3-5
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エーリカの屋敷へ移動する。市庁舎と自由中央広場の間にあるオーク通りを西へ。大きくはないが、品のある屋敷がエーリカの住処だった。すぐ近くにルスターク川がある。
衛兵の姿が見える。エリオットとアンナは木の影に身を潜めた。
陽は落ちてもう夜になっていた。
「儲かってんだな」とエリオット。
息が白くなる。今夜も寒くなりそうだ。
「騎士団の幹部で阿片密売の実行係だ。儲かっていないはずないだろ」
アンナが嬉しそうにいう。金のにおいが好きなのだ。「食い込んだらかなりの金が頂けるぞ」
思考がイケイケだ。アンナは欲望に対して忠実すぎるくらいに忠実だ。
「侵入するのか?」
「難しいだろうな」
門、バルコニー、屋敷の周りにも衛兵。「さすがに裏の担当者だけあって、警備が厳重だ。衛兵の装備にもアーシュ騎士団の刻印がある。ぼんくらが警備しているわけじゃなさそうだ」
「あんたなら勝てるんじゃないのか? あんたは強そうだ」
「強いんだよ」
「行って全員やっつけてきてくれ」
「騒動を避けたい。全ての証拠を消されたら脅しも何も出来ないだろ」
「脅しって――。まるで悪党だな」
エリオットが自虐する。「正義と金の両立はどうした」
「正義は犠牲の上に立つ。相手は楽園派の指導者ヴァレンシュタインだ。奴は市参事会員だぞ。騒動になったら、指名手配されて都市追放なんて簡単だ。あくまでゆっくり静かに気づかれずに近づき、喉元にナイフを突き立てて、金を貰って嵐のように去る。そういう必要がある」
「随分と難しそうだが」
「私は元諜報員だぞ」
「抜かりないってわけか。おい――」とエリオットが指差した。
馬車がやってきた。引いている荷物には布を被せている。そのままエーリカの屋敷に向かいそうだ。衛兵が門に手をかける。間違いないだろう。
「乗り込むぞ」
アンナは動き出した。
「待てよ」
「早く来い、ノロマ」
屈みながら素早く移動し、荷台の後ろについた。そのまま布の下へ入り込む。積荷の角が頭に当たって痛い。馬車は二人を乗せたまま、エーリカの屋敷へ入っていった。
「いつ降りる?」
エリオットがいった。
「止まったら」
「へぇ~、そりゃ簡単だ」
馬車が止まった。
■
荷台の先から、声がした。何かを喋っているようだ。
「今のうちに出るぞ」
アンナの指示に従って、荷台から降りる。搬入先は倉庫のようだ。無数の箱が積んである。
向こうにある扉を合図される。そこへ向かうということだ。エリオットは頷いた。横目で前にいる使用人たちを見た。
「アンナ」
背中に触れ、動きを止めた。「今、馬から降りたやつ。村にいた」
アンナは立ち止まり、馬に乗って使用人と話している男を見る。箱の影に身を隠した。
「確かに。見覚えがあるな」
そのうちに使用人が奥の扉から立ち去った。見覚えのある男一人になる。馬から降りて、荷台のほうへ。こちらに来る。
「襲撃だ」
呟いたときには動いていた。
アンナが飛び出し、男の顎に拳をお見舞いした。
「ふざけんな」
出遅れたエリオット。アンナは倒れこんだ男をうつ伏せにして押さえ込み、腕を決めていた。
「何やってるんだよ」とエリオット。
「お前の希望だろ」
「それはあんたの希望だろ。俺の希望をそんな風に扱うな。希望ってのは尊いものなんだよ」
「まだ人は死んでない」
「最悪だよ」
「殺せってことか?」
「殺すな」とエリオット。
何が騒動を起こさずにいたいだ。
エリオットは心の中で悪態をつく。
「わかってる。おい、お前、動いたらぶっ殺すぞ」
アンナが抑え込んでいる男にいう。
「何者だ」と男。「何なんだ、一体」
「知ってるだろ。阿片だよ」とアンナ。「エーリカ・クローゼンに話がある。どこにいる」
「阿片なんて知らない」
男がしらばっくれる。
「エリオット、痛めつけろ」
「なんで俺なんだよ」
「お前も働け」
「クソ」
背中を踏みつけた。
「お前、それでも死刑執行人か? 拷問はしてなかったのか?」
「一瞬で殺すのが一流の首斬りなんだよ」
「確かに。拷問されて冤罪を着せられた奴を殺すのが仕事だもんな」
「いちいち嫌味な奴だな」
エリオットは再び背中を踏みつけた。「エーリカはどこだ?」
男にいう。
「お前ら、やばいぞ」と男。
「ご心配どうも。親戚の叔父さんでもそんなに私のことを思ってくれないよ」
アンナはそんな忠告も意に介さない。「だが今、やばいのはお前だぞ」
「聞いたことを話せよ」とエリオット。
「死ね」
男が吐きすてる。
「出来ることなら今すぐにでも死にたいね」とアンナ。
後頭部を叩きつけ、地面に顔面を押し込んだ。「エーリカはどこだ。奴と話がしたい」
「いない。ここにはいない」
「嘘は嫌いだ」
アンナが腕を折った。乾いた音が響いた。男がうめき声をあげる。すぐに男の顔から汗が染み出してくる。
「嘘じゃない」
男の口調が変わる。懇願するような喋り方。声量も小さくなった。呼吸が乱れている。
「阿片ならそこにあるからもっていけ」と男は続けた。「けどエーリカ様はいない。今夜はここにいないんだ」
「なぜいない?」
「明日は楽園派の集会だ。その晩、幹部は修道院に集まる」
「なぜ集まる?」とアンナ。
「何か緊急事態があって、明日は集会もある。だからだ」
なるほど。幹部たちの情報共有か。緊急事態の理由は俺たちだ。
「エリオット。お前がエドゥアールに渡した紙切れ、覚えてるか?」
「あぁ。こいつがいってるのはその集会だよ。指導者のヴァレンシュタインが布教の為に説法する」
「私たちも行くぞ」
「ほんとに?」
「指導者様とご対面だ」とアンナは微笑む。
「マジかよ」
エリオットはため息を吐いた。
■
夜が明けて翌日。リブス通りにある聖母フラウエン教会へ。
「あの男は大丈夫かな」
教会前の広場でエリオットがアンナに呟いた。昨晩、エーリカの家で襲った男だ。そのまま拉致して、市外の木に縛りつけている。
「狼に食われているかもな」とアンナ。
「悲しいな」
「心の底からそう思ってるのか?」
「同情はしてるよ」
教会前の広場には人が集まっている。
「すごい人気だな」
アンナは呟いた。「貧乏人ばっかだ」
「そういうな。教会税が安くなればみんな幸せになる。長老派のやり方は汚いしな」
「こっちは阿片の密売人だぞ」
広場が沸いた。仮設の壇上に、人が上っていく。広場にいる人々が拍手を始めた。
「あれがヴァレンシュタインだ」とエリオット。
朱色の祭服を着た長身、長髪の老人が民衆に手を振っている。首と腕には金色の宝飾品。祭服には白い十字架に薔薇の刺繍。鷲鼻、窪んだ目元、顔にはシミ。胸まで伸びた長い髭は白髪交じりだった。
「やっぱり左腕がないんだな」
アンナが腕を組みながらいう。言葉通り、ヴァレンシュタインは左腕、肘から先がない。左の裾が風で旗のように揺れる。「後ろに並んでいるのはアーシュ騎士団の幹部たちだろうな」
「あぁ」
エリオットは頷いた。
二人の視線の先には、ヴァレンシュタインの後ろに立つエーリカの姿があった。
ヴァレンシュタインが聖書を開いて、説法を始める。広場の人々が耳を傾けるため静まった。
抑揚、身振り手振りを駆使し、視線を隅から隅まで動かしてヴァレンシュタインは話をしていく。
「詐欺師だな」とアンナ。
「エーリカはどうする」
エリオットは息で手を温めた。外なので寒い。
「隙を見て接触する。尾行するぞ」
アンナがそういったときだった。
女が走りこんできた。ヴァレンシュタインに向かって突っ込んでいく。
「お、なんだ」
アンナがいった。
「あの女、ナイフ持ってるぞ」とエリオット。
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