誰か得物持ってこい

「あれが件の女か」


 パトリックが口を開く。打ち捨てられ仲間に介抱されている若き自警団員を目にした彼は、既に女を交渉の余地がある相手とは見なしていない。

 長十手をベルトから抜き放ち、先端を女に突き付けながら告げる。


「パトリックだ。一騎打ちを所望する。お前も名乗れ!」


「一騎打ち……そちらをご覧なさってはいないのかしら」


 肩をすくめて、視線だけを倒れた若き団員に向ける女。

 本人としては警告したつもりだったようだが、それを挑発と受け取ったらしいパトリックは表情を強張らせる。

 その様子を認めた女は、改めて先ほどまで打ち合っていたデズモンドの方にも目を向ける。


「そこの彼から話を聞いてくださいな。そんな棒切れでは話になりませんわよ」


 パトリックはデズモンドが予備の十手を握っていること、その近くに折れた長十手が転がっていることに気づく。

 承諾を求めるようにパトリックが彼の目を見つめていると、デズモンドは黙ったまま頷きを返した。


「……では、これならどうだ。改めて言う、名乗れ」


 乾いた金属音が響く。両刃の細剣、レイピアを鞘から抜き放ち、腕を伸ばして突き出す。切っ先は確かに女の眉間を捉えている。


 実のところ、自警団員は皆、長十手の他にサーベルやナイフといった刀剣類も装備している。しかし、容疑者を取り押さえる際の刀剣類の使用には、隊長格二人の承認が必要である。

 当人が命の危険を感じた時にも使用が認められているが、その理由で用いられた例は極めて少ない。

 保安官の位を持ち、まだ十手術が馴染まないパトリックには期間を限定されてはいるものの、特別に隊長格一人の承認だけで抜刀を許可されることになっていたのだ。


「最初からそちらをお持ちになればいいですのに。わかりましたわ。私はアリュー、彼岸花のアリューですわ。お相手致しましょう」


「御眼鏡に適ったようで嬉しく思う。その彼岸花というのは。姓か?」


「似たようなものですわ」


 おもむろに立ち上がるアリューは、座った際に衣服についた砂埃を払ってから剣を構える。長躯である彼女の半身ほどの剣は、最早馬上用の剣という方が近いだろう。それを挨拶代わりとばかりに横薙ぎの一撃を加える。

 身体を百八十度反転させながらの体重を乗せた一撃は、確かにパトリックの側頭部を捉えようとしていた。


 パトリックはそれを左手に持った短剣で打ち上げる。刃ではなく、刀身を狙う。

 切断された長十手の残骸を目にしていた彼は、アリューの太刀筋の鋭さを理解していた。

 尋常ではないアリューの膂力を以って振るわれた剣は、勢いを殺され切らずパトリックの頭上で空を切る。

 

 理解していたとはいえ、想定以上の力に思わず目を剝くパトリック。しかし勢い余って切り返しにかかる時間がわずかに伸び、まさにパトリックにとっては僥倖と言えた。

 その隙を逃さず、差し込むようにレイピアを突く。狙いは初めに対峙した時から変わらない、アリューの眉間。

 剣の実力には差をつけている、しかし身体能力にはそれ以上に大きな開きがあるとパトリックは感じていた。殺すつもりでちょうどいい、という考えのもとに繰り出された攻撃だった。

 アリューは首を捻ってどうにか避ける。その際、彼女の髪が一つまみほど宙を舞う。


「……まあ! フフッ」


「何がおかしい」


 突如構えを解いて、驚いたように口に左手を当てると笑い出したアリュー。パトリックは行動の不審さに思わず距離を取ってしまう。

 レイピアの先端をしっかりと突きつけて、出方を伺いながらアリューを睨み付けていると、彼女は不揃いになった髪の先端を愛おしそうに撫でながら、不意に笑い始めた。


「髪を切られたのなんて、久しぶりですわ」


「確かに女性の髪を切るというのは、忍びないことをしたな」


「言葉の割には表情に謝意を感じられませんが、まあいいでしょう。髪は放っておけば伸びますわ。そんなことより、さあ、続きをしましょう」


 アリューは先ほどよりも足を開き、より低い姿勢で剣を構える。唇は薄く開かれ、口角は吊り上がっていた。

 瞳は腹を空かせた獣のようにギラついている。前髪が作る陰がかかり、一際その印象が強く感じられた。

 

 お互いに距離を詰めなおす。ウツボカズラは虫を袋へと誘い込むまで蓋を閉じない。

 二人はじりじりと己の袋へ、己の距離へ持ち込もうとしていた。


 先に仕掛けたのは、リーチに利があるアリューだった。右へ振れば切り返し左へ、繰り返し打ち込む。

 パトリックは折れやすいレイピアはともかく、短剣であってもまともに打ち合えないと理解していた。寸前で避けるか、先ほどと同じように短剣で打ち上げて防御する他になかった。


 パトリックにとって、アリューは同じ対策が通用しているあたり、今まで相対してきた者の中では与しやすい相手であった。

 それゆえにいくらでも見つかる隙に付け込めない己に苛立ちを感じていた。

 

「なんというか、独特な剣筋をしている。どこで覚えた?」 


「うちで振っていただけですわ」


「……言わば我流か」


 それにしては筋がいいのかも知れない、と考えを改めなおすパトリック。

 アリューの剣の振るい方は確かに剣術として確立されているもので、それを独自に編み出したとなれば、ということには素直に感銘を受けていた。

 しかし、それで自分の相手が務まるかといえば、別の話であるとも同時に感じていた。

 結局は力任せの攻撃である。彼にはいくらでも隙を見つけることができていた。


「だが、どこかしらで改めて学びなおすことをお勧めしよう!」


 それを証明するかのように、アリューのがら空きとなった脇腹にレイピアで切り払いを入れる。

 一撃は確かに彼女の脇腹を捉えた。しかし、アリューに裂傷を与えることはなかった。


「は?」


「それはわたくしが言いたいですわ」


 吊り上がった口角は嘘のように成りを潜め、小脇に差し込まれたままのレイピアを挟み、正面向けて剣で薙ぎ払う。

 レイピアを手放せば身動きは取れる、という判断が一瞬だけ遅れてしまった。




 やっとのことで到着したクレイグが最初に目にしたのは、飛んできたパトリックの右手だった。


「……おい」


 右手があったはずの場所を抑えてふさぎ込むパトリック。クレイグはそれを見て思わず絶句した。

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