4-4
4-4
アンナが暗がりにある高利貸し組合の屋敷から出てきた。石造りで蔦が茂る壁。扉には職業を示す飾りなどなく、廃館とも思える屋敷だった。彼女が家の中にいる間、エリオットは外で待っていた。
「組合の奴らはどうだった?」
寒い。エリオットは首を守るように肩をすくませていた。
「クソ野郎だ」とアンナは吐き捨てる。
「あんたは?」
「最高だろ」
「異論は認めないって。で?」
「金を取られた。クソ。ヘラー金貨を三枚だ。あいつら足元みやがって」
「素直に払ったのか?」
「お前とは違うんだよ。私は善良な市民だ」
「どんな情報を買ったんだ?」
分が悪いので話題を変えた。
「二週間ほど前に借金を一括返済したやつがいる」とアンナ。
「俺がエドゥアールと取引したのも二週間前だったな」
「タイミングとしては悪くない。会いに行く価値はあるぞ」
「どこのどいつだ?」
「フィギンという男だ。ホイ通りでフィギン・スウィフ商会を営んでる」
「俺とまるっきり同じじゃねーか」
「お前みたいなろくでなしのクズ野郎は至るところにいる」
「悪いね」
「反省しろ」
歩き出し、ホイ通りへ向かう。
■
ホイ通りのフィギン・スウィフ商会へ。夜なのでもう営業はしてない。当然、店は閉まっている。
小雨が降ってきた。寒さが痛みへ。
「朝まで待つのか」
エリオットはいった。
「扉があるんだから叩く」
アンナが有言実行。扉を思い切り叩いた。ノックではない。
「なんでいつでも静かにできないんだ?」
エリオットは呆れる。
「何かを生み出すってのは力がいるんだ」
「沈黙は金って知らないのかよ」
「雄弁は銀。銀なら欲しいと思わないか?」
アンナはもう一度、扉を叩く。さっきよりも強く。
「なんでしょう」
女の声が扉の向こうから聞こえた。結婚しているのか。
「開けろ、フィギンに用がある」とアンナ。
「うちの人はいません」
扉の向こうの声はいった。
「いいから、開けろ、クソ野郎。借金の取立てだ、バカ」
施錠を解く音がした。ゆっくりと扉が開く。
「借金は全て返したって――」
開いた扉の隙間から女の顔が覗いた。片目が腫れて、頬がこけた色白の女だった。黒い髪には白髪が目立つ。幸福そうな顔はしていない。片目の腫れは殴られたものだろう。首が皺だらけでシミだらけだ。
「雨が降ってる。中に入れさせろ」
アンナの態度は不遜ででかい。女は命令されることが慣れているのか、扉をさらに開けて二人を招いた。
かまど、テーブル、棚、片付けられた食器。店というよりもごく普通の家庭に思えた。奥に小さな子供がいる。フィギンは妻子持ちだったらしい。子供は女の子で、アンナとエリオットをじっと見ている。友好的な視線ではない。
女は子供を二階へやる。エリオットとしてもこれから話すことを考えると、子供がいるのはいやだったのでありがたい。
「またあの人はお金を借りたんですか?」
女はいった。椅子に腰掛け、諦めたようにため息を漏らした。
「心配するな。フィギンはどこだ」とアンナ。
だがこんな状況で心配しないはずがない。
「いくら借りたんですか?」
「お金じゃないんです」とエリオット。
女の姿をみるといたたまれなくなる。
「じゃあなんなんですか」
感情が爆発したのか泣き出す。
「それは――」
アンナを見るが、黙ってろ、と首を振られた。「いえません」とエリオット。
「けどうちの人を追ってるんでしょう?」
「助けに行くんだよ」
アンナが観念したようにいった。こういう台詞は似合わない。
「本当ですか?」
「本当です」とエリオット。
これから話を聞いて、必要ならば痛めつけるとはいえない。
「どこにいる。さっさといえ」
どうやらアンナはこの手の女性が苦手らしい。
「あの人は娼館にいます。いつもそうなんです」
「ろくでもないな」とアンナ。
「そんなこといわないで下さい」
女が反論していた。意外だ。アンナは面倒臭そうに舌打ちをした。
「悪かった。俺が謝る」とエリオット。アンナの苛立ちが限界にきているのがわかった。
「どこの娼館だ。どうせ贔屓の女がいるんだろ」
アンナの問いに女は啜り泣きながら「天国の壷って娼館です。あの人はいつもあそこにいて、ローラって女の子を指名するの」と答えた。
「よく知ってるじゃないか」
アンナがいった。
「ローラと話したこともある」
女の口調が強くなった。「私よりも若い子だった」
強い言葉に狂気を感じた。泣きながらも、心に火がついたようだ。正妻のプライドか。
「わかった。ありがとう。恩にきる」
エリオットは早口で捲くし立て、アンナに「出よう」といった。
アンナは面白くなさそうな顔をしていたが情報は手に入れたので、一緒に家を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます