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 フィギンを連れて市外へ。ルスターク川沿いにある水車小屋に来た。明かりのほとんどない森の中だった。川の音が響く。

「おい、いるか」

 アンナが乱暴に水車小屋の戸を叩く。この女には全てにおいてエレガントさに欠けている。「出ろ」

 水車小屋の戸が開いた。

 青い血管が肌に透けてみえる細い男が顔を出した。悪臭を漂わせている。眠たそうな厚い瞼をして、鎖骨と首の間に大きな切り傷があった。

「ほら、これだ」

 アンナが金を握らせると、男は何もいわずに小屋を出て行った。

「なんだ、あいつ」とエリオット。

「この小屋の主だ。金さえ渡せばいつでもここを使わせてもらえる。用途を聞かないのがいい。クソデブを連れて入れ」

「おい、デブ。入れ」

 背中を押して、フィギンを水車小屋の中へ。フィギンは入り口付近で立ち止まり、不安そうに小屋の中を見渡す。

「ここへ座れ」

 アンナが隅にある椅子を中央に置いた。早速、呼吸が乱れているフィギン。明かりは蝋燭一本だけ。暗く、湿気の高い室内に恐怖の感じているのだろう。

「デブ、座れ」

 エリオットがもう一度いうと、フィギンはゆっくりと腰掛けた。

「エリオット、クソデブを縛りつけろ」

 アンナの指示に従い、縄でフィギンの身体を椅子に固定した。

「エドゥアールは死んだ」

 アンナは壁にかけてあった鞭を手にした。なぜ水車小屋にそんなものがあるのかは聞かなかった。ここはそういう場所なのだ。

「何も知らない」

「誰に義理立てしてる?」

「何も知らないんだよ」とフィギンは繰り返す。

「知らないはずないだろ。お前はエドゥアールと仕事をして、その報酬で二週間前に借金を返済している」

 フィギンは黙った。「借金返済という点は褒めてやろう。だが私の質問に答えないのは褒められたことじゃないぞ」

「お願いだ。何も知らない」

「そうか。その言葉を信じるよ」とアンナ。

 鞭を振り上げ、フィギンの太ももに打ち下ろした。

「あぁぁぁぁぁぁ」

 フィギンの悲鳴。「やめてくれ――」

「何を取引した。どうして何もいわない。エドゥアールは死んでるんだぞ」

 また鞭で打ちつける。フィギンの声が響く。

「俺には無理なんだ。話せない。話したら殺される」

 懇願するフィギン。汗が噴出し、目は充血していた。

「話さないとここで死ぬ」

 鞭が空気を切り裂く音。「これから一晩中鞭打ちされたいのか?」

 フィギンは震え、叫び、鞭を避けようとして椅子に固定されたまま転んだ。椅子に縛り付けられたまま床に転げるフィギンは芋虫のようだった。

「なんだ、お前、変態だったのか」

 アンナが微笑み、鞭を床に叩きつけ音を響かせる。「だけどそんな顔してる」

 また鞭打ち。

「話せ」

 フィギンに答える猶予を与える間もなく連続して鞭をくらわす。

「どうした? もう話す気になったか?」

 鞭打ちは続く。

 フィギンは喉を潰したような悲鳴にならないうめき声を上げて泣いていた。鼻水も垂れている。逃げようと必死だが、身体は全然動いていない。

 アンナが「話せよ」と鞭を振り下ろす。

「もういいだろ」

 エリオットが振り上げたアンナの腕をとった。「悪趣味だ。これは仕事だろ?」

「私に命令か?」

「いつもそれだ。そうだよ、命令だ」とエリオット。それから床に倒れているフィギンを起こし、「おい、デブ、話せ」と頬を叩いた。

 フィギンは俯き黙っている。

「おい、話せ」

 エリオットがいった。アンナは鞭を持って待つ。エリオットはアンナを見て、「もう少しだけ」と伝えた。

「フィギン、ここで話さなきゃマジに殺されるぞ」

 顔を上げさせ、フィギンに語りかけた。「知っていることを話すだけでいい。な? できるだろ?」

「俺は殺される。昨日の晩、赤いローブを着た魔導士が来て、あんたらと同じことを聞いた。あんたらよりも丁寧な脅しだったけどな」

 赤いローブを着た魔導士――。覚えがあった。

「その魔導士は大男だったか?」とアンナ。

「あぁ。そうだ。あんたらの知り合いか?」

「お前は質問するな。質問するはこっちだ」

 アンナがいった。

「悪かった」とフィギン。

「赤い魔導士はなにを?」

「エドゥアールだよ。俺がエドゥアールの依頼で仕入れたブツを欲しがってた」

「そのブツの在り処を教えたのか?」

「教えてやったさ」

 笑みを浮かべるフィギン。

「余裕だな」

「鍵がなきゃ開けられない」

「鍵ならあるぞ」

 アンナがフィギンに見せた。「これだろ」

「なるほど。あんたらも同業者だったのか」

「ブツはなんだ。お前は何をどこから仕入れた」

 エリオットがいった。

「知らなかったのか」

 驚くフィギン。「まぁそうか。エドゥアールは秘密主義者だった」

「お前は何を仕入れた」とアンナ。

「虫だよ」

「虫?」

 エリオットが聞き返す。アンナは興味深そうな視線をフィギンに向けていた。

「虫の卵だ。強烈で強く凶暴な虫。俺たちのいるメイスター大陸、お隣のサウスバンス大陸でもない。まだ誰も行ったことがない別の大陸から来たといわれてる虫の卵さ」

「アーク大陸か?」

 アンナはいう。

「名前はいくらもである。アーク、エスター、ユーリカ。国や地方によって、その呼び名が変わるような、あるのかもないのかもわからない大陸。つまりは神話にあるヴォージャの大陸だよ。神話でラナ様に破壊されたヴォージャの土地さ」

「どうしてお前はその虫の卵を手に入れた」

「エドゥアールが手に入れた。そして俺が仕入れた。俺はあんたのいうアーク大陸に伝手はない」

「凶暴な虫とは具体的に?」

「蟻より少し大きい。だが顎も強く、素早い。餌は阿片だ。その虫は阿片しか食べない」

「金のかかる虫だな」

 阿片は餌だったのか――。

「だが驚くなよ。その虫は魔導の才能がある。金をかける意味があるってことさ。俺のいってる意味わかるか?」

「喋っているのは同じ言葉だ」

「魔導の才能を持つ人間は一万人に一人といわれてる。誰もが使えるわけじゃない。才能があっても魔導士と呼ばれるレベルになるのはさらに少ない。だがその虫たちは違う。全てが魔導の才能、つまり魔力を持って生まれてくる」とフィギン。

「ちょっと待て。その話が本当だとしても、その虫を手に入れてどうするんだ? 虫は制御できない。魔導士のように兵器として利用できないだろ。そんな虫を街に放っても混乱するだけだ」

 エリオットがいった。

 魔導士は兵器だ。エリオットは魔力を持っていても死刑執行人という立場から、戦場に出ることはなかったが、多くの魔導士は都市や教会に雇われ、兵器として扱われる。

「虫は寄生虫なんだよ」

 フィギンがいった。「意味わかるか?」

「なるほど。人間に寄生させれば魔導士を量産できるってわけか」

 アンナがいった。

「理解が早くて助かる」とフィギン。

「本当の雇い主が誰かは知ってるのか?」

 エリオッがいった。

「さぁな。誰でもいいんだ、俺は」

「その寄生虫は赤い魔導士に渡したんだよな?」

「あぁ。だがあんたらの鍵がなくちゃ封印は解けないはずだ。エドゥアールが特別に作らせた壷らしい。魔導で封印されてる」

「阿片の鍵じゃなかったんだな」とエリオット。

「あと――」

 フィギンがいった。

「なんだ?」とアンナ。

「赤い魔導士だが、虫に寄生されて魔力を手に入れた。本人の話だと奴が成功者第一号らしい」

「なるほどな。効果は実験済みなわけだ」

 エリオットがいt。

「まぁいい。結果は上々だ。情報が手に入った。行くぞ」

 アンナが鞭を捨てる。

「こいつは?」とエリオット。

「生きてる」

 アンナが水車小屋を出ていく。

「あぁ、たしかに」

 エリオットも立ち去ろうとする。

「ちょっと待ってくれ、縄を解いてくれ」とフィギン。「食い込んで痛いんだ。なぁ、あんた。エリオットっていうんだろ? さっき優しくしてくれたじゃないか。助けてくれ」

「まぁがんばれ」

 エリオットは水車小屋を出た。


   ■


 水車小屋を出る。アンナが突っ立っていた。

「いやな予感か?」とエリオット。

「囲まれてる」

 アンナがいった。

「何に? 愛とかそういうか?」

「いや、残念ながら敵だ」

 アンナが笑う。

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