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 襲いかかってきた狼たちの動きが止まった。

「お前は本当に笑わせてくれる。そんな棒で戦うなんて正気じゃないぞ」

 アンナだった。

 群れの長、黒毛の狼の首を掴み、へし折っていた。黒毛の狼は、目と口を開いたまま、地面に捨てられる。

「散れ」

 アンナが一喝する。「散れ、クソ畜生ども」

 残された狼たちが一斉に暗がりへ走りこんでいった。

「助かった」とエリオット。

 腰をついた。「あんた狼と会話できるんだな」

「向こうは獣だ。私が人間を越えた存在だと感じとるんだよ」

 アンナが一直線に近寄ってくる。

「それよりお前、私を離したな」

 アンナはエリオットの胸倉を掴み、立たせる。「絶対に離すな、といったろう」

「俺だって初めてだったんだよ」

「絶対に離すな、といわなかったっていうのか?」

「いや、いったけど」

「あやまれ」

「悪かったよ」

「クソボケが」

 解放され、突き飛ばされた。「二度と私を怒らせるなよ」

「けど、逃げられたろ?」

「貴様のせいでこっちは指名手配だ」

 俺のせいかよ、と反論したいところだが、黙っておく。

「逃亡生活を送る気か?」

「ふざけるな。私は何も悪いことをしてない」

「脅してたろ」

「相手は寄生虫と阿片を密輸してる奴だ。無罪に決まってる」

 むちゃくちゃな論理だ。

「鍵は?」

「持ってる。ここにある」

「じゃ策は?」

「ローゼンベルク修道院だ」

「そこに何がある」

「お前は何も知らないクソ馬鹿なんだな」

「教えてくれよ」

「ローゼンベルク修道院はラナ教のクソ長老派のクソ本拠地だよ。そこにマリアノフ市参事会員で長老派指導者のクソ大狸がいる」

「クソしかいねぇな」

「ヴァレンシュタインの商売敵がいるってことだ」

 長老派は新興派閥のヴァレンシュタイン率いる楽園派を快く思っているはずがない。

「そっちに話を持ち込んで、仲裁してもらうってわけか」とエリオットが続ける。

「仲裁なんて求めてない。ヴァレンシュタインを潰すんだよ」

 やっぱりイケイケだ。「奪われたままで終われない。近くに宿屋があるはずだ。そこで馬を頂くぞ」

「金は? 馬を買う金」

「金の心配はするな。なんとかなる」

 暴力の予感しかしない。

 アンナは歩き出した。エリオットはあとについていく。


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