アジサイ

「どうして戻ってきたの?」


「もちろん、お前を止めるためだ」


「私を止める?」


 シアは鱗を抜き取る手を止めずに、顔だけをこちらに向ける。

 俺達が一旦下がる前よりも、青龍の身体は更に鱗を失い、剝き出しになった部分が広がっていた。痕からは少々ながら血が滲み出ており、目にするのも痛々しい。

 彼女が握っている袋は二つに増えている。鱗の行き先は、その中だろう。


「その輪っかを取り除けば、お前は行動の決定権を取り戻す。それで間違いないな?」


「そうよ。だけど、できるの?」


「無論だ。まあなんだ、多少は痛むかもしれんが、我慢してくれ」


「……あんまり近づかないようにね。また花弁の槍が反応してしまうかも」


 首を直角に傾けて、疑問を示すシア。相変わらず表情に変化はなく乏しいままだが、ならば代わりに過剰気味な反応で感情を表そう、という取り組みのつもりなのだろうか。


 こちらが粘着弾の瓶を構えて攻撃の意思を示してもなお、シアは青龍の傍から離れず鱗を剝こうとしている。

 彼女が青龍の身体の上にいるままでは、青龍を誤射してしまう恐れがある。どうにかして、今の位置を動いてもらわねばならない。


 アンヘリカを探して、彼女が手当たり次第に……花弁の槍と呼んでいたか、それを伸ばしていた時の記憶を引っ張り出す。

 おそらくは、十メートル程度のはずだ。花弁の槍が届く範囲を見定めた俺は、思い切って前に出る。

 

「クレイグ! 危ないよ!」


 粘着弾の瓶を握っていない左手を挙げて、セレンに問題ないことを伝える。さすがにシアから目を離すことはできず、直接確認しやしないが、伝わっていると信じる。

 

 距離が十三メートルほどになった時点で、シアは背負った『蕾』からバツ字状に生えた、四つの花弁を巨大化させ展開。そのうち二つの先端を伸ばしてこちらを狙う。

 花弁の槍は、進路上にあった樹などの障害物を構わず貫きながら直進し、俺から二メートル手前程で止まる。


 彼女が攻撃と同時に、青龍の身体を蹴り跳ねた為、予想していたより迫ってきた。少しばかりヒヤリとさせられたが、射程に関して確信を持つ。

 花弁の槍の根元が、先端と同等といえるほどに細くなっている。どうやら、あの太さが伸ばせる限界と見た。


 絶対に、あの攻撃を受けてはならない。改めて確認して思ったが、威力はもちろんのこと、恐ろしい速度だ。少なくとも、火炎岩よりは速いだろうな。


 伸ばし切るとコントロールが効きづらいのか、伸び切った花弁の槍は緩慢な動きを見せる。半分ほどを引き戻し、次の攻撃に備えている様だ。


 アンヘリカは、そろそろ樹上に陣取れた頃合いだろうか?

 それだけの時間は取れたはずだ。あとは、射撃の隙を作ってやらねば。

 

 構えた瓶から粘着弾を六発撃ち出す。

 一気に薙ぎ払われてしまわないよう、ある程度間隔を置いた。迎撃にはできるだけ多く花弁の槍を使ってもらわねば話にならない。

 

 案の定、迎撃の為に伸びる花弁の槍。器用にも二本がそれぞれ、団子に串を通す要領で粘着弾を二つ貫く。残る二本の槍も粘着弾を一つずつ貫いた。


 花弁の槍は粘着弾をへばり付かせたまま、後ろへ大きくしなる。

 なぜ引き戻さない?


 疑問に思ったのも束の間、こちらへ向けて粘着弾をぶん投げてきた!


 俺は一気に真横へ飛び込む。粘着弾はそこらに落ち、重みを感じさせる水音がいくつか響く。

 とんでもない力だ。まさかあの粘度を物ともせず、投げ飛ばしてこようとは。


 俺が体勢を崩しているうちに止めを刺さん、と言わんばかりに花弁の槍が飛んでくる。

 なんとか立て直してどう避けたものかを検討していた時、シアの背面の繁みがチカリと輝いた。

 まだ射程に余裕があるのにも関わらず、花弁の槍はビクンと震え上がって動きを止めた。


「きゃっ。また」


 シアから見て右手下側の花弁根元に、深々とボルトが刺さっている。そこから伸びていた槍はだらりと垂れ下がった。

 成功だ。できることならこの一撃が頭か『蕾』あたりを掠めて、気を失ってでもくれれば早い話だったのだが。

 しかし、アンヘリカはただでさえ難しい反射板越しの射撃をやってのけてくれているのだ。そこまで期待するのは虫が良いというものだろう。


 すかさず、シアはボルトの飛んできた方向へ花弁の槍を伸ばす。


「……板?」


 貫かれた反射板はバキリと乾いた音を立て、崩れ落ちる。

 シアはまたもや、首を直角に傾げている。その疑問は尤もだろう、板がボルトを放つわけがない。

 残る花弁の槍をあちこちへ伸ばしたり、辺りをきょろきょろと見回してシアはどうにか要因を探ろうとする。

 

 見えない相手を警戒するのはわかるが、目の前の相手を忘れるなよな。

 瓶を構え、粘着弾を放つ。独特の発射音を聞きつけて、はっとした様子でシアは振り向く。


 寸前まで迫っていたが、認識さえしてしまえば迎撃は容易いらしく、花弁の槍が三本になろうとも放った粘着弾は全て刺し貫かれる。

 同時に、シアのやや左後方あたりから反射板が輝くのが見えた。迎撃される心配なしとアンヘリカは判断したのだろう、しかし、ボルトはあらぬ方向へ飛んで行ってしまった。

 地に刺さるボルトをちらっとだけ見ると、シアはそのまま間髪を入れず、先程のように粘着弾を投げ返した。

 

 さすがに二度目では驚きもしない。

 だが、馬鹿力から繰り出される投擲。初速は正直言って、瓶から発射されるよりもずっと速い。

 左足に嫌な粘り気を感じるのにそう時間はかからなかった。


「しまった!」


 すぐに軍手を取り出して引き剥がさなければ……。

 シアが花弁の槍を引き戻して、こちらに伸ばしてくる速度とどちらが速いか。


 ここは一か八かだ。

 俺はセレンを引っ張った時と同じように、糸状の粘着弾をシアに向けてではなく、反射板の方へ発射する。

 先程効果を発揮したばかりの反射板は光を失ったまま。あの状態ではただの板。だから角に粘着弾が付こうが跳ね返さない。


 セレンよりは軽い反射板を引っ張るのは簡単なことだった。引き寄せた反射板がやがて光を取り戻したことを確認すると、迫り来る一対の花弁の槍に向けて立てかける。


 先行した一本の槍が跳ね返され、遅れて着いて来ていたもう一方の槍に突き刺さり、砕く。

 シアは目を見開いていた。今までまるで表情が変わらなかった彼女のことだ、相当驚いているに違いない。

 

 糸状の粘着弾を切り離し、通常の粘着弾を頭目掛けて撃ち放った。

 見えてはいただろうに、シアは対応できずもろに顔面に受ける。粘着弾はそれなりの質量を伴うため、人の頭に命中した場合は、その体勢を大きく崩させる。


 彼女は背後の木に打ち付けられると、そのまま頭から貼り付いて動かなくなった。

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