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早速、手紙を開くアンナ。
「おい、いいのかよ」とエリオット。野蛮な開け方に驚いた。
「これは私がもらった」
「どう考えてもカレンに宛てた手紙だろうが」
「けど私がもらった。読むぞ」
親愛なるカレンへ
君にこのような便りを出すことが、私にとってどれだけ辛いことかわかって欲しい。
私は知ってのとおり、善良な市民ではなかった。君と出会ってから、そうなろうと努力をしたが、私にはできなかった。私は自分がどこから来て、何をしていた人間が知っている。何もかもを変えるのは遅かった。私は悪人だ。変えることはできない。
ここで君に全てを打ち明けるのは、本当に辛い。だからあえてその全てを書き残したりはしない。私は職人見習いとなり、それから遍歴の職人としていくつもの街を旅してきた、そんな普通の男とは違うんだ。
私は悪人だ。
私は裏社会の住人で、教会の庇護の外にいる。そういう男だった。
カレン、君がこの便りを読んだなら、どうかすぐにこのマリアノフから出ていって欲しい。危険が迫っている。
くれぐれもサウスタークには行くな。私がすでに死んでいるのならば、奴らは君を知っている。可能ならばサンバンス大陸のイズールに行くといい。あそこは温かい。
私には信仰がなかった。だが君のためなら喜んで祈る。カレン、君にラナ様の加護があらんことを。私の子供をよろしく頼む。愛している。
いつかまた、もし叶うならまたいつかどこかで会おう。
エドゥアール・ウィッグ
「泣ける手紙だな」
アンナは笑う。
「あんたには人情の機微ってもんがないのか」とエリオット。
「お前は泣いてるのか」
「いや、さすがに泣いてはいないけど、感動はしたさ」
「じゃ笑うのはよせ」
「マジかよ」
口元を手で隠した。
「お前は最低だ」
「カレンに渡すんだろ?」
「とりあえずな――、なんだ」
男が近づいてきた。
くすんだシャツによれよれのスボン、汚い靴を履いた男だった。髪は蔦のように丸まって縮れている。
「あんたら知り合いか?」と男はいった。
全く要領を得ない話し方だ。酔っ払いか。小便臭い。歯が黄色いし、歯茎は黒い。
「あっちいけ」とエリオット。
しっしっ、と追い払う仕草。
「エドゥアールの知り合いなんだろ?」
男がもうすぐ手前まで来る。「さっき言ってたのを聞いた。それにあの店から出てきた」
「どうやら私たちは友達になれるみたいだな」
アンナがいった。「何を知ってる。そして何を知りたい」
「酒が飲みたいんだ。買ってきてくれないか」
男はいった。
するとアンナは男の足をかけ、引っくり返し、そのまま地面に顔面を叩きつけた。
「図に乗るなよ」とささやく。「私たちと交渉できると思ったのか」
エリオットはこれに関しては正しいと思った。間に入って仲裁せずになりゆきを見守る。男は鼻血を出している。
「悪かった。ごめん、ごめんよ」
半べそをかいた声。情けない奴。
立たせて、路地に引きずり込んだ。
男はへたり込んで、地べたに座っている。
「あんた、名前は?」
エリオットがきいた。
「エノーだよ。あぁ頬がいてぇ。きっと骨が砕けてる」
「だったら鼻も砕いたほうがいいか?」
アンナが拳をなでた。
「いや、やめてくれ」とエノーはすっかり怯えている。
「エドゥアールについて知ってることをいえ」
「あいつは俺の従兄弟と仕事をしてたんだよ。けどある日、従兄弟は死んだ。殺されたんだ。エドゥアールは知らないかもしれないが、俺は知ってたぜ。俺の従兄弟が奴と仕事をしてたのをよ」
「嗅ぎ回ったのか?」
「借金で首が回ってなかった従兄弟がある日、羽振りがよくなったんだよ。借金も全部返済できたとかいってな。そんな夢のような話があるか。あいつは賭けが弱いし、そのくせ止められない性格だった。なのに借金を全部返済だって。不思議だと思わねぇか? だから俺は奴から色々聞いたのさ。酒をたんまり飲ませたら、よく喋ったよ」
エリオットと全く同じ境遇だった。止められない賭け、増える借金。
「その従兄弟はいつ殺された?」
「去年だよ。ある日、刺されてそのままいっちまった」とエノー。
「お前もこうなる運命だったのかもな」
アンナがエリオットにいう。
「いや、たぶんそうだろうな」
もしエドゥアールと仕事を続けていたら、いつか殺されていたに違いない。背筋がぞっとした。
「エドゥアールは死んだ」
アンナがいった。「どっかの誰かがお前の従兄弟の仇を取った」
「そうか――」
エノーは頷くだけだった。「それをきけてよかったよ。俺の従兄弟はいい奴だったんだ」
「貴重な情報だったぞ」とアンナ。
二人はエノーを置いて、路地を去った。
■
「これからの作戦が決まった」とアンナ。
居酒屋へ入った。注文を済まし、温いビールを飲む。
「鍵はなんのものかわかったのか?」
エリオットがそういってからニンニクを齧る。
「いや、まだだ。だがエドゥアールの手口がわかったろ。エノーの従兄弟とお前の共通点はなんだ」
「俺がいうのか?」
「自分でいえ」
「博打を止められない、借金苦ということ。この二点だ」
「ろくでなしの一言でいいだろ」
「説教かよ。勘弁してくれ」
「けど大事だぞ。エドゥアールはろくでなし共から協力者を探していた。だから、他に協力者がいるとしたら、同じろくでなしだ。賭場に出入りしてる負け犬を探す」
「そんなのたくさんいるぞ」
「お前はもう一つ大事なことを忘れてる。エノーの従兄弟は借金を返済したといってたろ? お前もその予定だった。つまりエドゥアールの協力者は借金を返済しているろくでなし、ということだ」
「だいぶ絞られたな」
「借金を返済したやつなら私が調べられる。相当な額を一括返済してきたろくでなしだ」
「組合があるのか?」
「非公式な集まりだよ。教会からの庇護は受けてない」
「待て。一つ疑問がある。エドゥアールはどうして殺す相手の借金を返済してやってる? どうせ殺すなら報酬を払わないほうがいいだろ」
「いい加減、自分を鏡で見てみたらどうだ?」
「どういう意味だよ」
「借金の返済をしてないお前がいることで、どうなってる。エドゥアールは死んだが、奴の裏稼業は私に探られて、全てが暴かれつつある。高利貸しってのは危険な存在だとエドゥアールは知っていた。だからこそ全ての厄介ごとを片付けてから、本人を始末してるんだ。余計な追い込みがかけられないようにな」
「なるほど。怖いな」
「自業自得だ。食ったら出るぞ。仕事だ」
アンナがエリオットのニンニクをひったくった。「高利貸し組合から情報を買う」
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