2-6
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オッドから貰ったメモの場所へ。町の外れにある醸造所の隣にある屋敷だった。
「腹が減った。昨日の晩からずっと動きっぱなしだ」
エリオットが下腹部をさする。音が鳴った。
「土でも食ってろ」
アンナが一蹴する。
馬小屋には何もない。屋敷の前には畑があるが何かを育てているわけでもなく荒れている。屋敷からも醸造所からも明かりは漏れておらず、人の気配はなかった。
アンナは扉をノックした。
「いきなりだな」
エリオットはアンナの後ろでいった。
「押し入るとでも思ったのか?」とアンナ。
「あんたを誤解してた。失礼な発言だったよな」
「結果的にな」
反応なし。
「誰もいないのか」
アンナは辺りを見回す。
「寝てるんじゃないか」
寒い。エリオットは身体を震わせた。夜風が染みる。「もう日付が変わる時間だろう」
エリオットは時計を持っていない。時間は勘と教会の鐘が全てだ。
アンナがもう一度、扉をノックした。今度はさらに強く叩いた。
「開いてる――」とエリオット。
扉が外に向かって開いた。
「無用心だな」
アンナは躊躇うことなく扉を全開にして中へ入った。
「おい。いいのか?」
「お前はそこにいろ」
アンナに悪びれる様子はない。
「俺が悪かった」
「なんだ。話し合いが必要か?」
「謝ったろ。苛めないでくれ」
エリオットも中へ。
■
華麗な意匠が施された家具が並んでいる。飾られている杯や皿は銀で出来ていて高価なものばかりなのがわかる。
窓から差し込む月明かりだけが頼りだった。立ち上った埃が照らされて窓から床へ斜めに延びる帯になる。
「フランシスを探せ」とアンナ。
「二階だろ。寝てるよ」
大抵、寝室は二階にある。階段を見た。シルクのローブを纏った老人が階段をゆっくりと下りてくる最中だった。手すりを掴み、一歩一歩下がってくる。「フランシスか?」
アンナがいった。広い邸宅なので声が通る。
「もっと行儀よくできないのか」とエリオット。
「お前、自分の顔みたことないんだな」
「どういう意味だよ」
「品がない」
エリオットは反論するのをやめた。
「お喋りは終わったかな」と老人。
老人が階段の中ほどまできていた。月明かりの中に入ると、顔が露になる。白髪で肌が白い。黒目がない白い瞳が二つあった。全盲というのは本当らしい。
「あなたがフランシスさんですが? 夜分遅くにすいません。勝手に入ってしまって」
エリオットがいった。
「そちらは?」
白いシルクのローブが月の光を浴びて、光沢を増していた。
「アンナだ。こっちの男はクソ馬鹿野郎」
「どうも」とエリオット。「エリオットです」
エリオットのお辞儀に合わせて、フランシスは首を傾けた。まるで目が見えているかのように振舞う。
「目がいいんだな」とアンナ。
「生まれつきだ。慣れている」
盲目のフランシスがいった。「強盗ではなさそうだな」
「相談事があってきたんです」
エリオットが話を切り出した。アンナに皮肉をいわせていたら、うまくいく話も駄目になると思った。
「阿片について教えろ」とアンナ。
不遜な態度は相変わらずだ。
エリオットは横でため息を吐く。
「誰から聞いた」
フランシスの声色が重くなる。月が雲で隠れたのか、光が消える。顔が闇に沈んだ。
「匿名希望だ。情報源はいえない。わかるだろ? お前もこの世界の住人なんだから」
「もう引退している」
「それを知らないで来たと思うか?」
「帰ってくれ」
「恨みがあるんだろ? 阿片利権を手放すなんて正気じゃない。フランシス、あんたは阿片を奪われたんだ。違うか?」
フランシスはアンナの言葉を聞くだけで何もいわない。
「引退したんでな。力にはなれない」
階段を上がっていく。
「降りてこい。この世界に足抜けはない。わかってるだろ」
「その証拠に君たちが来たというのか?」
フランシスの足が止まった。
「一旦片足を入れたら、もう逃れられない」とフランシスがいう。「この仕事を始めたときにいわれたことがあったのをずっと考えていた」
「やる気になったな」
「話をしよう。来なさい」
アンナとエリオットはフランシスに続いて階段を上がる。
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