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 ル=ゴフ商会は二階建ての小さな家にあった。扉には茨の飾りが施されている。隣の家は屋根の修理途中なのか、梯子がかけられたままだ。

「どうするんだ」とエリオット。「店はもう閉まってる時間だ。鍵を売る相手はいないんじゃないか」

 通りは暗く、視界は悪い。目抜き通りから少し入ったところにあるので、人影はなかった。

「明日まで待つ、と私がいうと思うか?」

 アンナは梯子を見る。

「質問の意味がちょっとわからないな」

「侵入だ」

「意味ないだろ」

「一筋縄でいくと思ったか? 交渉を有利にするためなら事前の準備は怠らないことだ」

「お金を稼ぐって難しい」

「学習したな。嬉しいよ」

 梯子を上ることになった。


   ■


 隣の家の屋根から、ル=コブ商会の屋根へ移る。高いところに行くと夜の寒さをより強く感じる。かすかな光の灯る民家がぽつぽつと見えた。

「バランスを崩すな」とアンナ。

「俺が自殺志願者に見えるか?」

「借金は死ぬのに十分な理由だ。ベランダに下りるぞ」

 裏側に一メートルほどの幅のベランダがあった。

「マジか」

 ル=ゴフ商会の二階にあるベランダを見下ろす。飛び降りるとなると足がすくんだ。

「一生ここで暮らすつもりだったとはな」

 アンナが先にベランダへ下りた。見事に着地音が消えていた。

「待て。俺はそんなに上手く降りられない。大きな音が立つ」

「やっぱりそこで暮らすのか。お別れだな、残念だよ。まぁ屋根の上だし暮らすにはいいんじゃないか。日当たりがいい」

「待て、待て」

「膝を使え。目は閉じるな」

「行くぞ」

「宣言はいいから実行しろ」

 飛び降りた。着地と同時に膝を曲げる。

「うっ」

 結果的に尻餅をついた。目を開く。見下しているアンナがいた。

「どんくさい」とアンナ。「何もできないんだな」

「誰にだって初めてはある。次は宙返りだってしてやるさ」

「自分が間抜けだと自白するお前が羨ましい。さぞかし単純な人生を送っているんだろうな」

「見せてやりたいよ、俺が見てる光景を」

「静かにしろ。入るぞ」

 アンナが窓枠を掴み上に押しやる。窓が開いた。

「開いてるもんなんだな」

 エリオットは呟いた。

「閉じてたら割ったまでだ。つまり窓は常に開いてることになる。強者の理論だ」

 アンナは小声で喋る。

「ならず者の理論だろ」

「いっとくがお前も同罪だからな」

「それは何の理論だ」

「運命だ」

 二階へ侵入する。


   ■


 明かりのない部屋。棚と机、それに丸められた絨毯が並べられている。ベッドはない。

 机の上には短い蝋燭と開かれた台帳と思しき本がある。

「誰かいるか?」とエリオット。

「見ればわかる」

 誰もいない。

 アンナは机に近づき、台帳に触れる。指でなぞり、複式簿記を読んでいるようだ。

「何かあったか?」

 エリオットは何をしていいかわからない。

「いや、普通の帳簿だ」

 エリオットも覗きみる。帳簿は店の全てを知る貴重な手がかりだ。

 アンナは黙ってページを捲る。

「お前の名前がないけどな」とアンナは台帳から目線を外す。

「取引をしたのは二週間くらい前だ」

 エリオットも台帳を調べた。

「あったか?」

 アンナがいった。

「そんな目で見ないでくれ」とエリオット。

 取引の記録は残されていなかった。

「裏帳簿があるな」

 アンナは一階に下りていく。エリオットも続いた。

 一階にも同じく絨毯が並べられていた。色、大きさ、模様は様々だ。

「一見すると全うな店にもみえる」

 アンナはカウンターの向こうへ。

「記録してないかもしれない」とエリオットはいった。

 アンナはカウンターの向こうにある本棚をみる。並べられた本の背表紙を押したりして、引き出したりして何かを確認している。

「いや、裏帳簿はある。ヴェトゥーラのやり方ならわかってる」

「自信があるんだな」

「生まれながらの勝者だからな」

「意外ではないな。なんていうか、あんたはそんな感じだ」

「ここらか」

 アンナが数冊の本を取り出し、カウンターへ避けた。「こいつらだけ埃がない」

 本が抜けたスペース。本棚の奥にアンナが手を伸ばす。

「どうした?」とエリオット。

 アンナの体が傾く。肘の先まで本棚へ入っていく。

「隠し戸だ」

 奥で何かを探っているようだ。

 それからアンナが腕を抜くと、黒い表紙の本が出てきた。

「あったろ?」

 開いて確認する。台帳だった。

「俺の名前もあるな」

 二週間前だ。売上が計上されている。しっかりとエリオットの名前が書かれていた。

「よし出るぞ。宿で裏帳簿を精査する。これも売れるぞ」

「盗んだものだろう」

「マリアノフで盗品も扱ってるお前からそんな言葉が聞けるとはな」

「知ってたのかよ」

 エリオットは目を伏せた。

「お見通しだ」

 アンナと一緒にル=コブ商会を出る。

「また客か」

 外に出てすぐにアンナがいった。「今度はなんだ」

「結構いる」とエリオット。

 誰ともわからない五人が待ち構えていた。

 黒い頭巾に黒い手袋と黒いブーツ。全身黒ずくめの奴らだった。うち一人が松明を持っている。

「美人はつらいな」とアンナ。「どこに行っても悪い虫がついてくる」

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