陽鍾塔

「犯人の目途はついているのか?」


「目撃情報がいくつかある。どうもそれによると、きみぐらいの身長の女らしい」


「女にしては、結構でかいな」


「『孤灯塔フォックスランプ』に居た頃より、伸びてるようだからね。彼女にも届くんじゃないかな」


「おかげでチビ扱いからも脱却できたが……でかい女もいるもんだな」


 俺の身長は、だいたい成人男性の平均身長を少し超えたくらい。それに達するほどの女性と言えば、大きいと言えるだろう。


 協力を決めたことをエイブラハムへ簡潔に伝える。そもそも興味ありげだったのが、人手調達の為だと話せば、即座に納得を得られた。

 早速、パトリックに気になる点を尋ねていく。しかし、思っていた以上に被疑者の情報は得られていないらしい。


「……まさかとは思うが、目撃情報ってのはそれだけなのか?」


「腕くらいの長さの剣を振るうっていうのもあるぞ」


「全然足りねえよ。何人とか、そういうのもないのか?」


「ないね。大方火人種なんじゃないかな」


 火人種とは、火の魔力が漂う地、メガロイグナにそのルーツを持つ人種だ。

 毒に耐性があったりとか、植物であったりする他人種に比べると、これといった特徴はない。無理に見出すとすれば、個体数がやたらと多いことと、せいぜい日焼けしても深刻な火傷には至りにくいというくらいである。


「随分適当なんだな……自警団の方針もそんなんじゃないだろうな」


「それについては大丈夫だよ。みんな真面目だから」


「それならいいんだが」


「このくらいの情報があれば十分なんだよ。あとは今日の作戦で炙りだすだけさ」


「また現れるとも限らないだろうに」


「くるさ。なんだか狙いがあるらしいからね」


「狙い?」


「それがなにかまでかはわからないけど」


「あんたって、そんな雑な奴だったっけ……」


「じゃあ、僕は君のことを団の仲間達に話してくるよ。作戦に組み込まなきゃ」


 本当に大丈夫なんだろうか。

 こいつらと一緒に仕事をするのが、若干不安になってきたぞ。

 斬りつけをやるような奴程度、発見さえできれば捕まえることは造作もないことだろう。

 だが、こんな調子で続けていたらいつか痛い目を見るぞ。


「話はつきましたかな?」


「付いたと言えるんだろうか……まあ、これからの拿捕作戦に俺もねじ込んでくれるらしい」


「おお。いいタイミングでしたな」


「詰め所にはそれなりに人が居るようだったからな。もともと予定に入っていたんだろう」


「でしょうな。そうでもなければ、団員と言えどもここまでは集まりませんわな」


「ときに学者殿、セレンはどこだ?」


「あっちの方で野良犬と遊んでいますぞ」


「がるるー」


 エイブラハムの指差した方を見ると、険しい表情で唸っている極短毛の犬がいた。

 腰が引けているので恐怖を感じているらしいのは明らかだが、健気にも牙を剝き出しにして戦う意思を見せている。

 しかしセレンはまるで意に介していないようで、本人としては楽しく遊んでいるつもりなのだろう。

 

 ドアが開く音。パトリックと男達が数人、詰め所から出てきた。

 その先頭に立って、こちらに手を挙げながら歩いてくるパトリックに軽く会釈をすると、その同僚に声をかけられた。


「君がこいつの言ってた魔道具ソーサリー・ツール技師か。よろしくな」


「クレイグだ、よろしく頼む」


「おっと、申し遅れた。俺はデズモンド。協力の申し出に感謝する。ちょうど人手がほしいところだったんだ」


「パトリックが戻ったのはついさっきのことだったと思うが……もう俺の組み込みは済んだのか?」


「ああ。早速、作戦を伝えよう」


「さすがにそうか、じゃあ頼む。……だが、その前に」


 デズモンドに促されて詰め所に入る前に、セレンの首根っこを掴んで向き直った。

 それまでこいつに絡まれていた極短毛の犬が、心底安心した様子で駆け出して行ったことには気を払わない。


 初対面時の態度からして、セレンには人嫌いの気でもあるのだろうと感じていた。

 だが、モーリスやシンディーにはそれほどでもなかった様に思える。俺かエイブラハムと面識のある人間相手ならそんな必要はないとでも考えているのだろうか。


 そうだとすれば、こいつにも一応は挨拶させておくか。

 デズモンドとパトリックに向き合わさせられたセレンは、犬と遊んでいた時とは打って変わり、うつむき加減でおずおずと彼らを見上げている。


「パトリックから聞いているかもしれないが、こちらがエイブラハム殿。学者をされている。で、こいつがセレンだ。二人を戦力として見ないでほしいが、作戦には同伴してもらう。護衛を頼まれてるんでな」


「なるほど。短い間ではありますが、よろしく頼みます」


 デズモンドはエイブラハムに少し頭を下げながら言ったかと思えば、すぐに頭を上げて向き直る。


「もちろん、それも聞いている。危険を感じたなら、その場ですぐに逃げてもらって構わない」


「理解があって助かるが、そんなんでいいのか」


「君に頼みたいのは、あくまで支援だ。塔下町の周囲全域を対象にしているから、そもそも出番が来ないこともあるだろう。魔道具ソーサリー・ツール技師とはいえ、一人の力を当てにしすぎることはない」


「わかる考え方だ」


「それでは、そろそろ本題に移ろうか」


 パトリックが話を遮り、指を立てて説明を始める。

 彼に続いていた男たちは、各々持ち場に戻っていく。デズモンドも、パトリックが説明し始めたのを確認すると、三人に別れを告げて彼らに続いた。


 パトリックに聞かされた作戦は、シンプルなものだった。

 この『陽鍾塔ライズベル』を中心にして直線に展開する部隊を、南北に二つ配置。それら二部隊が塔の周囲をぐるりと拭うように時計回りで進行する。自警団の人々は、そのようにして周辺を洗いざらい捜索する予定だ。


 隊員は目標の発見次第、狼煙を上げる。狼煙を確認した隊員はそちらに集結、捕縛に必要な人員が集まるまでの時間を稼ぐ、という算段だ。これが作戦の全容である。

 俺の役割は隊列から外れて走行し、狼煙の上がった地点を見かけ次第急行することだ。


「随分大がかりだな。その斬りつけ女、それほどやばい奴なのか」


「彼女に斬りかかられた人間の中には、剣術に秀でた者もいた。もちろん急なことで万全とは言えなかっただろうが、警戒するには十分な事態だろう」


「手練れというわけか。そんな奴がなんでこんなことを……そもそも、それだけの人手はあるのか?」


「総勢六十二人だ。一部隊あたり三十一人となるね」


「自警団のわりには、多いといえるか」


 だいたい、塔の保安軍が擁する人数は三百人ほど。ここ『陽鍾塔ライズベル』の保安軍も平均にそれほど外れない数だ。そのうち常に出動準備を整えているのは半分くらいとなる。


「皆、義に溢れる強者達だよ。保安官となった今でも、彼らから学ぶことはたくさんある」


「保安官になったのか!」


 俺は思わず声が大きくなる。

 保安軍において、部隊の一つを任せられるほどになった隊員は、保安官と呼ばれる。塔の内部ではさておき、塔下町であればそれなりに権威ある立場だ。

 通例と比べると、パトリックは若干若い年齢で就任しているので、塔下町の人間にはなおさら買われていることだろう。


「それこそ、なんでまだ結婚してないんだ。親御さんも即座に納得してもらえるだろ」


「すぐその話に繋げないでもらいたいな。一応、式の目途さえ着けば、就任したことも同時に知らせるつもりだったんだが」


「そうか。美味い飯、楽しみにしてるぞ」


「君が心待ちにするのはそれか! ……と、話が脱線したが、作戦は今日の午前零時に決行だ。それまでには時間があるが、遅れるなよ」


「その間は、腹ごしらえでもしとくか。パトリック、この辺に美味い飯屋はないか?」


「いくつかあるよ。見ないうちに随分と食い意地が張ったようだね」


「長いこと保存食生活が続くとな。塔下町にいる間くらいはと思ってな」


「だったら、案内ついでに久しぶりに話でもしないか? 僕が出すよ」


「んーっと……二人がいると、話し辛くないか」


「また今度にしておこうか」


「その方がいい」


 パトリックに連れられて、いくらかの店を見て回る。『穏火塔トーチ』と違って、テントの類はそれほど多くはなく、大方の建造物がレンガなどで造られていた。

 店舗の種類にも豊かさが反映されるのか、魚介類の豊かなメガロアクアの村料理店に、グルタン族が経営する店まであるなど、思っていた以上には良い揃い具合だった。


 しかし、結局のところ火人種の人間が経営する小さな定食屋に決める。

 魚はさすがにこんなところまで持ってきたものでは鮮度が心配であるし、干物の類ならば普段から口にしている。グルタン族の店はそもそも、人間に食べられるものを扱っているのだろうか? 入店したことはないが、なんとなく想像できてしまう。

 店数の割に選択肢が少ないのは、やたらと様々な人種が集まる塔下町だといつもそうだ。

 

 ガラリと引き戸を開けて入店する。店主から指示された席に座った。テーブルは子連れで埋まっていたので、カウンターに俺とエイブラハムがセレンを挟んで腰かけている。

 俺は店の一押し、羊肉のコロッケ定食にサクッと決めた。エイブラハムも同じものを選んでいたが、セレンはメニューを食い入るように見つめている。


「む~、ぐぐぐ」


「どうした、さっさと決めろ」


「前ね、前いたとこで食べたお煮物さん、おいしかったんだけど」


「お煮物さんって。そんな言い方、初めて聞いたぞ……イモとかのごった煮か?」


「そうそう! また食べたいんだけど、そのコロッケっていうのも気になって」


「あそこのとはちょっと違うだろうが、食いたいんならどっちも食えばいい」


「いいの? やった!」


 このままではいつまでたっても決まりそうにない。煮物の方を単品で追加注文する形で解決することにした。

 せっかくだから便乗して二皿注文した。モーリスから貰った前金は、すべて『雲裂塔クラウドブレイク』紙幣ではなく、ここら一体で流通している貨幣で受け取っている。支払いには困らない。


 塔下町では食料を節約する必要もないのだから、好きなだけ食わせてやればいい。

 もともとこいつなら定食程度、三食は平気で平らげそうに思っていた。煮物の追加くらいで満足するなら安いもんだ。


「あまり言いたくはありませんが……作戦というのは、随分と雑なものでしたなあ」


「手練れ相手だということを、自覚はしてるらしいんだがな。捕獲に関してのプランなし、足止めに関してもその場任せ。見つかるには見つかるだろうが」


「なんだか捕まっていない理由が伺い知れるようで、なんだか不安ですな」


「どうせ相手は剣持った個人なんだ。なるようになるさ」


 料理を待つ間、エイブラハムが対面の品書きを眺めるでもなく、髭を扱きながら呟く。

 人数に任せた、大雑把な作戦。それは俺も感じていたことだ。それだけに、エイブラハムの不安を取り除けるような気の利いたことは言えそうにもなかった。

 

 次第に、根菜類の煮物が運ばれてきたが、セレンはそれを見つめている。

 前回、『穏火塔トーチ』にて最初に与えられた食事にいきなり齧り付いた時、俺は食事の作法を叩き込んでやった。こいつはそれを覚えているのだ。

 こちらをちらちらと見ながら、手を合わせて一言。


「いただきます。おいしい!」


「まあ、十分だろ。いただきます」


 セレンは特に俺の返事を待つことなく、煮物を口に運んでいた。作法を忘れてはいなかったのだし、少々のがっつきは多めに見てやることにする。

 器用なもので、自分で使うのは初めてだろうに、箸を使いこなしている。


 俺もそれに倣い、手を合わせて呟いてから煮物を口にする。

 箸で裂けるくらいに柔らかく煮られたサトイモは、その自然な優しい味をたっぷりと含んだ出汁を口の上に広げる。

 橙色の鮮やかなカボチャの切り身も、これをそのまま饅頭の餡にできるのではないか、というくらいの芳醇な甘さを湛えている。

 短く一口サイズに切りそろえられたゴボウも、その渋さが嫌気を感じさせることもなくスンナリと嚥下、などせずにもっと味わっていたいと感じさせるほど巧みに味付けられていた。


 これは…『穏火塔トーチ』よりレベルが高いな。

 セレンはこれらを一口にして気に入ったようで、時間をかけてゆっくりと鉢の中を片付けていった。


 そうしているうちにコロッケ定食も運ばれてくる。俺の方はともかく、未だにセレンの鉢に根菜類の煮物が残っていたことがエイブラハムには意外だったらしく、「おお」などと漏らしていた。




 食事を済ませ、店外に出る。

 時間を確認すると、二十時を回ったところだった。


「まだ作戦までには時間があるな。市場でも見に行くか」


「『穏火塔トーチ』でそれなりに買い物をしたのに、まだ何か必要なんですかな」


「剣が相手だと聞いているからな。念のため、目くらましになるものがもっと欲しい」


「念には念を入れるに越しませんからな。着いていきますぞ」


 四六時中明るいままの塔下町では、店の営業時間もマチマチだ。商業組合のないようなところでは、だいたい経営者のさじ加減で決まる。

 特に魔道具ソーサリー・ツールの素材になるようなものを扱っている店の経営者というものは変わり者が多い。そのため市場に向かう際は、微妙な時間を選ぶようにしている。


 作戦の時間まで、あと四時間か。

 品物を手に取って見定めながら、作戦について考える。

 不確定要素の多いこの作戦、つっこみを入れなかった自分も自分だが、やはり他所の組織へ妙に口を挟むのは憚られる。


 果たしてうまくいくのだろうか。

 こしらえたばかりの胃は、少しばかり痛みを感じていた。

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