3-2
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目的の家の戸に近づいた。アンナが耳を当てる。エリオットは周りを見て、警戒した。
「起きてるのか?」
エリオットが聞いた。
「そんな感じではないな」とアンナ。「寝てると思う」
「寝息とか聞こえたのか?」
「うるさい。開けるぞ」
アンナが戸に手をかける。だが動かない。施錠がしてある。
「ノックは?」とエリオット。
「だまれ。鍵がかけてあるぞ」
「文明があるってことだろ」
エリオットがいった。「ノックしろ」
「するか、ボケ。これからは何でもありだ」
「約束が違う」
「約束は終わりだ。まずはこいつをゆっくりと静かに壊す」
アンナの腕に力がこもる。戸が小刻みに揺れた。金属が破裂するような音がした。ゆっくりと戸が動き出す。
「怪力すぎるだろ」とエリオット。
「昔から力には自信がある」
アンナには謎が多い。オッドは、アンナの容姿が変わっていないようなことをいっていたし、ヴェトゥーラでもあった。それにこの怪力。あとクソみたいな性格。
戸が開いた。アンナが人差し指を唇にあてて、静かに、とエリオットに合図を送る。エリオットは諦めて頷き、二人で家へ。
部屋にはかまどがあった。火は消えてしまっている。これだと翌朝は他の家に火種を貰いにいかなければならないだろう。
奥が居住空間だった。簡素なベッドの上に男女が寝ている。女は痩せているが、男はデブだ。
指でアンナが、寝ている男女を示す。心拍数があがった。こんな経験は今までにない。寝込みを襲うのか。このあと起こりうることを想像すると現実とは思えない。
「殺すわけじゃないよな?」
エリオットが小声で確かめた。心配だった。
「女はうるさいから先に口を塞ぎ、首元にナイフを突き立てろ。男は私に任せろ」
アンナがナイフを渡す。
「俺には無理だ」
荷が重い。知らない女性を脅すなんて気が引ける。
「わかった。私が女をやる。お前は男をうまく操縦しろ」
どちらも気が進まない。だが選択肢はなかった。
「いくぞ」
駆け寄った。アンナが女の肩を叩く。
「結局、起こすのかよ」
「黙ってろ」
ナイフを目の先に突きつける。女の「あ」というか細い声がした。青い瞳を上下させていた。
「男を起こせ」とアンナ。
女が寝転がったまま、隣にいる男の背中を揺らした。アンナがエリオットに目で合図をする。
男が起きた。上体を起こす。よれよれのボロを着ている。黒い髪に無精ひげ、潰れたような目と鼻に太い身体をした男だった。
「何もいうな」とエリオット。
「カミーユ」
男はエリオットの忠告を無視して女の名前を口にした。「あんたらは何なんだ」
「騒ぐな。カミーユの命がないぞ」
アンナは女の身体をぐいっと引っ張りベッドから引きずりだし、首元にナイフの刃を当てた。
「そういうことだ」
エリオットが付け加える。「あんたの名前は?」
「ジャンだ」
「よし。ジャン。ここの阿片は誰が仕切ってる」
エリオットがきいた。死刑執行人時代、罪人への聞き取りをしていた頃を思い出す。
「それはいえない」
「裁判じゃないんだ」
これも昔よくいった台詞だ。「だが知る必要がある」
「どうするつもりなんだ」とジャン。
目が泳いでいる。混乱しているのが手に取るようにわかった。
「金だ」とアンナがいった。
「金はここにない」
「だろうな。だからここを仕切ってる奴と話がしたいんだ」
アンナが続ける。「お前はここの村長か?」
「そうだ。私が村長だ」
「運がいいな。じゃお前と交渉を続けるしかない。金を持ってる奴の名前をいえ」
「それは――」
「カミーユが死ぬぞ」
アンナが掴んでいるカミーユの身体を揺らした。怯えた声が漏れた。
「いったほうがいい。俺は善良な人間だ。いえば命は保証する」
エリオットはジャンを見ていう。
クソ――。何が暴力はなしだ。こんなの全然約束と違う。クソったれ。
そのとき、外から「村長」と呼ぶ声がした。
「誰だ」とアンナ。「何が起きてる」
「わからない」
ジャンがいった。「呼ばれてる。行かねば怪しまれる」
「対応しろ。ここには入れるな」
ジャンはアンナの指示をきくと黙って立ち上がった。戸に向かい外へ出る。
「エリオット、見てこい。覗きは好きだろ」
「そんなことしなくても女には不自由してない」
エリオットは戸に向かい、隙間から外を見る。
並ぶ松明と馬。鎧をまとった十人ほどの隊がいる。先頭にいるのは女だった。ジャンとその女が話している。松明に照らされた女の顔を確認する。赤い髪。瞳の色はわからない。彫りが深く、唇が厚い。左の頬に傷が残っている。鎧を着ているから傭兵か、とにかく戦闘が出来る奴だろう。気が強そうな女だ。
エリオットは戻って、アンナに告げる。
「仕切ってるやつっぽい」
「お前は馬鹿か?」
「けどそんな感じなんだよ」
「一人か?」
「十人だ。ぴったり十人」
「それを先にいえ。ジャンが戻るまで待つぞ」
「いつものイケイケじゃないんだな」
ここぞとばかりにエリオットは弱気のアンナにいってやった。
「今喧嘩を売っても金にはならない。十人のうちリーダーはどんな奴だ」
「女だな。髪の赤い女だ。頬に傷がある。偉そうにしてた。鎧を着てるから兵士か、その類だ」
「傭兵なのかもな。その女の顔を見てくる。代われ」
カミーユの脅しを交代する。
「わるいね」とエリオットはカミーユの首に刃を立てる。「俺は本当はいい奴だってことが伝わってるといいんだけど」
カミーユは口を結んで黙っている。
「旦那さんは裏切る可能性はあるか? 人質のあんたを省みず、俺たちのことを外の奴らに告げ口する?」
カミーユは何も答えない。
「そりゃ機嫌悪いよな」
しばらくしてから戸が開いて、ジャンが入ってきた。
「なんだ」とアンナ。
「阿片だ。村に置いてある分を取りに来た。先方は急いでいる。倉庫に案内した」
「奴らが仕切ってるのか」
「あぁ」
ジャンはぶっきらぼうにいう。
「あの赤毛の女、名前は?」
「わからない」
「役者だな。何も知らないってか。で、どこのどいつだ」
「知らない。聞かないことになってる。ヴェトゥーラが我々を仲介した。今夜、会うのは二回目だ」とジャン。「本当に全然知らない。今までこんなことはなかった」
「緊急の理由はわかる」
自分たちだ。俺たちが動いているから、阿片を確保しにきたのだ。
「本当に知らないのか?」
「知らない。私たちの雇い主の一人とだけいわれている」
「エリオット、カミーユの指を切り落とせ」
アンナが言い放つ。こっちは見ていない。カミーユが「いや――」と喉を鳴らしたような声を出す。
「今の俺に出来るのは髪までだ」とエリオット。
「クソが――。軟弱もの。それでも首斬り親方か」
「昔の話だ」
「ジャンの話を信用しよう。もういい」
「拷問拒否の後は、お人よしか? これは遊びじゃないんだぞ」
「俺には無理だ。罪のない人の指を落とすことなんてもう出来ない」
「あの――」とカミーユが声を出した。「赤毛の人の名前はエーリカです」
「おい、何いってるんだ」
ジャンが吠える。
「マリアノフの方とだけ聞いてます」
ジャンの声を無視して、カミーユが喋る。
「他には?」とアンナ。
「それだけです。本当です」
カミーユは泣いていた。鼻の先が赤くなっている。
「よし。マリアノフに戻るぞ」
アンナは立ち上がる。「エーリカを探し出して、金をいただく」
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