魔道具技師は護衛もお任せ

どうぞう

第一章

魔道具技師は護衛もお任せ

 モーリスという男が寄越す仕事は、いつも面倒なものばかり。

 しかし、今回ばかりは楽に稼げそうだ。

 片付いたら、久しぶりに酒でも飲んでみようか?


「本当、雑草が生えるみたいに湧いてくるな。いつも通りだ」


 塔から塔へ、荒野を往く道中。

 俺はのんきに金の使い道を考えていた。

 後ろから迫ってくる野盗共を、魔道具ソーサリー・ツールによって動く石馬の上から眺めながら呟く。


 もともと野盗は八人居たが、既に三人は俺が撃ち落としたから、今追ってきているのは五人。

 俺一人で移動しているなら無視すればいい話だが、今日は依頼主を連れているので、念のため応対することにしていた。こればかりは、いつも通りというわけにはいかなかった。


「クレイグ殿! あいつらは、まだ追ってくるのですかな? 諦めの悪い奴らですな!」

 

「石馬の上であんまり喋ると、舌を噛むぞ。学者殿」


 依頼の前金で俺がこさえた石馬に同じように跨り、横に並んで走る老爺、エイブラハム。彼が今回の仕事の依頼主だ。学者と言っても、いいもん食ってるからか俺より背も高く体格もいい。他にこんな逞しい爺さんを俺は見たことがないが、野盗が追ってきているという状況には不慣れなようで、落ち着きを得られずにいるようだ。


 塔の下に広がる町、塔下町から一歩外に出れば、そこは無法地帯。己の身、財産その他は己で守る必要がある。わざわざ荒野を管理しようとするような、物好きな組織など存在しない……いや、一つだけあるにはあるが、その影響力は微々たるものだ。


 つまり野盗への対抗手段を持たない者が荒野に繰り出そうとするなら、まず護衛を頼ることになる。


 野盗共との距離がまた近くなる。この石馬、やはり石でできているからか、大き目のロバくらいの速度しか出ない。

 しかし、野盗共が追走に使っているロバの体格はいたって平凡だ。にも関わらず今にも追いついて見せようとしているこの速度。

 動物に無理をさせるとすぐへばるぞ。知ってのことだろうか?


 と、一期一会となる相手の心配をしても仕方がない。

 俺は手綱と一緒に握っていた短杖を掲げた。短杖は先端にはめられた核石を赤く輝かせ、握りこぶしほどの岩をいくつか生成し、炎を纏わせながら放出する。それらの火炎岩は人の手で投げられた程度のスピードで、奴らの真横、足元、頭上などを通り過ぎていく。

 これも、石馬に並ぶ俺手製の魔道具ソーサリー・ツールの一つだ。今回の仕事を勝ち取れた理由の一つでもある。


 魔道具ソーサリー・ツールとは、魔力の原動機を備えた道具だ。

 原動機は地域に漂う魔力と、それに使われている核石の相性が合っていれば、その魔力を収集、精製し、魔法もどきを発動できる。


 原動機というとけったいな名前がついてはいるが、その作製方法は奇妙そのもの。

 植物やら動物の皮だとか、多くの場合はがらくたなどを用いて作られるなど、かなりでたらめじみたものだ。


 それは俺やエイブラハムみたいな、魔力がほとんどない人間にも扱える便利な代物だ。そうした事情から武器や石馬の駆動のほかにも、食品の冷蔵、日光の遮断など、あらゆる用途に用いられる。


 デメリットを挙げるとすれば、魔力の充填に時間がかかるくせに、枯れ切ってしまえば二度と使えなくなること。また、必要とする調整の回数がやたらと多いことが挙げられるだろう。

 こういったデメリットの存在は、魔道具ソーサリー・ツール技師として生きる者にとってはありがたいことだ。おかげでクレイグは、技師として修理や調整といった仕事に安定してありつけている。


「しかし、素晴らしい手際ですな。今まで護衛を頼んだ者たちよりも、野盗の対応に慣れていると見える」

「こういう手合いとは、塔の増築をしていた時にいやというほどやり合った」

「その年齢で、熟練というわけですかな。それは頼もしいですぞ。それではクレイグ殿、いつ我らは追われる身分から脱却できるのですかな?」

「ったく、爺さん方は気が長いってのが相場だろうに」


 悪びれない態度で状況の打開を求めるエイブラハムに対し、クレイグは小声で毒づきつつ、彼の石馬の横に並ぶ。


「数が多いんだ。順番に仕留めてるから、もう少し辛抱してくれ」

「頼みますぞ。なんせモーリス殿唯一の推薦人物ですからな!」


 エイブラハムが求めていたのは、それなりの腕っぷしと、魔道具ソーサリー・ツールに関する深い知識を持つ人材だった。

 腕っぷしは魔道具ソーサリー・ツールで解決できるといっても、俺は簡単な自作と、修理ができる程度で、その知識が深いかというと疑問がある。それでも、この仕事を俺に回してきたモーリスには、条件に合う人間を他に用意できなかったらしい。


 それでも、及第点は得られたからそのまま依頼、という流れになったわけだ。

 石馬に乗ったときの学者殿のはしゃぎ様といえば、やはりそんな爺さんは他に見たことがない、というくらいのものだった。他所で人探ししていた時にでも、魔道具ソーサリー・ツールの紛い物でも見せられ続けていたのだろうか。


 なんにせよ、この依頼を受けられたのはかなり運がよかった。

 報酬金があまりにも破格なのだ。

 まず前金が、『雲裂塔クラウドブレイク』紙幣にして三十。

 

雲裂塔クラウドブレイク』とは、世界で最も高い塔だ。

 塔の高さが持つ力を示すこの時代では、その通貨ももちろん世界で最も価値が高いということになる。


 その中でも価値が高い紙幣のことだ。三十枚もあれば、さすがに『雲裂塔クラウドブレイク』真下の塔下町では厳しいだろうが、ここらの地域なら四人家族が数か月はのんびりと過ごせるだろう。

 それだけの金を、遺跡のある町まで護衛して、ちょいとその調査を手伝ってやるだけで得られるというのだ。俺も思わず二つ返事で依頼を受けてしまったくらいだ。


 それに加えて、額を考えれば同額であってもおかしくはないだろうに、達成報酬は相場の割合通り、前金の二倍ときた。

 本来なら高額報酬の依頼には、それに比例する危険が付き物だ。

 こんな金額が付く依頼が仮にあるとしたら、要人の護衛ではなく暗殺となるだろう。もちろんそんな依頼がわざわざ俺の元に届くわけもなく、見たことどころか、聞いたことすらない。


 それだけの金を払うということは、今回の依頼内容である、かつて『雲裂塔クラウドブレイク』以上の高さを誇ったという『千重塔サウザンド』。

 その文明を引き継ぐ集落の調査に対して、学者エイブラハムはよほど入れ込んでいると見える。


 飛来し続ける火炎岩にたじろぐ野盗共。しかし彼らの石馬の足を止めるには至らない。体勢を整えるとすぐに走り直した。最低限の威力はあるが、精度が悪いのがこの杖の欠点だ。なかなか決定打を叩き込めない。


 野盗の一人が頭上で輪の付いた縄を振り回す。俺達のどちらか一方を石馬から引きずり落とすための投げ縄だ。

 縄は獲物に狙いを定め切った蛇の如く、野盗の手を離れ跳躍する。俺はすかさずそれに火炎岩を放ち、弾き返す。精度の悪い杖だが、さすがにすぐ目の間まで迫って来たものには狙って当てられる。


 投げ縄に火が着くが、それを持つ野盗は発火点を一発地面に叩きつけて消火する。縄を持った野盗は三人いるので、これを続けざまに三度繰り返すまでがワンセット。

 野盗という荒くれ者達にしては統率が取れている行動といえなくもない。だがワンパターンが過ぎるな。二セット目からはそれに合わせてカウンターを叩き込める程度には察することができた。


 縄役以外の二人は包囲役を任されているが、火炎岩による牽制が効いて、追い払われ続けているので成り立っていない。だから護衛として俺が意識するのは、投げ縄の迎撃だけだ。

 といってもこのまま続けていてはいたちごっこもいいところなので、彼としては火炎岩をさっさと誰かしらにぶつけてやりたいところだった。

 しかしいかんせん杖の精度が悪く、予測が上手くいき三人を撃ち落として以降、為せないままなのだが。


「俺が前にいた地域では、少し火炎岩を放って見せてやると、すぐ逃げ出すような奴ばかりだったんだがな。おかげでこんな杖でも虫除けになったんだが……」

「それだけこの辺の野盗共は追い詰められているということですな」

「野盗に身を窶すような奴は、どこでだって追い詰められてるよ」


 奴等はこの略奪に命懸けで臨んでいる。

 舐めたことはするな。ということか。

 クレイグの口角が自然と少しだけ上がる。


「残量が気になるが、仕方ない」


 先ほどの短杖をもう一本取り出し、二本とも右手に握る。


「なんだ、もう一本あったんですかいな」

「これは予備だ」



 二本の短杖を掲げる。発射される火炎岩の量は二倍になった。

 突如飛来する量を増やした火炎岩に野盗共は思わず面食らってしまい、次第にそのうちの一発が彼らの一人が駆るロバに命中する。火炎岩はロバの脚を砕き、肉を焦がす炎がじわりと馬具を伝わり、野盗の衣服を浸食していく。


 その瞬間、先に使っていた方の杖から輝きが失せた。

 核石に使用限界が来たらしい。


 まあ、もともと火の魔力以外ほとんどないようなこの土地で、四割も土くれ……土の元素を使って構成した核石だ。間に合わせで作ったにしてはよく使えた方だろう。 


 当たった野盗が転げまわると、他の野盗たちが大急ぎでそいつに群がる。

 彼らは石馬から降りるやいなや、火だるまの仲間を己の外套ではたく者、足で砂をかけまくったりする者など各々消火を試みる。

 なるほど、仲はそれなりにいいらしい。それなりに連携がとれてもおかしくはないだろう。


 人数を半減させられてなお追ってくるような奴は、普通はいないはずだ。仲良くやるついでに、そのまま追跡も諦めてはもらえないだろうか。


 野盗共をよそ目に、俺は使えなくなった杖への礼とばかりに石馬の尻を思い切り叩く。杖が中ほどから折れ曲がると、成人が歩くほどの速度に切り替わりかけていた石馬はすぐに速度を元に戻す。

 それを確認すると、折れた杖を投げ捨てた。


「生き物じゃないくせに、すぐさぼろうとするんだからな、こいつは」 

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