彼岸花

「大丈夫か? おい」


 俺は跪き蹲るパトリックを気にかけるも、既に痛みからか失神していた。


 言葉が出ないが、やるべきことはわかる。

 女に向けて煙幕弾を放つ。切り捨てられが、弾の断面から広がった煙が女の視界を阻む。


 その隙にパトリックを担ぎ上げて、石馬に跨ったままのエイブラハムに渡し、手当てを任せる。転がった右手も回収し、包帯に包んでしまっておく。


 この煙幕弾も魔道具ソーサリー・ツールの一種で、もちろん俺が手掛けたものだ。その出来は若干不安が残るもので、煙幕の展開時間がやや短いが、目くらましには十分だ。


 案の定、煙はすぐに晴れた。女の動向を伺うが、鬼のような様相をしている以外に動きはない。むしろ動きがあったのは、自分の背中からだった。


「アリュー!」


「なんでこのようなところにお子さまが……まあ! お姉さま!」


「お姉さまぁ?」


 俺は思わず泡を食った。

 セレンが突然大声で呼びかけ出したことには確かに驚いた。しかしそれ以上に、今対峙しているまさに大の大人と言える人間が、このような俺より頭二つ小さいような少女を姉呼ばわりしたことに衝撃を受けたのである。


 セレンはしかめっ面で石馬から飛び降りる。思わず俺が手で制止しようとしたものの、難なくすり抜ける。


 ある程度の距離まで近づいたところで、立ち尽くしたままお互いを睨み合っているセレンとアリュー。

 姉妹の久しぶりの再会だというのに、呼びかけ合って以降、彼女たちは黙りこくったまま。

 いくらセレンの妹とはいえ、現段階では危険な人物に変わりはない。俺としても警戒を怠るわけにもいかず、気を取り直したらすぐセレンの少し後ろに駆け寄る。


「あなたに言いたいことは他にもあるけど……それとこれとは話が別。まずはこの人達に謝りなさい!」


「お姉さまに言われてしまっては、従う他ありませんね。……けれど、一人では少し謝り辛いですわねぇ」


「私も一緒に謝るから。ね、いこ?」


 白々しすぎるアリューの態度にも構わず、ようやく表情の緊張を解き、アリューに歩み寄るセレン。互いが手を伸ばせば届くぐらいの距離で足を止め、アリューへ手を差し伸べた。

 それにつられるようにして、アリューも微笑みを浮かべる。


「目には目を、手には手を。ということで彼らには手を打って頂きましょうか。打つ手がない方もいらっしゃいますがね!」


 アリューの剣を握った手が、刀身を隠すようにして背中側に回されていること、その微笑みがどんどん吊り上っていることを俺は見逃していなかった。


 セレンの伸ばした手めがけて振り下ろされた剣は空を切った。

 セレンの背中へ糸状の粘着弾を瓶から射出、操り人形の要領で思いっきり引っ張ることで難なきを得た。


 俺が魔術師の元で修行した中で、唯一身につけた魔術が功を奏した。

 魔道具ソーサリー・ツールの動作には基本的に、常に効力を発揮する常時発動型と、スイッチ型の二パターンに分けられる。

 これらのうちスイッチ型への入力を、スイッチがなくとも行う魔術を体得していたのだ。


 おかげで自分用に作るスイッチ型の魔道具ソーサリー・ツールから全てスイッチを排することができ、構造を非常に簡素化することができた。これは二次的なメリットだが、盗難時のリスク低減にもなった。


 そして、今回粘着弾でやったような弾種の撃ち分けといったものは、普通の魔道具ソーサリー・ツールにはない機能だ。

 本来、物理的なスイッチであれば信号が入力され続ける事はない。しかし魔術スイッチの場合は信号を入力し続けることができ、あのように粘着弾を糸状にして発射することを可能にしたのだった。


「邪魔しないでくださいませんこと? 喉の借りもお返ししなくてはなりませんのに」


「とりあえず和解する意図がないのは分かった」


 しばらくぎょっとしたような顔をしていたセレンも少しは落ち着きを取り戻したのか、アリューに対して何か言いたそうにしていた。だが俺はその隙を与えずアリューの足元に向け煙幕弾を放つ。


「それしか能がないのですか!」


 結果どのようになるか分かっていながらも、剣を振るって迎撃を試みるアリューの顔は口惜しそうに歪んでいる。

 先の発射と同じように、彼女の身は煙に包まれた。


 アリューは、真偽はともあれ、セレンの妹だ。

 それが何を意味するかについて思考を巡らせる。まず思いついたのは、彼女にも規格外の原動機、いわゆる『蕾』がついているだろう、ということ。

 実際、アリューの白髪は赤い蛍光を帯びているし、その輝き方は色という違いこそあれども、セレンのそれに酷似していた。


 色の違いから察するに、魔力の属性は火だろうか。セレンのように凶悪な威力の爆弾を用いる恐れも考慮すると、中々骨の折れそうな相手だ。

 とまで考えて、セレンの背中に粘着弾が付きっぱなしなことを思い出した。


「アリュー……」


「ほら、背中向けろ。そのネバネバとってやるよ」


「ヒャッ、冷たっ」


「むしろ涼しくていいだろ」


 こちらに背中を向けるも、煙からは目をそらさないセレン。風の魔力がしみ込んだ風吸紙で彼女の背中に引っ付いた粘着弾を拭ってやろう……と思ったのだが、もう既に水に変わりきろうとしていた。


 この粘性は土の魔力によって成立しているため、相反する風の魔力を密着させてやれば互いに消滅する。つまりは、この紙で拭ってやれば粘着弾はただの水になるということだ。

 同時に、紙の方の魔力も消費してしまうが、弾に含まれる土の魔力は微々たるものだ。土吸紙でセレンの『蕾』を抑えるのとは違って、一度限りの使い捨てとはならず、何度か使える。


 一応誤射した時のために用意していたが、そういえばセレンは自身が風の魔力を生んでいるのだから、こいつには対処の必要はないんだった。


 セレンの背中がベトベトからビショビショになっていくのを見届けると、俺はアリューを包んだ煙を見て訝しむ。

 まるでアリューが出てくる様子が伺えないのだ。別に対して規模の大きい煙ではない。せいぜい、大きめのテントを広げた程度だ。


 姉の身体能力を考えると、這い出ることができないとは到底思えない。

 様子見で粘着弾を一発、二発と打ち込んでみるクレイグ。煙の奥に飛び出した粘着弾は一発、つまり片方は命中しているということ。命中した方めがけて糸状の粘着弾を発射する。


「手応えありだ、来い! セレン、乗るぞ」


 クレイグは石馬を呼びつける。すぐさま駆け寄った石馬に二人でその上に飛び乗る。糸を垂らしたまま煙を中心にして、時計回りに走り出した。

 糸状の粘着弾を体に巻き付けてやろうという算段だ。

 何らかの手段で身代わりを用意して、うまいこと逃げたという可能性も考えたが、晴れた煙の中から覗く赤の双眸はクレイグをまじまじと睨み付けていた。


「とりあえずこんなもんか」


「このようなことをして、ただでは許しませんわよ」


「その有様じゃ説得力がないな」


「……なんですって?」


「! アリュー、ダメ!」


 アリューの髪に纏う赤の蛍光が、より強く輝き始める。その輝きが彼女の右手に集まり始めるのを見て、セレンは声を張り上げて咎める。


「先ほどのことで分かりませんでしたの? あなたの言うことを聞くつもりはありません。……自分を差し置いて、先に謝れなど、なんの冗談ですか」


「置いて行って、すみませんでした!」


「は?」


 今に俺達の方へ向けられようとしていた右手がピタリと止まった。

 集まっていた光も霧散する。助かった。あんないかにも破壊力のありそうな魔術、撃たれていたらひとたまりもなかっただろう。

 アリューの小言を耳聡く聞き逃さなかったセレンは、即座にアリューの眼前に飛び出して膝をつき、地に頭を付けて――いや、叩き付けて、許しを請うた。


「……置いて行った? それだけですの?」


「寝てるところをこっそり抜け出して、そのままどこかに行っちゃった。ちゃんと相談するべきだった……」


「嘘をおっしゃい!」


 その表情は、今までにも幾度となく鬼のような形相を浮かべてきたアリューの顔の中でも、最も苛烈を極めた。

 もはや赤に染まりあがった髪は宙に浮かび上がり、体に巻き付いた粘着弾は溶け始めた。


「な……!」


 火の魔力は、何かと活用しやすい代わりに、他の属性の魔力にはすこぶる弱いというのが相場で決まっている。

 実物で考えても風に吹かれては消え、土に埋もれては消え、水がかかっては消える火のことだ、想像に難くないだろう。

 では、今目にしている光景はなんだ?


「……お前のも、風の『蕾』だったのか」


 エイブラハムから借りっぱなしの観測器。一面が緑に染められたそれを取り出して、俺はようやく己の失態に気が付いた。

 濃い風の魔力の存在下では、少なくともこの粘着弾は粘性を維持することができない。


 ついに捕まえる手立てがなくなってしまった。

 手を切断されたパトリックにかける言葉もなくなってしまうが、ここは撤収させて貰うべきだろうか。

 

 ほぼ逃走の方向で結論が出そうになっていたときだった。

 アリューの背中から、赤い輝きが噴火のように溢れ出た。


「ウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」


 叫びはセレンのそれの比ではなかった。咆哮とでも言う方が正しいだろう。

 アリューはばたりと地面に倒れ伏し、より噴火の様子に近くなっていた。


「体がぼろぼろになるから、魔法は使っちゃダメって何度も言ってたのに!」


「お前が人のことを言えるのか……」


 度合にはかなりの差がある様だが、『蕾』の使用にリスクがあるのは姉妹の共通点らしい。

 それならアリューが煙から出てこなかったことに合点がいく。自警団やパトリックとの戦いで、魔力由来の身体能力を発揮し続けた結果、体が痛んで仕方なかったのだろう、と納得することにした。


 これまで一部始終を見守っていた自警団員たちに動きは見られない。捕縛する絶好のチャンスであるはずだが、あまりの様子に呆然としているのだろう。


「クレイグ、お願い! アリューを助けてあげて! ――あっ、紙って、もう」


「あるぞ」


「え?」


「言ってたらお前、安心して爆弾出してただろうからな」


「なにそれ! 私は言いつけ守らないっていうの!?」


「膨らんでる場合じゃないだろ。足りるかわからんが、物は試しだ」


 苦しみもセレンの比ではないのだろうに、懸命に声を噛み殺そうとしながらも、近づく俺を睨み付ける。

 しかしまともに抵抗できる状態にないのは明白というものだ。構わずそばに座り込むと、カバンから土吸紙全てとナイフを取り出して、アリューの背中の衣服を切り裂く。

 露呈した、セレンのスズランとはまた違った形の『蕾』に土吸紙をあてがう。

 見た目はまるで噴火だが、俺はその輝き自体が対して熱を持たないことはセレンで確認済みだった。躊躇わず手を突っ込む。

 噴火が収まるまでには、少々の時間を要した。




 結論から言うと、手持ちの土吸紙の量ではアリューの『蕾』の暴走を抑えきれなかった。

 アリューの背中からは、落ちかけの線香花火のようにちろちろと輝きがこぼれている。

 しかし、口を利ける程度には落ち着きを取り戻していた。アリューは仰向けになって、こちらへ疑問をぶつける。


「……お姉さまへの義理立てのつもりですか? だとすればそれは間違いですわよ。わたくしがお姉さまを許せないことには変わりありません。そう、命を取りたいくらいには」


「それこそ、お前を連行することに変わりはない。爆発でもされたら、たまらん。こいつに義理とかそういうのはないが、言っても剣と何回も撃てない魔法じゃセレンは殺したくても殺せんだろ。同じ『蕾』でも、えらい差があるもんだな」


「言ってくれますわね」


「アリュー! えっと……」


 木陰の方からちらちらと様子を見ていたセレンがおずおずとこちらへ寄ってきた。アリューが落ち着くまではそばにいたのだが、落ち着いた途端飛びのいてしまっていたのだ。

 アリューはセレンを睨むが、その眼差しに力は込められていなかった。


「……お姉さま」


「私、あなたに悪いことはしたけど、嘘は言ってないよ。あの後、何かあったの?」


「よくもまたぬけぬけとそのようなことをっ……」


 睨む目に少しばかり力が戻る。


「なんでそんなふうに思うのか、せっかくなら聞かせてくれよ」


「あなたにそれを答える義理は……全くないということは……ありませんけど……」


「なら」


「お姉さまに聞かれるのは癪ですわ!」


 咄嗟に飛び起きるアリュー。立った際に少し体勢を崩す。慌てて俺が伸ばした手が支えとなり、倒れずに済む。

 アリューはバランスがとれ一息ついたところで我に帰ったのか、「触らないでくださいまし!」とぴしゃりと俺の手を撥ね退ける。


「この義理は、この場で命を取らないことで返させていただきますわ! それでは、失礼いたします!」

 

 十数歩ほど走ったかと思うと、すぐに剣を杖替わりに、体を引きずるようにしてのろのろと歩みを進めるアリュー。

 クレイグは表情を変えず、自警団の面々に促す。事態を見守っていた団員たちはアリューに追いつくと、手を縛って『陽鍾塔ライズベル』の方へ向かっていった。

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