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 カジート地区から西へ。タオローク通りからドランスティ通りを一旦北上し、クロクイン教会の先を曲がると、シエロ通りだった。貧困街とは違って、街灯のある通り。酔っ払いも猫の死体もない地区だった。ランタンを持つ衛兵とすれ違い、第三市門付近へ。

 シエロ通りの路地へ入る。

「その猫、いつまで持ってるつもりだ」とエリオット。

「うるさい」

 アンナがエリオットの顔を見ないで答えた。

「本当は気に入ってるんだろ?」

「死ね死ね死ね」とアンナ。

「はいはい。たぶん、あの木とかその辺りだな」

 エリオットはメモを見て確認する。

 アンナが松明でエリオットの指差した方向を照らす。枯れた木があった。まだ冬だ。あの木に葉が茂るまで二ヶ月は待たなくてはならない。

「何があるかな」とアンナ。

 近づく。何の変哲もない木だった。

「金の匂いはしたか?」

 エリオットはメモを畳む。

 アンナは松明で木を照らし、それから地面を眺める。

「臭いところは見つけた」

 エリオットがアンナへ近づく。「ここを見ろ。踏み込むと土がやわい」

「色もなんだかちょっと違うな」

 アンナが踏みしめた部分だけ色が濃い。

「掘れ」

「俺が?」

「え? もしかして私が掘ると思ったのか?」

「いや、違うけど。じゃこれを道具もなしにやれってか。爪に土が入りこむ」

「殺すぞ」

 黙って従うことにした。


   ■


 土を返すと、木箱が出てきた。

「クソ。ほらよ」

 エリオットはアンナに渡す。片手で持てるくらいの小さな箱だった。

「金の匂いがしない。期待できそうにないな」

 アンナは受け取る。交換でエリオットが松明を持つ。

「これで返済するつもりだよ、俺は。手も汚れたし」

「その思考が貧乏の原因だ」

 アンナは木箱を開く。「現実をみろ」

「なんだ」とエリオットは覗き込んだ。「一万二千グルテンがあったか」

「鍵だよ」

 木箱を捨て、鍵を指で持つアンナ。「クソはクソしか見つけられないな」 

 エリオットは次の言葉を見つけられない。

「これはどこの鍵だ」

 アンナがエリオットに鍵を放る。「すぐにいわなきゃ殺すぞ」

「わからない」

「何でもすぐにいえばいいってわけじゃない」

「じゃ俺は死ぬのか?」

 鍵を見た。何の変哲もない鍵だった。

 心当たりは全くない。クソ。

「この鍵でどこを開ければいい。どこに金塊があるんだ」

「今、考えてる」

 何も思い浮かばない。この鍵はなんだ。こうなれば何でもいい。アンナから時間を引き出すことだけを考えろ。

「朝までは待てないぞ」

「わかった。ちょっと待て。もしかしたら俺が絨毯の仕入れをしたクショーノフの店に関係あるかもしれない」

「店の名前は?」

「詳しいのは家に戻らないと」

「じゃ戻るぞ」

 アンナは背中を向けて歩き出す。


   ■


 カジート地区に戻った。スロウワード通りの中ほどにある六角路。そのうちの一本に入った先にエリオットの家はあった。一階はエリオットの店、エリオット・ラウファー商会の倉庫兼作業場、二階は寝室だった。そこに並ぶ他の家と同じく小さく粗末な家だった。

「汚くて陰気な家だな」とアンナ。

「芸術作品と思ってくれ」

 エリオットは鍵を出し、扉に手をかける。

「どうした?」とアンナ。

 動きを止めたエリオットにアンナがいった。

「開いてる」とエリオット。

 空き巣か――。

「いいタイミングだな」

「あんたのいうとおりだ」

 悪い予感しかしなかった。状況が状況だ。

「今度は誰の死体だ。お前、家族は?」

「妹がいるが、ここには住んでない」

「急いだほうがいいんじゃないか。妹ってのは殺し甲斐がある」とアンナ。

 いわれる前に扉を開いていた。


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