6-5
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扉を開け、階段を下りる。
「視界がほとんどないな」とエリオット。
「蝋燭を探せ」
狭い通路だった。壁は土がむき出しで、真っ暗闇だ。埃っぽいく、かび臭い。確かにあのプライドの高そうな女は来たりしないだろう。
手探りで先へ。
「なんか広い感じだな」とエリオット。
空気の雰囲気がかわった。暗闇の中でも空間が広がったのがわかった。
「火口箱だ」
アンナがいった。
「ほら」と手渡す。
視界が開けた。アンナが蝋燭に火をつけていた。
「そこそこ広い」とエリオット。
それなりの空間だった。倉庫のようでもあり、作業所のようでもあり、書斎のようでもある。「男の仕事場って感じだな」
「秘密の場所だ」
アンナがいった。
「ということは秘密のものもある」
エリオットは部屋を見渡す。本棚、机、詰まれた箱。どこにあるのか。
「何か証拠になるようなものを探せ」
「証拠って?」
「そんなこともわからないのか。帳簿か手紙、その類だ。素早くいくぞ。どうせすぐにあの馬鹿女は見つかる」
「俺たちって忙しかったんだな」
「口じゃなくて手を動かせ」
襲うように二人で取り掛かった。本棚の本を崩すようにして出して、片っ端から捲る。箱は封を開け、中身を引っ繰り返す。机の引き出しも同じく、そのまま引っ張り出してさかさまにして、中身をさらった。
「アンナ」
エリオットが手を止めた。机の横にあった箱をさらっていたときだった。くしゃくしゃにされた手紙が捨てられていたのだが、その中から気になるものを見つけた。
「あったか?」
「これ読んでくれ」
アンナに渡す。
「なるほどな」
アルベールへ
阿片を捌いた。金を渡す。新しい阿片も必要だ。
ヨムンゲル砦近くに十字路がある。いつもの場所だ。森に入って取引だ。金曜日の夜二時に会おう。
あと、手紙ってのは面倒だ。直接会って話せばいいだろう。俺の部下は市内にもいる。
ホーボー
「ホーボーってのはヨムンゲル砦を占拠してる傭兵団の頭だよ」とアンナ。「馬鹿だが字は書けるのか。それとも賢い部下がいるのか」
「知り合いか?」
「奴は賭場を開いてる。つまり客層が被る」
「俺を見るなよ」
「だがいいぞ。アルベールは阿片を横流しして私腹を肥やしてた。ほら」
今度はアンナから冊子を渡される。
「これは?」とエリオット。
「ご存知、裏帳簿だ。阿片、兵器、奴隷。全ての裏取引が記録されてる」
「完璧だな」
「これで弱みは握った。あと気になるものもあった」
「もう十分だろ」
「こいつを見ろよ」とアンナ。
「ナイフか」
アンナは刃を持ち柄を見せてくる。
柄には魔導が刻まれていた。
「エドゥアルドの家にあったナイフを覚えてるか? ヴェトゥーラが使う魔導の文法が刻まれたナイフだ」
「同じものなのか?」
「あぁ」
「関係が入り組んできたな。考えたくないよ」とエリオット。
「働いてるふりだけはうまいな」
「あ、アンナ」
エリオットはいった。
「なんだ」
「俺たち、見つかったみたいだ」
アンナの肩の向こうに男が立っていた。大男だ。アンナが振り返り確認する。
「よう」と大男。
「確かどっかであった誰かだよな」とアンナ。
「ハンスだ。エーリカの屋敷で会った」
酒臭い。喋る度に大口が開いて、黒い歯が見える。汚い男だ。
「苗字はないのか? それとも忘れたか?」とアンナ。
「ゲルンだよ」
ハンスが唾を吐き捨てる。
「挑発すんな」とエリオット。
ハンスの奥に警備兵が二人いた。
「三対二だぞ。お前ら」とハンス。
四角い顔を傾けて首を鳴らす。このなり、この仕草で弱いはずがない。
「数もわかるのか。上出来な頭だな」
アンナが拳を撫でた。
「舐めるな」
ハンスがいった。
「アルベールはどこだ?」
アンナがいう。
「あいつは忙しいみたいだ」とハンス。
「なるほどな。おい、エリオット、こっちにこい」
アンナに手招きされる。エリオットはアンナに近寄った。
「おい、ハンス・クソ馬鹿・ゲルン。これをやるよ」
アンナがエリオットの肩を掴んで、ハンスに向かって投げた。
エリオットの視界がひっくり返る。衝撃。ハンスと衝突した。壁と天井が見える。アンナが壁を蹴り、弾みをつけて後ろにいた衛兵の顔に膝蹴りを見舞っていた。残った一人にも顎に拳をめり込ませる。
「じゃあな、エリオット」
アンナは走り去った。
「え、――。待てよ」
エリオットが立ち上がると、足をつかまれた。すぐに倒れる。引っ繰り返されて、ハンスが馬乗りになった。
「そういうことか」とエリオット。
馬乗りになったハンスが腕を振り上げて微笑んでいた。
「文明人らしく話し合おう」
「無理だ」
殴られた。
何度も殴られた。
視界の輪郭がぼやけて、黒く滲んでいく。
いつか目の前が暗闇になった。声も出ない。痛みがなくなり、顔がただ熱い。鼻血が詰まって呼吸が辛い。喉へ何かがこみ上げてくるが、何も出せない。
クソ――。
このままじゃ――。
気を失った。
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