2-2
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ル=ゴフ商会は二階建ての小さな家にあった。扉には茨の飾りが施されている。隣の家は屋根の修理途中なのか、梯子がかけられたままだ。
「どうするんだ」とエリオット。「店はもう閉まってる時間だ。鍵を売る相手はいないんじゃないか」
通りは暗く、視界は悪い。目抜き通りから少し入ったところにあるので、人影はなかった。
「明日まで待つ、と私がいうと思うか?」
アンナは梯子を見る。
「質問の意味がちょっとわからないな」
「侵入だ」
「意味ないだろ」
「一筋縄でいくと思ったか? 交渉を有利にするためなら事前の準備は怠らないことだ」
「お金を稼ぐって難しい」
「学習したな。嬉しいよ」
梯子を上ることになった。
■
隣の家の屋根から、ル=コブ商会の屋根へ移る。高いところに行くと夜の寒さをより強く感じる。かすかな光の灯る民家がぽつぽつと見えた。
「バランスを崩すな」とアンナ。
「俺が自殺志願者に見えるか?」
「借金は死ぬのに十分な理由だ。ベランダに下りるぞ」
裏側に一メートルほどの幅のベランダがあった。
「マジか」
ル=ゴフ商会の二階にあるベランダを見下ろす。飛び降りるとなると足がすくんだ。
「一生ここで暮らすつもりだったとはな」
アンナが先にベランダへ下りた。見事に着地音が消えていた。
「待て。俺はそんなに上手く降りられない。大きな音が立つ」
「やっぱりそこで暮らすのか。お別れだな、残念だよ。まぁ屋根の上だし暮らすにはいいんじゃないか。日当たりがいい」
「待て、待て」
「膝を使え。目は閉じるな」
「行くぞ」
「宣言はいいから実行しろ」
飛び降りた。着地と同時に膝を曲げる。
「うっ」
結果的に尻餅をついた。目を開く。見下しているアンナがいた。
「どんくさい」とアンナ。「何もできないんだな」
「誰にだって初めてはある。次は宙返りだってしてやるさ」
「自分が間抜けだと自白するお前が羨ましい。さぞかし単純な人生を送っているんだろうな」
「見せてやりたいよ、俺が見てる光景を」
「静かにしろ。入るぞ」
アンナが窓枠を掴み上に押しやる。窓が開いた。
「開いてるもんなんだな」
エリオットは呟いた。
「閉じてたら割ったまでだ。つまり窓は常に開いてることになる。強者の理論だ」
アンナは小声で喋る。
「ならず者の理論だろ」
「いっとくがお前も同罪だからな」
「それは何の理論だ」
「運命だ」
二階へ侵入する。
■
明かりのない部屋。棚と机、それに丸められた絨毯が並べられている。ベッドはない。
机の上には短い蝋燭と開かれた台帳と思しき本がある。
「誰かいるか?」とエリオット。
「見ればわかる」
誰もいない。
アンナは机に近づき、台帳に触れる。指でなぞり、複式簿記を読んでいるようだ。
「何かあったか?」
エリオットは何をしていいかわからない。
「いや、普通の帳簿だ」
エリオットも覗きみる。帳簿は店の全てを知る貴重な手がかりだ。
アンナは黙ってページを捲る。
「お前の名前がないけどな」とアンナは台帳から目線を外す。
「取引をしたのは二週間くらい前だ」
エリオットも台帳を調べた。
「あったか?」
アンナがいった。
「そんな目で見ないでくれ」とエリオット。
取引の記録は残されていなかった。
「裏帳簿があるな」
アンナは一階に下りていく。エリオットも続いた。
一階にも同じく絨毯が並べられていた。色、大きさ、模様は様々だ。
「一見すると全うな店にもみえる」
アンナはカウンターの向こうへ。
「記録してないかもしれない」とエリオットはいった。
アンナはカウンターの向こうにある本棚をみる。並べられた本の背表紙を押したりして、引き出したりして何かを確認している。
「いや、裏帳簿はある。ヴェトゥーラのやり方ならわかってる」
「自信があるんだな」
「生まれながらの勝者だからな」
「意外ではないな。なんていうか、あんたはそんな感じだ」
「ここらか」
アンナが数冊の本を取り出し、カウンターへ避けた。「こいつらだけ埃がない」
本が抜けたスペース。本棚の奥にアンナが手を伸ばす。
「どうした?」とエリオット。
アンナの体が傾く。肘の先まで本棚へ入っていく。
「隠し戸だ」
奥で何かを探っているようだ。
それからアンナが腕を抜くと、黒い表紙の本が出てきた。
「あったろ?」
開いて確認する。台帳だった。
「俺の名前もあるな」
二週間前だ。売上が計上されている。しっかりとエリオットの名前が書かれていた。
「よし出るぞ。宿で裏帳簿を精査する。これも売れるぞ」
「盗んだものだろう」
「マリアノフで盗品も扱ってるお前からそんな言葉が聞けるとはな」
「知ってたのかよ」
エリオットは目を伏せた。
「お見通しだ」
アンナと一緒にル=コブ商会を出る。
「また客か」
外に出てすぐにアンナがいった。「今度はなんだ」
「結構いる」とエリオット。
誰ともわからない五人が待ち構えていた。
黒い頭巾に黒い手袋と黒いブーツ。全身黒ずくめの奴らだった。うち一人が松明を持っている。
「美人はつらいな」とアンナ。「どこに行っても悪い虫がついてくる」
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