スズラン

 爆風が巻き上げた砂埃がある程度収まり、人の目にも物が見え始める。

 俺はとっさに伏せていた体を起こす。エイブラハムも同じように伏せていたようで、むくりと起き上がってくるのが見えた。


 閃光の強さの割には、あまり熱も感じなかった。爆風が弱くて助かったといえるか。ひとまずは安心か。


 なんだありゃ。

 額の冷や汗を拭いつつ爆心地の方を見やると、うなじを走る冷や汗がまた一つ。

 爆心点となった箇所の深く抉られた地面。その上になんか、かつらみたいな物が転がっている。

 おそらくは、近くに居た野盗の頭皮か。


「あなた達は、さっきの人よりは賢そうな気がする。だから、お願いがあるんだけど……私がある程度離れるまで、そこに居ててほしいの。できれば関わりたくないし。いいよね?」

 

 少女は野盗の残骸に目もくれず、二人に問いかける。俺は行ってもらっても構わないんだが。黙ったままエイブラハムの方を見て、回答を委ねる。


「無論だとも。十五分も待っていれば十分ですかな?」


「そうだね。それじゃ、御機嫌よう」


 へえ、随分割り切りが早いというか。

 学者という生き物は、往々にして興味を持ったものにはとことん執着するものだと思っていただけに、意外なことだった。


「いいのか?」クレイグは念のため声を潜めて耳打ちしておく。


「仕方ありませんぞ。彼女の手慣れた様子がわからないクレイグ殿ではありますまい」


 命惜しさか。

 エイブラハムの判断理由は、極めて納得し易いものだった。


 いくら己の命を狙ってきた相手とはいえ、人間を殺害して顔色一つ変えないその胆力。

 俺も歳の割にはそれなりの場数を踏んできたつもりだが、未だ備わっているとは言い難い。それが俺より何歳か下のように見える少女に身についているなど、どう考えても普通ではない。それは、戦い慣れているようには見えないエイブラハムにも読み取れることだったらしい。 


「なあに、調査対象としては、あの物体の残骸でも十分ですぞ。幸い、彼女が持ち帰りやすく千切ってくれましたからな。どの道、頼んだ仕事はあくまで集落の調査での護衛と助手であって、彼女の確保ではありませんからな」


「そうか。学者殿が納得しているなら、それでいいんだ」


 ひそひそと話をする俺達を後目に、少女は手を振ってから、洞窟の奥の方へと歩き出す。


「んよっ」


 思わず変な声が出た。少女がビクリと身震いし、こちらを不安そうな様子で睨みつけてくる。

 脅かしてすまなかったな!

 お詫びといってはなんだが、俺はおせっかいを焼いてやることにした。


「なに? 急に変な声出して」


「なんで奥に行くんだ」


「外はあっちですぞ」


 エイブラハムは俺達が通ってきた道を指し示す。

 少女はきょろきょろと視線を泳がせ、それまで自分が向かおうとしていた道と、エイブラハムが指し示した道を見比べるように目を凝らす。


「え? ……そうなの? ありがとう!」


 何か確信でも得たのか素直に感謝すると、向き直って教えられた方へ走り出す少女。

 その際向けられた笑顔は、確かに年相応の姿だった。だがそれを見た俺の額にはまた冷や汗が走る。

 隣のエイブラハムも同様に、ただ立ち尽くして少女の背中を見送っていた。


「行ったようだな。道を知らないのも、まあ無理はないか」


「それでは、物体を拝借しますかな」


「ああ」

 

 人一人が這い出られる程度の穴が開いた黒繭。足元には、少女が引きちぎった残骸が散らばっている。

 ふとエイブラハムの方を見やると、彼はとりあえず転がっていた物体の破片と、野盗の残骸を容器に保管していた。


「ええ……そっちも保管するのか」


「未知の技術で焼かれた貴重な検体ですからな」


 なぜ彼女は繭の中に居たのか。

 この金属に見えるが、既知のものとはまるで当てはまらない材質はいったい何なのか。

 考えに考えても感じられるのは、この場では一向に解決できそうにないということだけ。これにはエイブラハムだけでなく、俺も興味を持たざるを得ない。


 己の知らないことに触れるのは、やはり楽しい。

 そう思えもしなければ、魔術の才能もないのに魔道具ソーサリー・ツールの扱いを身に着けることはできなかっただろう。

 好奇心ついでに、破り開かれた黒繭の中を覗き込んでみる。光が中まで差し込んでおらず、首を突っ込もうがイマイチ何があるのかわからない。


 たしか、あいつだったはず。


 空気塊を受けて伸びたままの野盗を蹴り起こし、眩い光が放たれたことで、俺は目を細めながらも当たりを確信する。

 こいつが使っていた魔道具ソーサリー・ツール、懐中灯石が顔を表したのだ。赤ん坊の拳大ほどのそれを拾い上げ、黒繭の中を照らしてみた。


 しかし中の闇は晴れない……なんてことはなく、その中の隅々までを見通すことができた。だが、中には少女が先ほど出していたスズラン爆弾の欠片の様なものしか見受けられなかった。


 俺は肩を落としつつも、最後に風の魔力の反応が弱まっていることを改めて確認すると、今回は調査を終了することにした。


「まあ、こんなところですかな。ひとまずは、お疲れ様でしたな」


「仕事だからな、気にすることはない。できれば、何かわかったら連絡してほしい」


「お、クレイグ殿も気になりますかな? もちろん構いませんぞ。果報を期待していてほしいですな」


 俺の仕事も残すところ、この依頼を手配したモーリスが待つ『穏火塔トーチ』へ報告に向かう。そして、エイブラハムを彼の家がある『雲裂塔クラウドブレイク』まで送り届けるだけだ。


「しかし、実に強力な爆弾でしたな。まるで魔法でも見たかのようでしたぞ」


「いや、魔法ってのはもっと派手で危険なもんだ。実際に何度か見たことがある」


「ほお! それはうらやましい」


「目指そうとしていたことはあったからな」


 俺が目指していたのは魔道具ソーサリー・ツール技師などではない。道具を介さず、れっきとした本物の魔法が使える魔術師だ。

 結局、魔法なんて何一つ使えやしなかったんだがな。

 

 懐中灯石の明かりを頼りに、俺達は洞窟をのんびりと歩き、出口を目指す。少女と約束してからは、もうに十分が経とうとしていた。


 はずだったのだが。


「おい、なんであいつがまだあそこにいる」


「私にもとんと見当がつきませんぞ」


 光が差し込む洞窟出口の少し先に、さっきの少女が一人立ち尽くしていた。

 口を開けて彼方を見つめていたが、彼女も俺達が近づいてきていることに気付いたらしい。


「殺風景過ぎて、どこに行くにもあてがないなあ……えっ?」


「えっ、じゃねえよ。なんでこんなところでボーッとしてる?」


「なっ! 時間、ちゃんと守ってよ!」


「時間なら守るどころか、とうに過ぎているころですがな」


 エイブラハムが少女に懐中時計を向けると、少女は呆けた顔のままおずおずとそれを覗き込む。なんとなく確認できたのか、少し間延びした声で問い返す。


「え、あの時は何時だったの?」

「まさか確認していなかったとは。一応あの時は午前三時四十分でしたな」


 現在、懐中時計は午前四時時二分を指し示していた。


「で、ここからどうやって帰るつもりなんですかな? 見たところ手持ちの移動手段もないようですが、よかったら私らの石馬に同乗していきませんかな?」


「……!」


 さすがは、というべきか。再び与えられた機会を見逃さないエイブラハム。彼にとって少女は垂涎ものの

研究対象なのだ。こう表してしまうと、なんだか背徳的なようだが事実なのだから仕方ない。

 しかし、エイブラハムが同行を提案するやいなや、彼女の表情が一転して険しいものに変わり、一歩素早く後ずさる。このとき、彼女の髪が纏う蛍光が、少し強くなったような気がした。


 少女が二人を睨む目は鋭い。髪と同じように、強い蛍光を湛えた眼光に射貫かれ、俺達は思わず竦んでしまう。恐怖心は思いのほか弱い。俺より頭一つは小さい少女に、このような感覚を覚えさせられた奇妙さの方が勝ったらしい。


「お断りだよ。そういって訳のわからないところに連れていくつもりでしょ」


「いや……単に帰るアテがないのならばと思っただけですぞ」


「わかってるんだよ!」


 少女は背中から二つのスズラン爆弾を取り出し、両手に持つ。

 野盗の鼻から上以外を木っ端みじんに吹き飛ばしたあの威力。それが二人の脳裏に蘇り、幾許かの緊張を覚える。

 だが、その猛威が彼らに振るわれることはなかった。


「……アッ……ウアッ……ぐ……熱っ……」


「いったいどうしたっていうんだ」


 少女は突然、膝から崩れ落ち、スズラン爆弾をも手放してその場にうずくまる。地に落ちたスズラン爆弾はその衝撃をもってしても起爆せず、そこらをころころと転がっている。



 エイブラハムに少女とのやり取りを任せきっていたクレイグがようやく口を開く。


「私にもとんと見当がつきませんぞ」



 少女の髪の蛍光がより強くなる。その輝きが強くなるに合わせて、彼女の呻きが更に大きくなっていく。

 俺はその輝きに見覚えがあった。 

 

「おい、お前。どこか魔道具ソーサリー・ツールの義肢か何かを着けてるか?」

「クレイグ殿、うかつですぞ」

「心配ない」


 エイブラハムは諫めようとこちらに手を伸ばすが、それに構わず俺は少女の方へ近づき、傍に腰を下ろして声をかける。


 魔道具ソーサリー・ツールの原理で動く義肢は、中に搭載した原動機を暴走させた場合、着用者に多少の熱を感じさせることがある。といっても、あのように屈み込んで悶えるほどのものなど見たことはないが。


「……ンアッ……、背中……!」

「背中? まあ、いいだろ」 


 少女に手足の欠損は見受けられない。だが魔道具ソーサリー・ツール義肢の範疇には代用臓器も含まれる。多くの代用臓器の場合、原動機が後に調整が効くよう体外に露出するように作られている。

 そういったものを身に着けているなら助けられもするだろうか、と考えたのだ。

 さすがに、少女がどういった存在であれ、見てくれが子供同然なのでは見過ごしづらい。


 しかし、背中か。

 骨の配置の問題で、背中側に原動機を露出させることはほとんどない。

 奇妙に思いながらも、少女のブカブカなタンクトップの背中側を引っ張り、下へずらす。

 思わず目を見開いた。材質からして明らかに別物ではあるが、薄緑色のスズランの花が、少女から見て左胸辺りにへばりつくように咲いていたのだ。


「なんだこれは……心臓の位置、だと?」 


 俺はこの花らしき物体を睨み付けるようにして観察を進める。やたら凝った外見はともかく、どれだけ目を凝らしてみようとも、それは俺が知っている原動機のそれと何ら変わらない。

 ただひとつ、その握りこぶし程大きすぎる、という相違点を除いて。


 それでは説明がつけられない。

 大きいだけで何の変哲もない原動機。心臓の代わりを務められる代用臓器を動作させられるだろうか?

 心臓の代用臓器の開発を目指している医者は一定数いるが、未だ実現されてはいない。

 

 材料を山盛り用意して大きな原動機を作っても、同じ割合で作られた小さな原動機とではそれほど性能が変わるものではない。親指程度の大きさがあればそれで十分機能する。

 だからこそ、この花のような作り方は俺からすればイマイチ意図が掴めない。


 しかし、大きさや性能に違いがあれど、根本的な仕組みが一般的な原動機と同じなら、扱いについては苦心することもないだろう。

 スズランの中を覗き込む。とりあえず魔力の割合を司る機関部を探そう。探すというほどの労力をかけることなくそれは見つかった。柱頭の部分だ。そこが最も強く、蛍光の輝きを湛えている。


 観測器が示していたうち、火を除いて最も強かった魔力から見るに、風の魔力を主に扱う原動機なのだろう。

 属性がわかれば話は早い。俺はカバンの中から土の魔力をたっぷりと染み込ませた紙、土吸紙を取り出し、それを柱頭に巻き付けた。

 土と風は、相反する魔力。それに包まれてしまえば、原動機はたちまちにその活動を停止して、魔力を生み出さなくなってしまう。


 紙を巻き付けられたことで、柱頭に灯っていた光が弱くなる。そして先が広がり切っていた花びらがゆっくりと内側に戻っていく。暴走状態はうまく抑え込めたようだ。

 

 動作が止まらなかったのは助かった。心臓の裏から原動機が飛び出しているとはいえ、それが心臓の代用臓器だとは未だに半信半疑だ。しかし仮にそれが本当に心臓の代わりをしているとするなら、再起動の必要がある。

 その準備はしていたが、手間が省けたというものだ。


「おい、気分はどうだ?」


「……熱くない」


 少女はむくりと起き上がる。その顔にもう苦渋の色はなく、手を開閉したりして、その調子を確かめている。


「……うん! すごい! 体、熱くないよ! なんで? 『蕾』が使える人なの? そんな人がなんで地上にいるの?」


「うううううおあうあうあうあうあうあう」


 やめろ! 首がもげる!

 少女は俺の肩をつかんで揺さぶりながら、矢継ぎ早に質問を投げかける。その揺さぶる速度は尋常ではなく、数十秒と続けられていればそれだけで脳震盪に倒れる人間がいてもおかしくないと思わされるほどだ。

 

「うおうあうあうあうあう……待て、待て! 揺さぶるのをやめろ。話が聞けん」


「私、びっくりしちゃった! あなた、お名前は? 私はセレンって言うの」


 それほど興味がないのか、自分が飛ばした質問に答えるのすら待たず、セレンは新たに名前を尋ねる。

 目をぱちぱちとさせて、かなり興奮した様子だ。



「クレイグだ。お前はかなり変なやつだな。今まで見た中で五指に入るほどだ」


「ありがとう!」


「褒めてねえよ」


「違うよ! 助けてくれてって話!」


「感謝できる心は持ってるんだな」


「当たり前だよ! お世話になったときは、お礼を言う。私がまず率先してやらなきゃ、説得力がないんだもん」


「何の話だ……」


 話しにくい奴だ。人の話は適当にしか聞いてないし、自分の話はやたらと話題が飛ぶ。

 エイブラハムの方を見ると、彼が笑っていることに気が付いた。


「学者殿……笑って見てないで石馬を引いてきてくれ。で、どうだ? 多少はついてくる気になったか?」


「うん、行くー」


 さっきの警戒はどこへやら。にんまりとした笑顔を向けるセレン。

 俺はダメ元というつもりもなく、なんとなく思いついて少女に同行を促してみたのだが、あまりの即答に拍子抜けした。


 石馬を二体引き連れてきたエイブラハムが、こちらに向けて親指を立てた。そのエイブラハムを見てもセレンが警戒心を再び示すことはなく、石馬に挨拶などをしていた。


「そうと決まれば、さっさと出発しますぞ。クレイグ殿、お嬢さんは任せましたぞ」


「ええ……俺がこいつを乗せるのか」


「石馬が二体しかありませんからな。どの道、彼女の分があったところで乗りこなせるとは到底思えませんし、私が二人乗りをこなすのはちと荷が重いですぞ」


「それもそうだが」


 石馬はもともと騎乗が難しい類の乗り物である。エイブラハムがたまたま初見ながら乗りこなせたのは、彼が学者のくせにやたらと体格がよかったせいだ。

 二人乗りとなればさらに難しく、できる人間としても少々気を遣うのだ。


「仕方ないな……セレン、来い。石馬に乗れ」


「やった。こんなの、乗るの初めて!」


 嬉々として俺の後ろに飛び乗るセレン。足で馬体をたしたしと蹴っている。石馬は持ち主の合図でしか動作しないので、沈黙を保ったままだ。

 満を持して、クレイグが同じように、しかしずっと力強く馬体を足蹴にする。


 しかし、石馬は走り出さなかった。

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