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 雨の中を歩いて、娼館『天国の壷』へ向かう。

 娼館もまたカジート地区にある。二人にとっては馴染み通りだった。娼館は館といっても一軒家を一回り大きくしたような造りだった。

「またお前の担当だ」とアンナがいった。

 横顔を見る。雨で濡れた髪。寒さに耐える様子もなく凛としている。

「確かにな」

 担当という言葉は嘘じゃない。死刑執行人には、都市の嫌われ者たちの仕事を仕切る権利もある。死刑執行人は糞さらいに皮なめし、それに娼婦。この三つの職業から徴税する権利を持つ。

「知り合いはいるのか?」

 アンナがきく。

「親父の時代にな」とエリオット。「俺のことも覚えてると思う」

「正直に話せ。来てるんだろう」

「ここんとこはご無沙汰だよ。金がない。女の名前はローラだよな」

「あぁ」

「部屋にあがったら窓を開けるから来てくれ。二階だけどあんたなら可能だろ?」

「手際よくやれよ」

「金、いいか?」

 エリオットがいった。

「小遣いを欲しがるカギか」

 アンナが質の悪いヘラー金貨を一枚渡した。通常のヘラー金貨の半分の程の価値だろう。

「お互いの利益の為だろ」とエリオットは受け取る。

「さっさといけ」

「任せとけ。ひぃひぃいわせてくる」

「ズボンを下ろすなよ」

 ケツを叩かれた。「やったら利息は倍だ」


   ■


 扉を開け、天国の壷へ。一階の広間。細やかな意匠を足に施したテーブルの向こう、背もたれにたっぷりと腰掛ける大柄な女がいた。赤いドレスを着て、茶色い髪を金色の飾りでとめている。テーブルの上には年季の入った台帳が開かれていた。

「久しぶりだね」と、この店の女将、エリザベートがいう。

 ゆっくりと喋る姿は貫禄がある。

「濡れてて悪い」

 エリオットはいった。

「お客はそんなこと気にしないでいいんだよ」

 それから「ほら」と布を放り投げてよこした。エリオットはそれで身体を拭く。

「元気だったの?」とエリザベート。

「だからここにきた。病気持ちはいやだろ?」

「どんな子だい?」

「ローラって子がいるだろ。その子がいい」

「他の客がついてる」

 どうやらフィギンはいるようだ。

「おすすめは?」

「ロクシーって子がいるよ。エンドーンの生まれて肌は褐色。若くていい子だ」

「じゃそれでいい」

 結局、誰でも同じだ。

「二階の手前だよ」

 アンナから貰った金貨で支払を済ませて、階段を上る。

「ごゆっくり」とエリザベートに声をかけられた。


   ■


 二階へ上がり、手前の部屋に入る。

「こんばんは」

 甲高い声。褐色の身体をした裸の少女がいた。目は細く黒い髪はウェーブかかっている。あばらが浮き出て、手足も細い。

「ふざけんな。子供じゃねぇか」

 エリザベートめ。どんな商売してるんだ。

「子供じゃない」とロクシーはいった。

「いいから服を着ろ」

「いいの?」

 ロクシーが近づいてくる。

「ほら、金やる。これでいいだろ」

 グルテン銅貨を数枚放った。小遣い程度の額だが、それでもロクシーはよかったらしい。服を着る。エリザベートは大分搾取しているらしい。

「なにもしなくていいの?」

「ガキは趣味じゃないんだよ」

 子供扱いするとロクシーは顔をくしゃっと歪める。面白くないようだ。

「じゃなにするの?」

「ここにローラって女がいるだろ」

「いる」

「お前の友達か?」

「違う」

 女の職場ってのはどこもこうだ。

「どこにいる」とエリオット。

 そのまま窓へ向かった。窓を開く。雨音がした。まだ強くなりそうだ。何もかもうまくいかない。

「向かいの部屋だよ。寒いから閉めて」とロクシー。

 エリオットは無視して、窓の外を見回す。

「遅いぞ」

 急に影が現れたと思ったらアンナだった。窓の縁へ飛びついてきた。エリオットは驚き、腰を抜かす。

「あんた何なんだよ」

 エリオットは立ち上がる。

「驚異の身体能力だろ?」とアンナ。

「自分でいうかね」

「おい、お前」

 アンナの言葉がとまった。ロクシーを見ている。「こんなガキを犯したのか?」

「やってない。服を着てるだろ」とエリオット。

「ガキじゃないし」とロクシーも続く。

「黙れ変態。ローラはどこだ」

「俺は違う。本当だ」

「ローラは?」

「向かいの部屋だ」

「おい、ガキ。ほら、金だ。口止め料だ」

 アンナが銅貨の入った小袋を渡す。「これから騒動が起きるが何も知らないし覚えてないことにしろ、いいな?」

「わかった」

 ロクシーは金の前で無力だ。正直でよろしい。

「エリオット、行くぞ」

 アンナの背中を追うようにロクシーの部屋を出て、廊下の向いへ。


   ■


 ローラの部屋。おそらくこの先にフィギンがいる。扉のノブを握った。

「どうだ?」とアンナ。

「鍵だ」

 施錠されていた。

「そうか。どけ」

 足をあげるアンナ。

「おい、待て」

 エリオットの制止は無駄だった。

 アンナが扉を蹴破る。

「お取り込み中悪いな」

 ベッドの上で、腹の出た男が女に覆いかぶさり腰を動かしている最中だった。「お仕置きの時間だ」

「フィギンだな」

 エリオットはアンナに続く。

 ローラは開いた足をそのままにし、フィギンは覆いかぶさったまま顔だけこちらに向けている。

「あんたら何なのよ」

 先に声を張り上げたのはローラだった。金髪でしっかりとした長い鼻に青い瞳の女だった。フィギンから自分の身体を剥がし、壁に張り付くとシーツで胸元を隠した。

「貴様に用はない。問題はフィギン、お前だ」

 アンナがフィギンへ近づく。

「だから何なの」とローラが叫ぶ。

「愛の使者だよ」

 アンナがいった。「浮気男を成敗しにきた」

「来るな――」と怯えるフィギン。

「エドゥアールが死んだぞ。話を聞かせてもらう」

「服を着ろ」

 エリオットがフィギンに服を放り投げる。「外で裸は面倒が増えるだけだ」

 外から複数の足音が聞こえた。

「衛兵か」とエリオット。

「早過ぎる。あのガキ、ちくりやがったな」

 アンナがいった。ロクシーのことをいってるのだ。「エリオット、ローラを外へ放り出して、扉を閉めろ」



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