イージーゲーム?

「皆さん、今です!」


 ソラリスの引きつった表情がついに人間である俺の目でも確認できる距離まで達した頃、イヴは合図を出した。

 それに従い、俺とセレンは己の持つ飛び道具を放つ。


 一番槍は、セレンのスズラン爆弾だった。

 まるで自ら意思を持っているかのように、投げられることもなく浮遊すると、迷いなく魔道具人形ソーサリー・ドールの大群の直前まで飛行し、等間隔に並ぶと同時に炸裂した。

 

 その爆風の威力は凄まじく、遅れて着弾した俺の火炎岩の若干量を消し飛ばすほどだった。

 久しぶりに目の当たりにしたが、当初出会った頃見たよりも威力が上がっているような気がする。体の成長が爆弾の威力にも結び付くのだろうか?

 

「どうしたの? 手が止まってるわよ」

 

「おっと」

 

 シアに頬をぺちりと打たれた。俺の肩の上から、器用に体を捻ってこちらを覗き込むその顔は、いかにも不可解だという表情を浮かべていた。

 俺は自分が火炎岩を撃っていないことにようやく気付く。どうも、うっかり考え込んでしまっていたらしい。こんな形で表情のうまい作り方を身に着けられては癪なので、俺は気を引き締める。

 

『蕾』とその能力に関する興味は尽きないが、敵を目の前にして考え込むほどのことではない。

 当初に比べてすっかり小ぢんまりとした所帯になった魔道具人形ソーサリー・ドール連中に再度火炎岩を撃ちこむ。今度はできるだけ狙いをつける。


……あ! 発射したうちの一つが、ソラリスの進行先目掛けて飛んで行ってしまった。彼女との距離はもうかなり近い。まずい、当たるか?


 だが、心配する必要はなかったようだ。

 身をよじって火炎岩を避け、刃の折れた大鎌を払うように振るい火炎岩を打ち飛ばす。軌道を変えた火炎岩は、ソラリスの後方に居た魔道具人形ソーサリー・ドールの胸から上を砕いた。

 直後、スズラン爆弾の第二波が大群の中に到達し、炸裂した。これで見える範囲の魔道具人形ソーサリー・ドールは全て始末したことになる。


「ふう、相変わらずすげえな」


「私、掃除は得意だから」


 俺が一息ついていると、セレンは誇らしそうに胸を張った。

 ソラリスも魔道具人形ソーサリー・ドールの全滅を認知したようで、走りを緩めタラタラ歩いてこちらまで寄ってきた。

 

「ノーコン野郎、姉さんを降ろしなさい……ヒッ」


「うむう」


 鎌の折れた刃先を突き出すソラリス。

 ただし、エイブラハムの背後から。

 

 急に背中あたりの服をぎゅっと掴まれたエイブラハムは思わず呻く。

 シアを担いでいたことが気に食わなかったのだろうが、セレンの存在に気付いた途端、傍にあったでかい障害物……エイブラハムの陰に潜り込んでいては、どれだけ凄んで見せようが形無しだ。


「フフッ、フフフ」


「笑ってないで教えてください。どうしてまだ一緒にいるんですか。危ないからいけないと言われたでしょう。忘れたんですか」


 大鎌の柄を掴んだ腕をぴんと伸ばして、セレンを指し示すソラリス。その腕には青筋が走っており、どれだけの力が込められているかを物語っていた。

 そんなソラリスを他所に、シアは呑気にも堪え切れないという様子で笑いを零す。


「ウフフ、ごめんね。でもそれなら、大丈夫よ。今のセレン姉さんは口も利けるし、何も壊したりしないわ。あなたの思ってるような怖い姉さんはもういないの」


「……違うよ。そうじゃないの」


「え?」


 笑っているシアとは対照的に、視線を下へと泳がせるセレン。

 何を気に病むことがあるのかと俺が確かめようとしたとき、轟音と共に、視界が暗くなるのを感じた。

 

 影が差してきたのは背後、従って振り返ると、巨大な噴砂の柱がそびえ立っていた。

 それが風にさらわれ全貌が明らかになるのを、茫然と眺める俺達。

 

 その先には、金属の巨人が佇んでいた。

 まさに今、高所から落下してきたといわんばかりに中腰で足を開き、大地を踏みしめている。

 大きさは、大体人間の……何十倍だろうか? 下手な塔より大きい気がするが、比較対象にできるものが足元の岩ぐらいなもので、いまいち掴み辛い。

 

「……あれにも追われていたのか?」


「いえ、初めて見ました」


 反動を片付け終えたのか、曲がった膝が伸びるほどに血の気が失せていくのを感じる。

 

「あれも、……魔道具人形ソーサリー・ドールなんですかな」


「いや……分からね」


 巨人の着地から数十秒。着地で受けた印象とは裏腹に、かなり軽快な足取りでこちらに歩み寄る。

 

 ここから離れなければ、と本能が体に命令を下す。俺はそれに忠実に従うべく、走れる奴以外に石馬へ乗るよう促そうとした。

 だが、巨人の目が赤く凄まじい光を放ったとき、俺の意識はそこで途切れた。

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