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 馬まで戻った。真夜中だ。

「休む暇がない」とエリオット。

 意識が朦朧とする。

「気合を入れろ。マリアノフまで戻るぞ」

「あんたは元気そうだ。異常だよ」

 馬に跨る。「マリアノフまでは一日半か二日か」

「なるべく早くだ」

「寿命が縮む」

「ところで、お前は気づいたか?」

「何に?」

「エーリカだ。奴の鎧だよ」

「立派だったよな」

「馬鹿が。あの鎧にあった刻印だ。十字に重なるように薔薇を模した奴が刻まれていたろ」

「そういわれれば――。けどそれが本当なら」とエリオット。

 十字に重なる薔薇の刻印が意味しているのは一つだ。

「あいつはラナ教の楽園派ってことだ」

「アーシュ騎士団か」

「エドゥアールの家にあったチラシ。お前がやったとかいう楽園派の紙切れ。覚えてるか?」

「そんなつもりはなかったんだけどな」とエリオット。「偶然って怖い」

「でかい相手だ」

 夜の平原を走り出した。


   ■


 マリアノフに戻った。夕方で丁度、居酒屋が開いた頃だった。腹を満たしに、第四市門を入ってすぐリブス通りの『飛べない鶏亭』に入った。

「注文は?」

 亭主が注文をとりに来る。豚のように丸々と太った男だった。上着のボタンが今にも飛んでいきそうだ。

「ワインを一本。それにチーズと肉。ウサギの肉を頼む。よく焼けよ。パンとバターも欲しいな」とアンナ。

「ニンニクも」

 エリオットは付け加えた。

「貧乏臭い」とアンナがいう。「そんなもんよく食えるな」

 周りの男たちは結構な確率でニンニクを齧っていた。

「ウサギは今ねぇな。豚ならある」

 アンナの悪態のせいか、亭主の愛想も悪い。

 エリオットは微笑を浮かべて、周りの人々に悪意がないことを伝える。

「犬猫の肉じゃなけりゃなんでもいい。ワインは水で薄めるな。すぐにわかる。濃い奴に香辛料をたっぷり入れて持って来い。その分、金は出す」

 黙って亭主は去った。


   ■


 食事を済ませて外へ。

「いつもあんな態度なのか?」とエリオット。

「問題でも?」

「多少な」

 気の休まる時間じゃなかった。敵意に満ちた視線の中での食事は気持ちの良いものじゃない。

「ワインは美味かった」

「こっちは味わう余裕なんてなかった」

「元気になったみたいだな。帰りは一言も喋らなかった」

「ガンガンだよ」

「仕事を再開するぞ。ラナ教楽園派のエーリカ様を追い詰める」

「追い詰める? ラナ教は国教で、楽園派は今一番勢いがある。追い詰めるんじゃなくて鍵を売ればいい。欲をかかないほうが身のためだ。相手は楽園派が持つアーシュ騎士団だし、それがヴェトゥーラと繋がってたんだ。もうやばい」

「追い詰めたらもっと金になる」

 平然とアンナは言い放つ。「しかもきっと正義のためにもなる」

「あんたから正義なんて言葉を聞けるとはな。それで、あてはあるのか?」

「楽園派に恨みを持ってるとっても偉い人がいる。史上初だろうな。金と正義を両立するのは」

 アンナは笑っていた。「行くぞ、役に立ちそうな奴に会いに行く」


   ■


 リブス通りを曲がり、キーウェスト通りへ。奥にある屋敷に着いた。

「知り合いなのか?」

 エリオットとアンナは扉の前に立っている。錠前職人を表す鍵の飾りがさがっていた。

「いや」とアンナ。

「そんなことだろうと思ったよ」

 エリオットはため息を吐く。

 アンナがノックする。

 女が出てきた。枯れた黒髪、潰れたような瞳、全体的に痩せている女だった。

「セバスチャン・ブランドに会いたい。錠前職人組合の組合長様だ」

「組合の方ですか?」と女はいう。

 エリオットはこの痩せた不健康そうな女がセバスチャン・ブランドという男の妻なんだとわかった。

「関係者だ」

「主人はそういった方とは会いませんので、お引き取りください」

 女が扉を閉めようとする。

 アンナはその手を掴んだ。

「ヴァレンシュタインを失脚させることができる情報を持ってる」とアンナ。

「入れ」

 男の怒鳴り声が奥から聞こえた。それがセバスチャン・ブランドだった。

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