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「腰掛けてお待ち下さい。今、ワインを用意します」

 オッドの家は小さかった。家族はいないのか、床には埃が溜まっていた。ぐらぐらと揺れる椅子に腰掛ける。テーブルには食べかけの冷めたスープがあった。

「ありがとう、オッド」

 すぐにワインが出てきた。蝋燭に火を灯す。

「もう何年ぶりでしょうか。あなたと最後に会ったのは私が二十かそこらの頃の話でした」

 テーブルに着いたオッドが語り出した。「あ、すいません。こちらの方は?」

「こいつはクソ馬鹿だ」とアンナ。

 どうもエリオットです、とエリオットは挨拶をした。

「今の協力者ですか?」

「奴隷だ。だから名前は覚えなくていいぞ」

「アンナさん、あなたは本当に何もお変わりない。本物だ」

 オッドは目を細めた。「あなたは老いない。噂は本当だったんですね」

「お前は老けた」

「容赦ないですね。けど真実です」

「今は何をしている」

「司祭です。この先の教会で説教をしているんですよ」

「そうか。よかったな」

「あとはもう死ぬだけです。最後にアンナさんにも会えました」

 オッドという老人の語り口は穏やかだった。諜報員の協力者だった男とは思えない。

「ヴェトゥーラと繋がりは?」

「あなただけです。あなたは私を誰にも引き継ぎしませんでした」

 オッドは笑った。

「情報が欲しい」とアンナ。

「どんな?」

 オッドの目線が鋭くなる。

「ル=コブ商会についてだ。ヴェトゥーラが阿片密売に使っていた店らしい。絨毯を扱っている店なんだが、何か知らないか」

「俺が絨毯を仕入れたんです。絨毯の模様に街の地図を仕込ませてあった」

 エリオットが情報を付け加える。

「阿片ですか」

「ル=コブ商会の名前については?」

「聞いたことも。もう現役を退いて長い。町の裏事情にも疎くなってしまって。ただ阿片なら心当たりはあります」

「なんだ?」

「教会の懺悔室で聞いた話です」

「さすがだな。司祭様に聞いてみるもんだ」

 アンナは鼻で笑う。

「阿片の売人の告解でした。そこでその男はこの町の外れに住む盲目の男について話していました。盲目の男は今でこそ引退していますが、かつてはこの町の阿片を仕切っていた、と。そして阿片の売人は、盲目の男から阿片を盗んだことがあり、その仕返しに妻子を殺された、ということでした」

「赦したのか?」とアンナ。

「その男の話を聞きながら、私は過去の自分を思い出しました。男が赦しを求めて懺悔室に来たように、私も司祭になりました。ラナ様の定めた運命なのです。私は赦しました。その盲目の男に会ってみてはいかがでしょうか?」

「男の名前は?」

「フランシス・コーンホールズという名前です。家もわかります。フランシスはこの町では有名な資産家で、教会にも寄付を頂いてます。メモを渡します。念のため、行かれるときは用心してください。何が起こるかわかない」

「悪い奴なんですね?」とエリオット。「裏切り者の妻と子供を殺すくらいに」

「殺しを躊躇う柔な男ではないです。つまり極悪人ですね」

「金持ちは裏の顔があるのが常だ。オッド、神に背いてくれて悪いな」

 アンナがオッドから紙切れを受け取る。

「以前に比べたら、どうってことないです」

「今は平和な時代だ」

「えぇ。ずいぶんよくなりました」

「これは謝礼だ」

 ヘラー金貨一枚を出した。「受け取れ」

「こんなに――」とオッド。「けど、いりません。そんなつもりじゃありませんでした」

「教会への寄付だ。これは命令だぞ」

 オッドは黙って金貨を受け取る。

「じゃあな」

 アンナは出されたワインを飲み干した。エリオットも同じことをする。

「もう行く」とアンナ。

「アンナ様――」

 オッドがいった。

「なんだ?」

「楽しかったですよ」

「私もだ。達者でな」

 二人はオッドの家を出た。

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