千重塔の遺物

「訪問者なんて久しぶりだな。別にタダで歓待してやろうとは思わないが、まあゆっくりしてってくれよ」


「随分と素直なんだな。嫌いじゃないが」


「よく言われる」


 到着してすぐに声をかけてきた集落の住人と軽く挨拶すると、俺とエイブラハムは周囲を見て回る。

 目ぼしいところを粗方あたった後に軽く食事を済ませ、ここでエイブラハムが最も興味を惹かれた物体がある洞窟へと向かう。


「間違いないですな。やはり、なんとも形容しがたい。『千重塔サウザンド』の遺したものには、こういったものが多い」


「何十年も前からここにあるという話だ、『千重塔サウザンド』が崩れた時代とも大方一致するだろう。見込みはあるんじゃないか?」


「そうでなくては、困りますな」


 今では瓦礫しか残ってはいないが、『千重塔サウザンド』が倒壊した時、一帯は宝の山となっていたらしい。金目の物目当てにありとあらゆる場所から人間が漁りに来たそうだ。

 しかし、『千重塔サウザンド』はべらぼうに高い塔だったこともあり、遺物の飛散はその周囲だけに留まらなかった。


 黒く、楕円形の物体。大きさは人二人が入れそうなぐらい。たぶんこれもそういった遺物の一つだろう。

 卵とも繭とも似て非なるような、万人に納得がいく説明がしづらいものだった。呼び名がないのは不便なので、ここでは便宜上黒繭と呼ぶことに決めた。

 この黒繭、集落の人物からは特に価値を感じられていないらしく、必要なら持って帰ってもらっても構わない、という発言さえあったほどだ。


「そうですな。では、こいつをお任せしますぞ」


 そう言いながらエイブラハムが取り出したのは、両端に取っ手のある旗のようなもの……いわゆる観測器だった。簡素な見てくれではあるが、これも地域に漂う魔力の質を知ることができる、立派な魔道具ソーサリー・ツールの一つだ。


 なるほど、どおりで魔道具ソーサリー・ツール技師が必要なわけだ。素人が扱うには荷が重い。

 本来、布のような定まった形状のないものに魔力は宿りづらい。それをどうにか可能にしたのがこの観測器という魔道具ソーサリー・ツールなのだが、危ういバランスの上に成立している。すなわち調整を必要とする頻度が他とは段違いに多い、という代物なのだ。


 口角が緩むのを抑え切れないまま観測器を起動させるが、すぐに抑える必要もなくなった。


「は? ここ、メガロイグナだよな」


「左様……しかし、これは異常ですな」


 一面、真緑に染まり切った観測器の布面。緑が示すのは、風の魔力だ。

 しかしこの状態、メガロイグナという火の魔力が多い土地でのこととしては説明がつかない。本来は火の魔力を表す、赤で埋め尽くされているのが正しい状態というものである。


「やっぱりこいつのせいなのか?」


「それ以外考えられそうにもありませんな。実に興味深い! ……ううむ」


 俺は黒繭をコツコツと小突いてみる。触り心地は金属に近い気がする。

 エイブラハムも材質を少し拝借しようと、ピックで削ろうとしたが思わず呻き声を漏らす。金槌を打ち込んでみても、傷一つつけられない。


「相当に硬い……このピックも魔道具ソーサリー・ツールで、おおよその物体に穴を入れることができるんですがなあ」


「火炎岩でもぶつけてみるか?」


「そうですな。一発だけ頼みますぞ」


 おい、いいのか。

 同意を得られるとは思っていなかったが、頼まれたならやらざるを得ない。

 物体に向け短杖を掲げ、火炎岩を放つクレイグ。鈍い音を立て、煙が広がる。

 少しして晴れ出した煙の間からのぞく物体は、やはり健在。

 近づいて着弾点を見てみると、少しは傷が入っているようだった。いくらかの破片がそこらに散らばっている。


「クレイグ殿に依頼したのはやはり正解でしたな」


「そういってもらえると嬉しい」


「では、調査はこれくらいにしますかな」


 散らばった破片を集めると、満足したように鼻息を吐き出すエイブラハム。


「これ自体を持ち帰らなくてもいいのか?」


「なかなか重いようですからな。こんなものを引きずっていては、野盗のいいカモになりますな」


「それもそうだ。だが」


「報酬の件を気にしているのでしたら、無用な心配ですぞ。帰り道も護衛をしていただければ満額お支払いしますぞ」


「恩に着る」


「当然のことですな」


 撤収を決めようとしたその時だった。


 背後から爆発音が響く。発生源の方に二人が顔を向けると、岩の表面が削られていた。音を発したのは先端に爆薬が結び付けられた矢だった。

 続いて二本ほど飛んできたものの、誰の身にも当たらず背後で爆発音を響かせる。だが、それがすぐ近くにいる第三者によって放たれている状況は変わらない。


 「伏せろ!」


 ありゃ、道中で追い払ってた奴らだな。

 連中の数は六人。引き連れたロバは四つだが、二匹に二人乗りしてここまでたどり着いたらしい。

 光を発する魔道具ソーサリー・ツール、懐中灯石が俺とエイブラハムの居る辺りを照らしている。

 

「応戦する。あんたは岩陰から顔を出すんじゃないぞ」


「承知しましたぞ」


 俺は短杖を野盗の方へ向ける。火炎岩が二発吐き出される。

 それ以上は、出なかった。

 短杖の核石がそれまで湛えていた赤い光は、すっかりと嘘のようになりを潜めてしまった。


 このタイミングで使用限界かよ!

 野盗との追いかけっこで無駄撃ちしすぎたか。


 が、彼我の距離はまだある。カバンの中に手を突っ込み、中に入れた覚えがあるうち、使えそうなものを探していた。


 取り出したのは、塩を入れた小瓶、カガタケヤモリの体液に、イモ。

 くそ、火の元素になりそうなものがない。


 ほとんどガラクタ同然といっても間違いないが、これらも立派に魔道具ソーサリー・ツールの材料になる。

 といってもこれらで作れるものはせいぜい風の魔力を利用するものだけで、ほとんど火の魔力しかないこのメガロイグナの大地にそぐわないものだ。


 いや、なんとかなるな。

 俺は黒繭をチラリと見るや否や、作業に取り掛かった。


 イモの中身をほじって塩、カガタケヤモリの体液を注ぎ込む。短杖から核石を取り出し、それがあった場所にイモを差し込む。魔道具ソーサリー・ツールの製作において肝心なことは、量より質、そして比率だ。今回の場合、質はともかくとして比率に間違いはないと確信していた。


 出来上がった短杖を構えると、撃たれ続けている爆薬矢の切れ目を狙い、岩陰から身を乗り出した。

 短杖は勢いよく空気塊を三発吐き出した。野菜を核石にして原動機を作ったのは初めてのことだったが、俺の期待に十分応えた。


 理由は知らないが、この辺りに大量に存在する風の魔力。

 助かった。その存在を観測器を通じて知っていたおかげで、確信をもって応戦に使える魔道具ソーサリー・ツールを用意しなおすことができた。


 空気塊は火炎岩より精度がいいらしく、狙い通り野盗の一人の顎先を捉えると、その体ごと吹き飛ばし、岩壁に叩き付けた。野盗は手放した懐中灯石を下敷きにして横たわり、そのまま起きあがりはしなかった。

 火炎岩の様に直接的な致死性こそはないが、ぶつかった勢いであのように叩き付けられてしまえば、野盗も人間である。死にはしなくとも意識位は失うこともあるだろう。


 仲間が吹き飛ばされてなおエイブラハムの方を注視していた野盗一人に向けて、クレイグは空気塊を三発放つ。そのうちの一発が野盗の頭、もう一発が脇腹に刺さった。火炎岩の精度とは大違いである。


 火炎岩を扱っていた際よりも素早く野盗を伸ばしていくのを見たエイブラハムはピューと口笛を鳴らす。

 追われる身分でありながら悠長なものだ。

 呆れを通り越して感心を示しつつも、野盗に狙いを定める。

 しかしこの新たな原動機を備えた魔道具ソーサリー・ツールは、火炎岩を放つものより撃ち切った後の充填が遅いらしく、一旦身を隠して爆薬矢を凌がざるを得なかった。


 その瞬間、背後からガラスが弾け割れるような音が響く。野盗らも驚いたようだが、より距離が近かった俺とエイブラハムはそれ以上に度肝を抜かれた。


 緑の蛍光を零れさせながら、黒繭から飛び出している細く白い腕。物体との対比が猶更白さを際立たせて感じさせる。

 俺とエイブラハムはこれまで、背後から響く複数の破裂音、金属音を耳にしていた。彼らへ向けて発射された爆薬矢のほとんどは、背後の黒繭に命中していたのだ。


「……やばいもんでも起こしたのか?」


「様子を見ましょう。すぐに逃げられるよう準備をしながら」


 その腕は物体の外殻を掴むと、並みの金属以上に硬いはずのそれをいとも容易く引きちぎり始めた。

 ギギギギ……と金属を掻き毟る不快な音が鳴り響く中、その様を俺とエイブラハムと残った野盗らが、敵対関係も忘れて仲良く見守っていた。

 あのようなか細い腕に、そんな力があるようには到底思えなかったからだ。

 それも束の間、物体の中から這い出した存在は、そちらに向けられた弓を睨みながらその姿を現した。


「……あーだる。ひどい起こし方をしたのはあなた達ね」


 その存在は亀裂から零れていたのと同じく、緑の蛍光を帯びさせた白く長い髪を揺らしながら歩く。

 三人がそれを人間の女性――というにはやや幼さを残す顔立ちのため、少女と呼ぶ方が近い――と認識するまでに、そう時間はかからなかった。


「おかげですっごい寝覚めが悪いよ……って、聞いてるの?」


 野盗を指差す少女。伏せていたことが幸いしたのか、エイブラハムとクレイグは眼中にもないようだった。


「……オラ! メスガキが舐めた口きいてんじゃねえぞ!」


「アッツゥ! 危ないなあ」


 気を悪くしたのか、先ほどまで呆けていた野盗は我に返って弦を引き絞ると、数発少女の方へと発射した。

 ついさっき、金属を引き裂くほどの驚異的な腕力を目にしていたにも関わらず。

 俺もあまり人のことは言える立場ではないが、なんとも不用意なことだ。


 野盗の放った爆薬矢は、高速で少女目掛けて飛来する。しかし彼女が伸ばした右手に先端から掴まれる。その瞬間に搭載された爆薬が破裂するも、少女の手には火傷どころかあと一つなかった。


「無理矢理起こした上にこの仕打ち。これでお相子ね」



 野盗を咎めるような目で見たあと、少女は背中に手を伸ばし、服の中へと差し込む。少しして再び現れた手には、白い球が握られていた。その先端はまるでスズランの花のように広がっており、内部も花の柱頭を模したかのような、中央から細長い突起が窺える。

 野盗との距離を詰めると、少女はそのスズラン球を投擲した。天井すれすれまで大きく放物線を描いて、緩やかに野盗に向かって落ちようとしている。


「なんだ? そんなヘナチョコボール、当てるつもりで投げてるのかよ」


「十分だよ」


 それを横にさっと跳ねて、容易くかわす野盗。だがそのスズラン球から目を逸らさない。

 視線を外さなかったことで、スズラン球の変化に気付くことはできたのだろうが、彼は遂に対応できなかった。

 少女が顎を右上にくいっと傾けたのを合図に、スズラン球はその柱頭に当たる部分を蝋燭に火を灯すように蛍光を輝かせると、急旋回し野盗の足元へ直進、勢い余って地面に叩き付けられる。


「かっ……」


「うおっ……」


 野盗の足元から広がる閃光。叩きつけられたスズラン球によるものだ。

 その輝きが野盗を包み込んだと思うと、爆風が衝撃と大音量を伴いクレイグとエイブラハムに襲い掛かった。

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