隅にいた。

「あんた、知り合いなのか? さっきの奴らと」とエリオットはいった。「そんな感じだった」

「知り合いにみえたのか? だったらお前、相当やばいぞ」

 アンナは夜空に立ち上る煙を眺めていた。

 夜風が吹くと寒い。耳が千切れてしまいそうだった。

「あんたらしくない。隠さなくてもいいだろ」

「真実だ。私は奴らを知らない。だが奴らはそうじゃなかった、ということだ」

「有名人ってことか」

「私も同じだった。それだけだよ」

「その――、ヴェトゥーラだったのか? 黒頭巾を被って夜討ちをしてたってのか」

「命じられれば、女子供も殺してた。サウスタークの諜報員ってのは強く冷酷だ」

「どうせその中でも最もやばい奴だったんだろ。あの黒頭巾、あんたに敬意を表してた」

「私は伝説で、ある人物の加護の元、自由になった。向こうは、そうだな、表立って手出しは出来ない感じだ。政治の道具なんだよ、私は私でな。で、お前こそ、どうなんだ。首斬りのエリオット」

「その名前で呼ばないでくれ」

「命令か」

「お願いだよ」

「人殺しだったのか?」

「あんたにも知らないことがあったんだな」

「さっさと話せ。人殺し」

「そういう言い方は傷つくな。仕事だったんだよ。そういう仕事だ。もうわかるだろ?」

「死刑執行人か。お前みたいな弱々しい男が首斬り親方だったとはな」

「首斬りは力じゃなく儀式なんだよ。死神ハーデスと繋がり魔導を貸してもらい対象者の動きを封じる。そうしてやっと邪悪な魂を冥府に届ける。だから魔導の文法は長くてとても実戦的じゃないし、とにかく面倒なんだよ――、そもそも対話法を使って罪人に術をかけるから、罪を告白させて償いを口にしてもらわなくちゃいけないって、まぁこんなの話してもしょうがない」

「じゃお前、魔導の才能があるのか?」

「適正はある。訓練を積んだのはハーデスと罪人と俺の三者で行う儀式魔導だけだよ。もういいだろ。それで、これからどうする?」

「引き下がるわけないだろ」

「だろうな。けど鍵の買い手は燃えてなくなった」

「クショーノフに来るのは初めてじゃないといったろ。ヴェトゥーラ時代の知り合いがいる。会いに行くぞ」とアンナ。「新しい買い手を探す」

「待てよ。それ危なくないか?」

 歩き出したアンナを止めた。「さっきの奴らが先回りとかしてるんじゃないのか?」

「いや、心配ない。これから会いに行く男と会うのは七十年ぶりだ」

「おい、ちょっと待て。あんた一体いくつなんだ?」

「当ててみろ」

「わからないな。女の歳を当てるのは苦手なんだ」

「それでいい」

 広場を抜けた。


   ■


 広場を出て、路地からさらに細い路地へ。カビ臭い建物と、放置されている壊れた家具に、泥水の溜まり。七十年ぶりだというのにアンナの足取りは明瞭で迷いがなかった。

「本当に七十年ぶりなら、もう死んでるんじゃないのか」

「かもな」

 エリオットの問いにアンナは軽く答えた。「ここだよ」

 古い民家だった。木の扉。目線くらいの高さに一部に穴があいている。経済水準は高くなさそうだが、エリオットとアンナのいる通り自体がそんな感じだった。汚い路地だが、カジート地区ほど不衛生でも危険でもないのは、この町がマリアノフほど大きくないからだろう。

「大丈夫なんだろうな」

 エリオットが念を押す。

「心配するな。こいつは昔、ヴェトゥーラの協力者だった」

「それが新しい買い手か?」

「いや、話を聞くだけだ」

 アンナは扉を二回ノック。それから三拍置いて、四回ノック。また三拍置いて、二回ノックした。

 反応がない。

「誰も出てこない」とエリオット。「もういないんだよ」

「まぁ待て」

「七十年は長い。確かめてやる」

 エリオットは扉にあいている穴を覗いた。

「うわ」

 穴の向こうに目があった。驚いて腰を抜かした。気味が悪い。

「どうだった?」

「誰がいた」

「だろうな」

 扉が開いた。痩せた男性老人が出てきた。骨のように細い腕と浮き上がった鎖骨。前へ飛び出した瞳に、かさついた唇。上着は汚れていて、裸足だった。

「嘘じゃないのか。なんてことだ」

 老人はいった。声は震えていた。「これは奇跡か」

「嘘じゃない。オッド。久しぶりだな」とアンナ。

「あぁ――、はい」と戸惑っているようだった。

「このまま立ち話か?」とアンナ。

「いえ、もちろん。お久しぶりです。アンナさん。さ、中へ。外は冷えます」

 オッドと呼ばれた老人に招かれて、家の中へ入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る