5-7
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螺旋階段を上りる。塔の上にルーベンの部屋はあった。
「失礼します」
ロドマンが扉を開き、エリオットとアンナを部屋に入れる。
塔のてっぺんにある小さな部屋だった。帝国自由都市マリアノフの最古参市参事会員にふさわしくない、質素で物の少ない空間。朝日が窓から差し込み、一人用の椅子に深く腰掛けるルーベンを照らしていた。皺だらけの白い肌に白く長い髪は薄く、目は青い。こけた頬と乾いた唇、顎には親指ほどの腫れ物があった。机には祈りで使う肩衣が畳まれている。
ロドマンは消えた。
「とても急用なそうで」
丁寧な口ぶりでルーベンはいった。手元にあった聖書を閉じ、机の上に置く。
「私はアンナ・アリアス・ノラノ」
「自分はエリオット・ラウファーです。はじめまして」
「すまんね。狭い部屋で。椅子も一つしかないんだ」
ルーベンはいう。「それで話とは?」
「ヴァレンシュタインをどうお考えですか?」とアンナ。
「どちらのヴァレンシュタインさんかな」
ルーベンはとぼける。
「楽園派の指導者で、最近金にものを言わせて市参事会員になった男です」
「アンナさん、だったかな?」
どうやら興味を持ったようだ。
「えぇ。よく覚えてましたね」
「なるほど。そのヴァレンシュタインがどうしたのかね?」
ルーベンの口からヴァレンシュタインへの敬称が消えた。
「私たち彼に嵌められたんです。指名手配で都市追放の危機なんですよ。助けて欲しくて」
「ここは修道院です。何か勘違いされてる」
「ヴァレンシュタインの資金源が阿片密売だとしたら? さらに楽園派のアーシュ騎士団を強くするためにアーク大陸の特別な寄生虫を手に入れ、魔導士を増やそうとしているとしたら?」
アンナの言葉をきくとルーベンが目を瞑った。何かを考えているようだった。
「寄生虫とは?」と短くルーベン。
「話が早いですね」
「いいから話してくれ」
どうやらルーベンも心当たりはあったらしい。
「魔導の才能を持つ虫で、人間に寄生するらしい。寄生された人間は魔導を使えるようになる」
「よろしい。明瞭ですな」
ルーベンは聖書の表紙に右手をのせた。「だがそれを私に伝えてどうしろと?」
「気に食わないですよね、ラナ教の楽園派が。あなたたちは十分の一税。向こうは十二分の一税。信者が長老派から楽園派にどんどんと流れていく」とアンナ。「このエリオットだって鞍替えを検討してますよ」
「それはいうな」
エリオットがいった。「ルーベンさん、アンナは時々ちょっとおかしい」
「そのようですな」とルーベン。笑いもしていない。
「ヴァレンシュタインを潰す機会を与えますよ。奴の陰謀を暴きます」
「証拠は? あなたがたを信用すべき証拠はないのですか?」
「いい質問ですね」とアンナ。
エリオットは深い呼吸をした。
「証拠なんてありません」
言い切った。
「ふむ。さてさて」
ルーベンが顎の腫れ物を掻く。
「数日でいい。指名手配を保留にしてくれ。あんたならできるだろ」とアンナ。「保留が解除されれば私たちは指名手配犯に戻って、よければ都市追放、もしくは斬首。つまりここでの会話が公になることはない。どうだ? 悪い話じゃないだろ? あんたには損がない」
アンナの言葉から敬意がなくなった。緊張感が高まる。
「その間にヴァレンシュタインの悪事を暴けるのかね?」
「ここであんたが決断すれば、三日もしないうちに税収が戻ってくる」
「参事会に手紙を書きましょう」
「さすが。話がわかるな」
「私が動いたら、ヴァレンシュタインも知ることになる」
警告のつもりか。ルーベンはいった。
「火花を散らすのは得意だ」
こいつは火薬庫だ。火花みたいな可愛いもんじゃない。
「保険をつけたいのだが、よいかね?」
ルーベンは再び顎の腫れ物を掻く。
「好きにしろ」
「失敗したら私のロードス騎士団が君たちの首を狩る。いや――、性格にはエリオット君の首を狩り、アンナさん、あなたは歯車になってもらう。いかがかね?」
「何を知ってる?」とアンナ。「私の何を知っているんだ?」
「アンナさん、あなたは賢者の石を持っている。その胸の中に。違うかね?」
「さぁな」
とぼけるアンナ。
「私はその力が欲しい。文献によると、賢者の石は人造の肉体に結びつき力を発揮する。その魔力は血となり命の代替品となり、万物の動力となる」とルーベンは続ける。
「私を利用するってことか?」
「なぜ私が知っているか理由は聞かないのかね?」
「あんたは大物だ。そして私は裏の世界じゃ有名人だ」
「よろしい。ではいいのかね?」
「私がそこまで欲しいのか?」
「永遠だ、アンナさん。磔になり永久機関の動力として永遠に魔力を提供していただく。いいのかね?」
どこか穏やかなルーベンの表情が不気味だった。
「問題ない。な? エリオット」
即答かよ。
「問題あるだろ」
エリオットはいった。失敗すればエリオットは死ぬ。「俺は死にたくない」
「問題ないよな」と再びアンナ。
腹を殴られた。拳がめり込む。
「問題ないです」
エリオットが唸りながら声を絞り出す。
「よろしい。決まりましたな。ロドマンを呼んできてくれないか」
「恩に着る」とアンナ。「エリオット、ロドマンを連れて来い」
エリオットはアンナの命令に従う。
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