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 首斬り親方、死刑執行人の屋敷はルスターク川のエドガー橋近くにある。中州にある柳の木が見えるので、柳屋敷とも呼ばれていた。

「エリオットか――。久しぶりだな」

 屋敷に入り、応接間へ。現在、マリアノフの死刑執行人を務めているケニス・アングストマンがエリオットを出迎えた。この家には使用人も衛兵もいない。死刑執行人の屋敷はどの街も、そうだった。椅子に座って、エリオットを見ている。

「叔父さん、どうも」

 エリオットは立ったままだ。

「座ったらどうだ。お前の家でもあるんだ」とケニス。

「じゃ失礼して」

 座った。

「調子はどうだ?」

「普通かな」

 厄介ごとに巻き込まれているとはいえない。

「仕事は順調なのか?」

「まぁそれで色々あって」

「色々あって、家業に復帰する気になったか? またアングストマン姓を名乗ってもいいだろう。お前はエリオット・ラウファーって柄じゃない。どうみても立派な首切り親方のエリオット・アングストマンだよ」

 ケニスがにやりと笑った。叔父はいまだにエリオットの天職が首斬りだと信じている。「兄さんはよい首斬り親方だったからな。お前もきっとなれるぞ」とケニスが続けた。兄さん、とはエリオットの父親のことだ。

「この街の死刑執行人は叔父さんだろ」

 エリオットがいった。この話題は避けたい。だからここに来たくなかった。叔父さんは悪い人じゃないが、自分を死刑執行人に復帰させようとしてくる。

「お前の父親から引き継いだ。お前がいつか引き継ぐまで守るように、といわれてな」

「もうあの遺言のことは忘れてよ」

「お前の父親は、私の兄なんだ。長い間、一緒に仕事をしてきた。お前がサウスタークのジュペールで首切りの仕事を始めたときは本当に嬉しかった」

「昔のことださ。俺は父さんや叔父さんみたいにうまくなかった」

「謙遜するな。性格的な甘さ。それだけを克服できればお前は既に一流の技術を持っていた。帝国自由都市マリアノフの首斬りである私が保証する」

「ほんとに、ほんとに、もういいんだ。この仕事は。俺の中では終わってる」

「そうか」

 ケニスは寂しそうにいった。「で、仕事で何か不測の事態が起こったんだろ?」

「叔父さんはなんでもわかるんだな」

「何百という罪人の顔を見てきた」

「俺はそんな顔かい?」

「まだ首を斬られるほどじゃない」とケニスが微笑む。

「いつも頼みごとばかりで悪いんだけど、どうしても地下牢にいる人に会いたいんだ。叔父さんは、地下牢によく行くだろうし、なんとかならないかな」

「恐ろしい願いを持っているんだな」

「大変なことなのはわかってる。ほんとに悪い」

「私は市政側の人間だ、エリオット」

「やっぱりダメか」

 エリオットが俯く。

 それから間をたっぷり取ってからケニスが喋り出す。

「地下牢の門番にタタという役人がいる。奴は金に困って、市庁舎の銀食器を盗んでは売っている。そいつを使え」

「どうしてそんなことを」

「近々、タタは裁判にかけられる。その後はこれだ」とケニスは首を斬る動作をして、舌を鳴らした。「タタはとある有力者の親戚でな。裁判が長引くと邪魔が入るかもしれないので、猶予を与えず迅速に首を斬る必要がある。だからこっちに根回しがあったというわけだ。悪を成敗するためだよ」

 これだ。この政治の世界が嫌で死刑執行人の仕事を辞めた。タタは銀食器を盗んでいるのは本当だろう。だがそれだけじゃない。タタがこれから碌な裁判も受けられずに首を斬られる理由は政治だ。その有職者の親戚に売られたか、政敵に的にかけられたか。「叔父さん、ありがとう。恩に着るよ」

「これを渡しておく。何かと役に立つだろう」

 ケニスはテーブルの上にあった箱から腕輪を出した。

 魔導が刻まれている。

「いいよ」と断る。

 人目で何か分かった。父の造った魔導具だ。

「これを使えば死神ハーデスとものの数秒で繋がれる。対話法の後の儀式が簡略される。必ず役に立つ。私には必要ない。エリオット、お前が持ってろ。使い方はわかってるよな?」

「そりゃもちろん」

 ケニスのやけに強い口調に負けて受け取った。

「いつか戻って来いよ」

「あぁ。わかってる」と気のない返事でケニスの言葉に応えた。「ありがとう、叔父さん」

「くれぐれも騒動は起こすなよ」

 ケニスが忠告する。

「もちろんだよ」


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