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 螺旋階段を上りる。塔の上にルーベンの部屋はあった。

「失礼します」

 ロドマンが扉を開き、エリオットとアンナを部屋に入れる。

 塔のてっぺんにある小さな部屋だった。帝国自由都市マリアノフの最古参市参事会員にふさわしくない、質素で物の少ない空間。朝日が窓から差し込み、一人用の椅子に深く腰掛けるルーベンを照らしていた。皺だらけの白い肌に白く長い髪は薄く、目は青い。こけた頬と乾いた唇、顎には親指ほどの腫れ物があった。机には祈りで使う肩衣が畳まれている。

 ロドマンは消えた。

「とても急用なそうで」

 丁寧な口ぶりでルーベンはいった。手元にあった聖書を閉じ、机の上に置く。

「私はアンナ・アリアス・ノラノ」

「自分はエリオット・ラウファーです。はじめまして」

「すまんね。狭い部屋で。椅子も一つしかないんだ」

 ルーベンはいう。「それで話とは?」

「ヴァレンシュタインをどうお考えですか?」とアンナ。

「どちらのヴァレンシュタインさんかな」

 ルーベンはとぼける。

「楽園派の指導者で、最近金にものを言わせて市参事会員になった男です」

「アンナさん、だったかな?」

 どうやら興味を持ったようだ。

「えぇ。よく覚えてましたね」

「なるほど。そのヴァレンシュタインがどうしたのかね?」

 ルーベンの口からヴァレンシュタインへの敬称が消えた。

「私たち彼に嵌められたんです。指名手配で都市追放の危機なんですよ。助けて欲しくて」

「ここは修道院です。何か勘違いされてる」

「ヴァレンシュタインの資金源が阿片密売だとしたら? さらに楽園派のアーシュ騎士団を強くするためにアーク大陸の特別な寄生虫を手に入れ、魔導士を増やそうとしているとしたら?」

 アンナの言葉をきくとルーベンが目を瞑った。何かを考えているようだった。

「寄生虫とは?」と短くルーベン。

「話が早いですね」

「いいから話してくれ」

 どうやらルーベンも心当たりはあったらしい。

「魔導の才能を持つ虫で、人間に寄生するらしい。寄生された人間は魔導を使えるようになる」

「よろしい。明瞭ですな」

 ルーベンは聖書の表紙に右手をのせた。「だがそれを私に伝えてどうしろと?」

「気に食わないですよね、ラナ教の楽園派が。あなたたちは十分の一税。向こうは十二分の一税。信者が長老派から楽園派にどんどんと流れていく」とアンナ。「このエリオットだって鞍替えを検討してますよ」

「それはいうな」

 エリオットがいった。「ルーベンさん、アンナは時々ちょっとおかしい」

「そのようですな」とルーベン。笑いもしていない。

「ヴァレンシュタインを潰す機会を与えますよ。奴の陰謀を暴きます」

「証拠は? あなたがたを信用すべき証拠はないのですか?」

「いい質問ですね」とアンナ。

 エリオットは深い呼吸をした。

「証拠なんてありません」

 言い切った。

「ふむ。さてさて」

 ルーベンが顎の腫れ物を掻く。

「数日でいい。指名手配を保留にしてくれ。あんたならできるだろ」とアンナ。「保留が解除されれば私たちは指名手配犯に戻って、よければ都市追放、もしくは斬首。つまりここでの会話が公になることはない。どうだ? 悪い話じゃないだろ? あんたには損がない」

 アンナの言葉から敬意がなくなった。緊張感が高まる。

「その間にヴァレンシュタインの悪事を暴けるのかね?」

「ここであんたが決断すれば、三日もしないうちに税収が戻ってくる」

「参事会に手紙を書きましょう」

「さすが。話がわかるな」

「私が動いたら、ヴァレンシュタインも知ることになる」

 警告のつもりか。ルーベンはいった。

「火花を散らすのは得意だ」

 こいつは火薬庫だ。火花みたいな可愛いもんじゃない。

「保険をつけたいのだが、よいかね?」

 ルーベンは再び顎の腫れ物を掻く。

「好きにしろ」

「失敗したら私のロードス騎士団が君たちの首を狩る。いや――、性格にはエリオット君の首を狩り、アンナさん、あなたは歯車になってもらう。いかがかね?」

「何を知ってる?」とアンナ。「私の何を知っているんだ?」

「アンナさん、あなたは賢者の石を持っている。その胸の中に。違うかね?」

「さぁな」

 とぼけるアンナ。

「私はその力が欲しい。文献によると、賢者の石は人造の肉体に結びつき力を発揮する。その魔力は血となり命の代替品となり、万物の動力となる」とルーベンは続ける。

「私を利用するってことか?」

「なぜ私が知っているか理由は聞かないのかね?」

「あんたは大物だ。そして私は裏の世界じゃ有名人だ」

「よろしい。ではいいのかね?」

「私がそこまで欲しいのか?」

「永遠だ、アンナさん。磔になり永久機関の動力として永遠に魔力を提供していただく。いいのかね?」

 どこか穏やかなルーベンの表情が不気味だった。

「問題ない。な? エリオット」

 即答かよ。

「問題あるだろ」

 エリオットはいった。失敗すればエリオットは死ぬ。「俺は死にたくない」

「問題ないよな」と再びアンナ。

 腹を殴られた。拳がめり込む。

「問題ないです」

 エリオットが唸りながら声を絞り出す。

「よろしい。決まりましたな。ロドマンを呼んできてくれないか」

「恩に着る」とアンナ。「エリオット、ロドマンを連れて来い」

 エリオットはアンナの命令に従う。


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