作戦開始

 作戦開始から件の女が見つかるまでは、それほどかからなかった。

 南北垂直に伸びた部隊が、だいたい四十度ほど進んだくらいでのことだった。


 自警団員は、灌木の陰で座り込む女の存在を捕捉すると、その一帯で指揮を執っていたデズモンドに相談する。

 それを受けて、デズモンドは岩陰に隠れながら狼煙を炊き始めた。黒煙が上空へと伸び、一定の高さに達すると広く膨らむ。

 黒の狼煙は、発見の合図だ。


 塔下町に住む多くの人間は、塔の外を一人でうろつく女がいると聞けば、そいつは大方犯罪者か、後ろ暗い経歴を持つ人間に違いないと考えるだろう。それは自警団の彼らにしてみても同じで、ましてやそれが荒野にとても似つかない、黒紫の派手な喪服もどきを身に纏っているのであればなおさらのことだ。

 といっても現行犯ではない者をいきなり逮捕することはできないため、まずは素性を尋ねるに留まる。


 程なくして、方々から自警団員が四方の岩陰へと身を隠していく。さらに人手が集まるまでに逃げられないように監視するためだ。


 六人目が揃ったところで、できればまだ行動に移りたくない彼らの意図と反し、女は狼煙の上がった側の岩陰に向かって歩き出す。

 いくつかの岩陰を確認するうちに見つけたデズモンドに話しかけた。彼はできるだけ女との距離を維持しつつ、見晴らしのいい位置へと誘導しながら応答する。


「あなた方、昨日のあれらのお友達ですの?」


「昨日? 何の話か分からない」


 デズモンドはとぼけているわけではなかった。訓練長を始めとした、自警団の関係者が斬られたのは昨日のことではない。


「ですわよね。不意打ちをなさるという様子ではないようですし……囲うくらいの周到さはあるようですけど。で、わたくしに何か用事かしら」


「見抜かれていては仕様がないな。ここらで最近多発している、辻斬り事件について聞きたいことがあってな」


「あら、仇探しかしら? やっぱりあれのお友達なんですのね」


 デズモンドの眉間に力が入る。その鋭い視線は、立ち上がった女がどこからともなく取り出した剣に注がれている。

 女は己の半身ほどの長さの剣を、切っ先がデズモンドの方へ向くよう、両腕を交差させて目の高さに構える。様子の変化を見て、岩陰に潜んでいる団員たちは思わず背負った刺又に手をかける。


「……できれば穏便に同行願いたいと思っていたんだがな」


「わたくしにも用事がありますもの、無理な話ですわ。どうしてもと言うのなら、捕まえてごらんなさい。そうね……昨日の方々よりは礼儀をご存じなようですし、一斉にかかってきても怒らないことに致しますわ」


「女性にそう言われてはいそうですかと従うのは癪だが、仕事なんでな。悪く思うなよ」


「敵ながらいい心掛けですわね」


 デズモンドは、十手を構えながら左腕を垂直に上げる。たっぷりと数秒それを維持してから、静かに手を下す。

 包囲を気取られたことを伝えるハンドサインだ。それを合図に、近くの岩陰に身を潜めていた団員が二人飛び出す。


 彼が手にしているのは、普通の十手より長めの代物だ。専ら長剣を相手にする際に用いられる。頭を思い切り殴りつけたりでもしない限り、致命傷を与えることは少ない。

 捕縛を目的とする上では便利な武器ではあるが、このプレッシャーの差は戦いにおいてかなり不利な要素となる。その差を自警団の彼らは実力を磨くことで、どうにか埋めようと励んできたわけだ。


 しかし、今はその実力を発揮する時ではない。

 現時点での彼らの狙いは、あくまで時間稼ぎだ。故に女が距離を詰めてきても、デズモンドは変わらず離れすぎない程度に間合いを維持する。

 また、それとは逆に近づいて、という形になるが、同じように四方を取り囲む団員達も離れていく女との距離を保つ。


「……何がしたいんですの!」


 女は痺れを切らせたのか、その白い髪に赤紫の輝きを纏わせたと思えば、何かに投げ飛ばされたように前方へ飛び出す。標的となったデズモンドは砂埃を伴う急な加速に度肝を抜かれ、十手を前にかざして身を守ろうとする。


 しかし女は飛距離を見誤ったのか、彼を少し通り越した先に着地する。どのみち彼我の距離はぐっと縮まった。

 先ほどの跳躍力からみて、この距離で隙を見せれば命はないと判断したデズモンド。距離の確保を諦めて逆に女の隙を伺う。彼らから見た女の構えは、まさに隙だらけ、と言えるものだった。


「このような女に、訓練長が敗れたというのか……」


 にわかには信じがたい、という思いがデズモンドの胸に込み上げる。その場にいた他の団員達にとっても同じことだった。自分たちを厳しく鍛え上げた訓練長の実力は、嫌というほどその身に刻み込まれている。


 目の前の相手がいくらふざけた構えを取っていたとしても、決して甘く見ることはしない。それは訓練長の教えの一つでもあった。

 しかし、このときのデズモンドは、冷静さを少々欠いていた。

 一瞬頭に過った師越えという誘惑が、そのまま思考の片隅に貼り付いてしまっていたのだ。


 踏み込みながら腕の交差を解くことで、横薙ぎの一撃を繰り出す女。それをさっと身を引いてかわしたデズモンドは、武器を持つ手元に打撃を与えようと、十手をかざし反撃を狙う。

 払った十手は鍔先の刀身に阻まれる。十手の打撃を受けようとびくともしない剣の頑丈さに驚きつつも、団員は十手を鍔に力一杯押し付ける。その反動で後ろへ飛び下がり、頭上へ振り下ろされそうになった斬撃を避ける。


 飛び下がりがてらに、腰のホルスターに収めていたネット投射銃を左手に握る。ネットで動きを封じ、刺又での制圧を補助する道具だ。それを女に見えないよう体で隠しながら射撃の機を窺う。

 女はそれを見てか、つまらなさそうに両手で剣を立てる。これは身体に負担がかかりにくいが、攻防が多少疎かになる構えだ。

 

 その余裕綽々な態度にデズモンドはなおさら顔をしかめるも、同時に口角も少し上がる。

 自ら隙を作ってくれるのであれば、相対している彼にとっては願ったり叶ったりというもの。じりじりと距離を詰める。あの構えからはせいぜい、肩を狙う袈裟斬りか、脇腹を薙ぐぐらいしか攻撃の選択肢がない。

 袈裟斬りを待ち、剣を十手の鉤で受け止める。そのまま捻って刃を折れれば良し、折れずともネットを的中させるだけの隙は生めるだろう。


 期待していた通り、女は剣を振りかざす。タイミングを見計らって、予定通り振り下ろされたところに鉤を……女の一閃は予想より早く、それでは間に合わない。ネット投射銃から左手を離し、両手で十手を握る。

 剣の切っ先を受け止めた十手は中程から切断され、あらぬ方へと飛んで行ってしまった。


「は?」とでも言いたげな表情の女。十中八九防がれるつもりでいたので、切り返しのため力を打ち込む力を抑えていたのだ。

 同じく見開いた目でデズモンドは先があったはずの十手を見つめる。

 いくら打ち所が悪いと言えども、直径二センチメートルの金属棒が剣で切断できるわけがない、と思っていただけに衝撃が強かったらしい。


「なまくら……おっと、棒に言うには変ですわね」


 刃を受け止めた際身を低くしており大事には至らなかったのは幸いか。

 デズモンドは命の危険を実感し胸を高鳴らせながらも、十手の切断を可能にしたのは女の筋力によるものだと分析する。

 確かに剣も相当な業物だ。しかしそれだけでは説明がつけられない。彼女の細い腕にそのような力があるとは到底考えられないが、目の当たりにした今はそういうものだと飲み込む他なかった。


 まだ十手はもう一本ある。一般的な長さの十手、これは予備として常に持ち歩いているものだが、実戦で用いるのはこれが初めてだった。

 うるさいくらいに準備を徹底させる自警団の規律に少しばかり感謝しながら、デズモンドは切断された長十手よりは長いそれを握って構える。


 いくら力があり金属すら両断できると言えども、刃にさえかち合わせなければ問題はないはずだ。

 数秒間の思考を持って己が導き出したこの答えを、デズモンドは信じることにした。

 

「自信満々ですのね。でも、もう飽きましたわ」


「なんだと?」


「貴方達では、わたくしは捕まえられない。と言っているのです」


 女は呆れた様子で剣を降ろし、地面に切っ先を突き立てる。辺りを見回したと思うと、また灌木のそばに腰かけた。

 いくら覚悟を持って挑もうにも、相手にされなければ意味がない。


 それを聞いて激昂したのは若き自警団員だった。刺又を構えて待機していたうちの片割れだ。

 手にした刺又を投げ捨てると、デズモンドの制止も聞かず、長十手を構え女目がけて突進する。


 女は虫を払うよりも煩わしそうに、蛇口でも捻るかのように剣を地面に押し込む。それに合わせて跳ね上がった切っ先は、若き団員の喉元を捉えた。

 剣に刺さった団員の体をできるだけ素早く投げ飛ばすも、多少の返り血が女に降りかかる。その際に女が放った悲鳴は、若き団員の声にならないほど悲痛なものとはまるで違って、場不相応に艶めかしかった。


「身の程をわきまえてくださいまし」


 最早不規則に震えることしかできなくなった若き団員を、心底恨めしいという眼差しで睨む女。

 視線を外して衣服についた血液を手で払うと、元々そんなものはなかったとばかりに綺麗に拭い落ちた。


 誰の目から見ても、若き団員の容体は明らかだった。デズモンドは、すぐにでも仇を取ってやりたかった。もちろんこの場で命を取ることでではなく、塔の制定した法に基づいてである。

 しかし彼は、直ちにそれを実現できないだろうということを理解していた。

 彼と女の前にあるのは実力差ではない。生物としての違いだった。本能的に漠然とではあるが、彼はそのように実感していたのだ。

 

 女の背後に上る黄色の狼煙。若き団員が貫かれた時点で、既に狼煙をあげていた団員が居たのだ。

 黄色の狼煙は、異常を示すサインだ。それを見て多くの団員が駆け付けた。

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