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 市庁舎の前でアンナと合流した。

「遣いは済んだ」

 エリオットがいった。「タタという門番が市庁舎の銀食器を盗んで金にしてる。そいつを脅せばどうにでもなる」

「疲れたような顔をしてるな」

 アンナがエリオットを見る。

「簡単な交渉なんてない。地下牢までは案内できる。市庁舎には顔見知りも多い。親父が元々、この街の首斬り親方だったから」

 エリオットは歩き出し市庁舎へ。

「いつになく頼もしいじゃないか」とアンナ。

「ここは俺の担当だろ」


   ■


「ありがとう、タタ」

 タタは細く気弱そうな男だった。顔を見たとき何度か傭兵砦の賭場で見かけたことがあることに気づいた。博打で負けが込み、借金返済の為に盗みを働いたのか。そう思うと同情したくなる。

 タタはアンナに鍵を渡し、その見返りにヘラー金貨を受け取った。震えている。地下牢の鍵を渡すのは今まで行っていたケチな盗みとは違う犯罪だ。

「これ、大丈夫ですよね?」とタタ。声も震えていた。

 地下への階段を出たところだ。

 これでまた一つタタの罪が増えた。結局のところ、これもまたケニスの狙いだ、とエリオットは気づいていた。

「上で待ってろ」

 アンナは質問に答えずに、タタを地下から追い出した。

 地下牢は湿っていた。カビ、糞尿のにおいが立ち込めている。明かりは十分でなく暗い。壁や地面には血のシミが残っていた。

 左右並んで奥へと伸びる地下牢。エリオットとアンナの気配を察してからか、囚人の手が格子の間から伸び、呻き声が漏れてきた。

「餌を待つあわれな犬どもめ」

 アンナがいった。

 地下牢の手前の空間は拷問室だった。壁には苦痛を与える器具が並んでいる。

「ここに来るのは何回目だ、エリオット」とアンナ。

「いつも初めてだよ。知り合いがいるわけでもないし」

 地下牢の間を歩き出し、先ほどヴァレンシュタインを襲った女を捜す。

「酷いもんだな」

 囚人の姿を見てアンナが呟く。破れてよれよれの服にやせ細った身体。拷問の痕が腕や足に見てとれる。

「首を斬るときは公衆の面前に立つ。だからこいつらをそこそこ綺麗にするのも俺たちの仕事なんだ。あんまり綺麗にすると罪人っぽくなくなるから、あくまでそこそこだ」

 エリオットは左右の地下牢をチェックし女を捜す。

「演出は大事だ」

「俺は好きじゃなかったね」

「才能はあったのか?」

「絵を描くほうが好きだった」

「お前、そのツラで絵なんて描くのか」

「自分の顔を描いてたわけじゃない。風景とか、人とか、猫とか。そういうのだよ」

「もうやめたのか?」

「あぁ。才能のある絵描きの首を斬った。それで全部やめた」

「やめる必要ないだろ」

「そいつは冤罪だ。俺は知ってて斬った」

「お前は弱い奴だ」

 アンナがいったところで、二人の足が止まった。

 あの女だ。ヴァレンシュタインを襲った女がいた。

 格子の向こう、壁に吸いつくように身を預けている髪の長い女。浅黒い肌と小さな瞳に子供のような低い鼻。両手足に鎖を繋がれている。

「な――、なんですか?」

 自分の牢の前で立つエリオットとアンナに女はいった。

「名前は?」とアンナ。「名前をいえ」

「カレン」

 女はいった。警戒しているのがわかった。

「カレン、こっちへこい」

 アンナが格子に近づいた。「話がある」

 数秒の間があったものの、カレンは立ち上がり、両足の鎖を鳴らしながら、こちらへ近づいてきた。

 アンナとカレンが格子を挟んで向かい合う。

「ここから出たいか?」

 アンナは小声でいった。

「――はい」

 遠慮ぎみにカレンがいった。

「ヴァレンシュタインに夫を殺されたのか?」

「そうです」とカレン。

 脱出を臭わせた後だ。従順に答える。

「お前の叫んだあの人とは? 名前は?」

「エドゥアール・ウィッグです」

 カレンの答えを聞いた後、アンナはエリオットを見る。「私の夫です」

「あいつ結婚してたのか」とエリオット。驚いた。

「正式なものじゃありません。彼とも一緒に住めませんでした。けど毎日会って、彼には事情があるから、それが片付いたら別の街へ越して、そこで正式に夫婦になろうって話しをしてたんです」

「泣ける話だな」

 アンナがおどける。ちっとも泣いちゃいない。「お前は騙されていたんだよ、カレン」

「つまりこうだ。カレン、あんたがいい女ってことはわかった」

 エリオットがフォローを入れる。

「話は戻るが、ここから出たいか?」

「はい。もちろんです」

「エリオット、カレンを連れ出すぞ」とアンナ。「こいつは価値がある。手元に置いておきたい」

「そんなことだろうと思った。策は?」

 騒動は起こすな、といったケニスの言葉を思い出す。だがアンナを止められない。

「簡単だ。夜まで待つんだよ」

「どこで?」

「ここでだ」

 アンナが空いている牢屋を指差した。「私はそこ。お前はあっち」


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