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 アンナが暗がりにある高利貸し組合の屋敷から出てきた。石造りで蔦が茂る壁。扉には職業を示す飾りなどなく、廃館とも思える屋敷だった。彼女が家の中にいる間、エリオットは外で待っていた。

「組合の奴らはどうだった?」

 寒い。エリオットは首を守るように肩をすくませていた。

「クソ野郎だ」とアンナは吐き捨てる。

「あんたは?」

「最高だろ」

「異論は認めないって。で?」

「金を取られた。クソ。ヘラー金貨を三枚だ。あいつら足元みやがって」

「素直に払ったのか?」

「お前とは違うんだよ。私は善良な市民だ」

「どんな情報を買ったんだ?」

 分が悪いので話題を変えた。

「二週間ほど前に借金を一括返済したやつがいる」とアンナ。

「俺がエドゥアールと取引したのも二週間前だったな」

「タイミングとしては悪くない。会いに行く価値はあるぞ」

「どこのどいつだ?」

「フィギンという男だ。ホイ通りでフィギン・スウィフ商会を営んでる」

「俺とまるっきり同じじゃねーか」

「お前みたいなろくでなしのクズ野郎は至るところにいる」

「悪いね」

「反省しろ」

 歩き出し、ホイ通りへ向かう。


   ■


 ホイ通りのフィギン・スウィフ商会へ。夜なのでもう営業はしてない。当然、店は閉まっている。

 小雨が降ってきた。寒さが痛みへ。

「朝まで待つのか」

 エリオットはいった。

「扉があるんだから叩く」

 アンナが有言実行。扉を思い切り叩いた。ノックではない。

「なんでいつでも静かにできないんだ?」

 エリオットは呆れる。

「何かを生み出すってのは力がいるんだ」

「沈黙は金って知らないのかよ」

「雄弁は銀。銀なら欲しいと思わないか?」

 アンナはもう一度、扉を叩く。さっきよりも強く。

「なんでしょう」

 女の声が扉の向こうから聞こえた。結婚しているのか。

「開けろ、フィギンに用がある」とアンナ。

「うちの人はいません」

 扉の向こうの声はいった。

「いいから、開けろ、クソ野郎。借金の取立てだ、バカ」

 施錠を解く音がした。ゆっくりと扉が開く。

「借金は全て返したって――」

 開いた扉の隙間から女の顔が覗いた。片目が腫れて、頬がこけた色白の女だった。黒い髪には白髪が目立つ。幸福そうな顔はしていない。片目の腫れは殴られたものだろう。首が皺だらけでシミだらけだ。

「雨が降ってる。中に入れさせろ」

 アンナの態度は不遜ででかい。女は命令されることが慣れているのか、扉をさらに開けて二人を招いた。

 かまど、テーブル、棚、片付けられた食器。店というよりもごく普通の家庭に思えた。奥に小さな子供がいる。フィギンは妻子持ちだったらしい。子供は女の子で、アンナとエリオットをじっと見ている。友好的な視線ではない。

 女は子供を二階へやる。エリオットとしてもこれから話すことを考えると、子供がいるのはいやだったのでありがたい。

「またあの人はお金を借りたんですか?」

 女はいった。椅子に腰掛け、諦めたようにため息を漏らした。

「心配するな。フィギンはどこだ」とアンナ。

 だがこんな状況で心配しないはずがない。

「いくら借りたんですか?」

「お金じゃないんです」とエリオット。

 女の姿をみるといたたまれなくなる。

「じゃあなんなんですか」

 感情が爆発したのか泣き出す。

「それは――」

 アンナを見るが、黙ってろ、と首を振られた。「いえません」とエリオット。

「けどうちの人を追ってるんでしょう?」

「助けに行くんだよ」

 アンナが観念したようにいった。こういう台詞は似合わない。

「本当ですか?」

「本当です」とエリオット。

 これから話を聞いて、必要ならば痛めつけるとはいえない。

「どこにいる。さっさといえ」

 どうやらアンナはこの手の女性が苦手らしい。

「あの人は娼館にいます。いつもそうなんです」

「ろくでもないな」とアンナ。

「そんなこといわないで下さい」

 女が反論していた。意外だ。アンナは面倒臭そうに舌打ちをした。

「悪かった。俺が謝る」とエリオット。アンナの苛立ちが限界にきているのがわかった。

「どこの娼館だ。どうせ贔屓の女がいるんだろ」

 アンナの問いに女は啜り泣きながら「天国の壷って娼館です。あの人はいつもあそこにいて、ローラって女の子を指名するの」と答えた。

「よく知ってるじゃないか」

 アンナがいった。

「ローラと話したこともある」

 女の口調が強くなった。「私よりも若い子だった」

 強い言葉に狂気を感じた。泣きながらも、心に火がついたようだ。正妻のプライドか。

「わかった。ありがとう。恩にきる」

 エリオットは早口で捲くし立て、アンナに「出よう」といった。

 アンナは面白くなさそうな顔をしていたが情報は手に入れたので、一緒に家を出た。


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