3-3
3-3
馬まで戻った。真夜中だ。
「休む暇がない」とエリオット。
意識が朦朧とする。
「気合を入れろ。マリアノフまで戻るぞ」
「あんたは元気そうだ。異常だよ」
馬に跨る。「マリアノフまでは一日半か二日か」
「なるべく早くだ」
「寿命が縮む」
「ところで、お前は気づいたか?」
「何に?」
「エーリカだ。奴の鎧だよ」
「立派だったよな」
「馬鹿が。あの鎧にあった刻印だ。十字に重なるように薔薇を模した奴が刻まれていたろ」
「そういわれれば――。けどそれが本当なら」とエリオット。
十字に重なる薔薇の刻印が意味しているのは一つだ。
「あいつはラナ教の楽園派ってことだ」
「アーシュ騎士団か」
「エドゥアールの家にあったチラシ。お前がやったとかいう楽園派の紙切れ。覚えてるか?」
「そんなつもりはなかったんだけどな」とエリオット。「偶然って怖い」
「でかい相手だ」
夜の平原を走り出した。
■
マリアノフに戻った。夕方で丁度、居酒屋が開いた頃だった。腹を満たしに、第四市門を入ってすぐリブス通りの『飛べない鶏亭』に入った。
「注文は?」
亭主が注文をとりに来る。豚のように丸々と太った男だった。上着のボタンが今にも飛んでいきそうだ。
「ワインを一本。それにチーズと肉。ウサギの肉を頼む。よく焼けよ。パンとバターも欲しいな」とアンナ。
「ニンニクも」
エリオットは付け加えた。
「貧乏臭い」とアンナがいう。「そんなもんよく食えるな」
周りの男たちは結構な確率でニンニクを齧っていた。
「ウサギは今ねぇな。豚ならある」
アンナの悪態のせいか、亭主の愛想も悪い。
エリオットは微笑を浮かべて、周りの人々に悪意がないことを伝える。
「犬猫の肉じゃなけりゃなんでもいい。ワインは水で薄めるな。すぐにわかる。濃い奴に香辛料をたっぷり入れて持って来い。その分、金は出す」
黙って亭主は去った。
■
食事を済ませて外へ。
「いつもあんな態度なのか?」とエリオット。
「問題でも?」
「多少な」
気の休まる時間じゃなかった。敵意に満ちた視線の中での食事は気持ちの良いものじゃない。
「ワインは美味かった」
「こっちは味わう余裕なんてなかった」
「元気になったみたいだな。帰りは一言も喋らなかった」
「ガンガンだよ」
「仕事を再開するぞ。ラナ教楽園派のエーリカ様を追い詰める」
「追い詰める? ラナ教は国教で、楽園派は今一番勢いがある。追い詰めるんじゃなくて鍵を売ればいい。欲をかかないほうが身のためだ。相手は楽園派が持つアーシュ騎士団だし、それがヴェトゥーラと繋がってたんだ。もうやばい」
「追い詰めたらもっと金になる」
平然とアンナは言い放つ。「しかもきっと正義のためにもなる」
「あんたから正義なんて言葉を聞けるとはな。それで、あてはあるのか?」
「楽園派に恨みを持ってるとっても偉い人がいる。史上初だろうな。金と正義を両立するのは」
アンナは笑っていた。「行くぞ、役に立ちそうな奴に会いに行く」
■
リブス通りを曲がり、キーウェスト通りへ。奥にある屋敷に着いた。
「知り合いなのか?」
エリオットとアンナは扉の前に立っている。錠前職人を表す鍵の飾りがさがっていた。
「いや」とアンナ。
「そんなことだろうと思ったよ」
エリオットはため息を吐く。
アンナがノックする。
女が出てきた。枯れた黒髪、潰れたような瞳、全体的に痩せている女だった。
「セバスチャン・ブランドに会いたい。錠前職人組合の組合長様だ」
「組合の方ですか?」と女はいう。
エリオットはこの痩せた不健康そうな女がセバスチャン・ブランドという男の妻なんだとわかった。
「関係者だ」
「主人はそういった方とは会いませんので、お引き取りください」
女が扉を閉めようとする。
アンナはその手を掴んだ。
「ヴァレンシュタインを失脚させることができる情報を持ってる」とアンナ。
「入れ」
男の怒鳴り声が奥から聞こえた。それがセバスチャン・ブランドだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます