4-5
4-5
雨の中を歩いて、娼館『天国の壷』へ向かう。
娼館もまたカジート地区にある。二人にとっては馴染み通りだった。娼館は館といっても一軒家を一回り大きくしたような造りだった。
「またお前の担当だ」とアンナがいった。
横顔を見る。雨で濡れた髪。寒さに耐える様子もなく凛としている。
「確かにな」
担当という言葉は嘘じゃない。死刑執行人には、都市の嫌われ者たちの仕事を仕切る権利もある。死刑執行人は糞さらいに皮なめし、それに娼婦。この三つの職業から徴税する権利を持つ。
「知り合いはいるのか?」
アンナがきく。
「親父の時代にな」とエリオット。「俺のことも覚えてると思う」
「正直に話せ。来てるんだろう」
「ここんとこはご無沙汰だよ。金がない。女の名前はローラだよな」
「あぁ」
「部屋にあがったら窓を開けるから来てくれ。二階だけどあんたなら可能だろ?」
「手際よくやれよ」
「金、いいか?」
エリオットがいった。
「小遣いを欲しがるカギか」
アンナが質の悪いヘラー金貨を一枚渡した。通常のヘラー金貨の半分の程の価値だろう。
「お互いの利益の為だろ」とエリオットは受け取る。
「さっさといけ」
「任せとけ。ひぃひぃいわせてくる」
「ズボンを下ろすなよ」
ケツを叩かれた。「やったら利息は倍だ」
■
扉を開け、天国の壷へ。一階の広間。細やかな意匠を足に施したテーブルの向こう、背もたれにたっぷりと腰掛ける大柄な女がいた。赤いドレスを着て、茶色い髪を金色の飾りでとめている。テーブルの上には年季の入った台帳が開かれていた。
「久しぶりだね」と、この店の女将、エリザベートがいう。
ゆっくりと喋る姿は貫禄がある。
「濡れてて悪い」
エリオットはいった。
「お客はそんなこと気にしないでいいんだよ」
それから「ほら」と布を放り投げてよこした。エリオットはそれで身体を拭く。
「元気だったの?」とエリザベート。
「だからここにきた。病気持ちはいやだろ?」
「どんな子だい?」
「ローラって子がいるだろ。その子がいい」
「他の客がついてる」
どうやらフィギンはいるようだ。
「おすすめは?」
「ロクシーって子がいるよ。エンドーンの生まれて肌は褐色。若くていい子だ」
「じゃそれでいい」
結局、誰でも同じだ。
「二階の手前だよ」
アンナから貰った金貨で支払を済ませて、階段を上る。
「ごゆっくり」とエリザベートに声をかけられた。
■
二階へ上がり、手前の部屋に入る。
「こんばんは」
甲高い声。褐色の身体をした裸の少女がいた。目は細く黒い髪はウェーブかかっている。あばらが浮き出て、手足も細い。
「ふざけんな。子供じゃねぇか」
エリザベートめ。どんな商売してるんだ。
「子供じゃない」とロクシーはいった。
「いいから服を着ろ」
「いいの?」
ロクシーが近づいてくる。
「ほら、金やる。これでいいだろ」
グルテン銅貨を数枚放った。小遣い程度の額だが、それでもロクシーはよかったらしい。服を着る。エリザベートは大分搾取しているらしい。
「なにもしなくていいの?」
「ガキは趣味じゃないんだよ」
子供扱いするとロクシーは顔をくしゃっと歪める。面白くないようだ。
「じゃなにするの?」
「ここにローラって女がいるだろ」
「いる」
「お前の友達か?」
「違う」
女の職場ってのはどこもこうだ。
「どこにいる」とエリオット。
そのまま窓へ向かった。窓を開く。雨音がした。まだ強くなりそうだ。何もかもうまくいかない。
「向かいの部屋だよ。寒いから閉めて」とロクシー。
エリオットは無視して、窓の外を見回す。
「遅いぞ」
急に影が現れたと思ったらアンナだった。窓の縁へ飛びついてきた。エリオットは驚き、腰を抜かす。
「あんた何なんだよ」
エリオットは立ち上がる。
「驚異の身体能力だろ?」とアンナ。
「自分でいうかね」
「おい、お前」
アンナの言葉がとまった。ロクシーを見ている。「こんなガキを犯したのか?」
「やってない。服を着てるだろ」とエリオット。
「ガキじゃないし」とロクシーも続く。
「黙れ変態。ローラはどこだ」
「俺は違う。本当だ」
「ローラは?」
「向かいの部屋だ」
「おい、ガキ。ほら、金だ。口止め料だ」
アンナが銅貨の入った小袋を渡す。「これから騒動が起きるが何も知らないし覚えてないことにしろ、いいな?」
「わかった」
ロクシーは金の前で無力だ。正直でよろしい。
「エリオット、行くぞ」
アンナの背中を追うようにロクシーの部屋を出て、廊下の向いへ。
■
ローラの部屋。おそらくこの先にフィギンがいる。扉のノブを握った。
「どうだ?」とアンナ。
「鍵だ」
施錠されていた。
「そうか。どけ」
足をあげるアンナ。
「おい、待て」
エリオットの制止は無駄だった。
アンナが扉を蹴破る。
「お取り込み中悪いな」
ベッドの上で、腹の出た男が女に覆いかぶさり腰を動かしている最中だった。「お仕置きの時間だ」
「フィギンだな」
エリオットはアンナに続く。
ローラは開いた足をそのままにし、フィギンは覆いかぶさったまま顔だけこちらに向けている。
「あんたら何なのよ」
先に声を張り上げたのはローラだった。金髪でしっかりとした長い鼻に青い瞳の女だった。フィギンから自分の身体を剥がし、壁に張り付くとシーツで胸元を隠した。
「貴様に用はない。問題はフィギン、お前だ」
アンナがフィギンへ近づく。
「だから何なの」とローラが叫ぶ。
「愛の使者だよ」
アンナがいった。「浮気男を成敗しにきた」
「来るな――」と怯えるフィギン。
「エドゥアールが死んだぞ。話を聞かせてもらう」
「服を着ろ」
エリオットがフィギンに服を放り投げる。「外で裸は面倒が増えるだけだ」
外から複数の足音が聞こえた。
「衛兵か」とエリオット。
「早過ぎる。あのガキ、ちくりやがったな」
アンナがいった。ロクシーのことをいってるのだ。「エリオット、ローラを外へ放り出して、扉を閉めろ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます